閑話 共犯の証(カルロスside)

「おら、キリキリ歩け! この野盗共が!!」

「ぐ……」


 騎士たちに捕らえられた野盗共は荒縄で拘束された上で連行されて行く。

 罵倒され、蹴っ飛ばされても取り囲む敵の数は自分たちをはるかに上回っていて多勢に無勢……不満な顔をするものの大人しく従うしかない。

“とある冒険者から匿名のタレコミがあった事で急遽結成された討伐部隊は分隊の寄せ集めではあったものの100名は越す。

 10~20人程度の野盗たちがホームグランドの山の中にいたところで敵うはずもなく、包囲殲滅され……結果こちら側には負傷者はあれど、死者は一人も出ていなかった。


 急遽集められた分隊は5つ、急遽集められた隊のリーダーは情報を一番に受けた……という体で私、つまりカルロス隊という事になっていた。

 当然手柄を気にする各分隊から不満の声は上がったが、その事については『捕らえた野党の取り分は早い者勝ちとしよう』と提案したら各隊長たちはアッサリと引き下がった。

 この采配には当初カルロス隊の内部でも不満の声があったが、私は野盗の討伐よりも人身売買の為に捕らえられた婦女子たちの救出を優先する事にしたのだ。


 結果、他の部隊は意気揚々と盗賊たちを討伐、捕らえて連行していき、私たちはそのおかげで空になった連中のアジトから“丸まっていると一見ただの大きい石”にしか見えない石化した人たちを傷一つなく救出する事に成功していた。


 団としての行動ではなく各分隊が役割を果たして、しかも一人の死者も出さず手柄も各々の頑張り次第で不満も少ない……そんな結果に俗っぽく出世に過敏な連中ですら『あんた、中々上手い事やるな』と褒めていたくらいだった。



 近隣の村へと戻り、石化を解かれた人たちが一瞬何が起こったのか分からない顔をしては自分たちが助かった事実に涙し、そして口々に「私を石にしてくれたあの方はどちらに?」などと感謝の瞳で言うのを、私は複雑な想いで見つめていた。


「浮かない顔をしているねぇカルロス分隊長? 今回の大捕り物の立役者が」

「ホロウ団長!?」


 そんな私は唐突に後ろから声を掛けられた事に驚いてしまう。

 だが調査兵団団長であるホロウ氏の口調は“なんで?”と言う感じではない。むしろ確認しているかのようにしか思えない。


「分かっていておっしゃってますよね? 今回我々が単純な人数任せの包囲殲滅など出来たのは端から捕らわれの者たちの救出を考慮しなくて良かったからです。最悪一般人を人質にされる危険……いやそれ以上に我々が見殺しにせざるを得なかったかもしれません」

「ほう?」

「手柄の采配だのばかり気にしてウルサイだけの者たちが得をしているのに、一番の功労者が何も得ていない事を思うと……」


 ため息交じりに話していると言うのに、そんな私をホロウ団長は実に楽し気に見つめている。

 ……あまり性格の良い方ではないな。


「ふふふ、貴方にとっては不本意かもしれませんが……どうやら順調にあの冒険者とは交流を深めているようですね。そのような罪悪感を抱く程度には」

「抱きたくもなりますよ……」


 私の脳裏に一般人の安全確保まで行ったうえで手柄を丸投げた冒険者の顔がよぎった。

 元より野盗の情報に関してはギラルの提案で匿名という事になっていて……さすがにそれでは自分の手柄を渡し過ぎであると反論すると、彼は握った拳を開いて数枚の金貨を見せて言った。

『現場から押収品をチョロまかす犯罪を犯したから、黙っていてくれると助かる』と。

 そして彼はそのまま一枚の金貨を私の掌に乗せると二ッと笑う。

『コレでお前も共犯』と言って……。

 ポケットに手を入れると触れる金貨が一枚……それは野盗を捕らえ、そして罪なき婦女子を助けた本当の功労者と共有した犯罪にも満たない悪戯の証に思えて……罪悪感と共に湧き上がる仲間意識に少しだけ気持ちが軽くなる。

 義賊……法に仕える立場の自分が決して認めてはならない言葉、存在なのに……ここまで相応しいと思える男を今まで見た事は無かった。


「ホロウ団長……貴方は当然知っていますよね? 彼の盗賊がいかにしてこのような情報をもたらしているのか」


 この際疑問に思った事は聞いて置く事にする。

 そもそもギラルと友好を結べと指示を下した張本人、数年前から知っていたとするなら情報ソースを持っていないとは思えない。

 案の定整った顔立ちに全く表情の読めない不気味な笑顔を浮かべたホロウ団長は静かに頷いた。


「軍が介入するには相応な理由が必要でね……国も教会も認めていない魔物の生態を元にした予測では動けないのですよ。確実な野盗の情報源が無いと『国が教会の定めた教義に異を唱えた』という事になりますので」

「!? そ、それは……」

「国教である神聖エレメンタル教会の教義に反した途端に異端者、破門の憂き目にあう。王族であろうと大っぴらに行動は出来ないんです」


 団長は変わらない笑顔のままだが、落胆しているような呆れているかのような気がした。

 異端……それはこの国おいて死を意味する。

 自分だけが異端審問にかかり追放、処刑されるならまだしも疑いの掛かった者は一族郎党含めて実害が及ぶ。

 悪魔、魔女、などとそしりを受けて断罪されてきた人々の歴史など、この国には履いて捨てるほど存在している。

 知っているからと公表しても教義に反する事は握りつぶされる……それが分かっているからこそ団長も、そしてギラルも……。


「彼の冒険者、盗賊ギラルは珍しい視点で物事を見ています。それこそ我々調査兵団とも違う不思議な視点で……。常識に捕らわれない、とも少々違いますがね」

「そうですね…………引き続き彼との接触は私にお任せ下さい。幸い嫌われてはいないと思われますので」


 酒を酌み交わし一時的とはいえパーティーを組んだのだ。

 そのくらいは誇っても良いと私は勝手に思っておく。

 あの義賊が一体何を見て、何を目指しているのかは分からないが……どうせなら今回だけではない、ヤツとはこの先も共犯者でいたいとすら考えて。

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