第十四話 裏技的かくれんぼ
『危険な害獣を避ける』という意味では有効だし、そもそも多くの敬虔な教会を信仰する人々は悪意でその教義を信じているワケではない。
だからこそ……真実を知っている一部の者にとっては実に便利な風評なんだがな。
こんな話、預言書の狂信者カチーナが聞いたら真っ先に斬りかかられていただろうけど……ショックを受けた様子ではあるが彼女にそんな気配は一切なかった。
やっぱりこういう情報は伝えるタイミングが重要なんだな……。
「どうする? ここからはギルドのゴブリン調査の仕事からは外になりそうだけど……」
そう、これ以上踏み込むと絶対にカチーナは決定的に余計な事実を知る事になるはずだ。
この先の事を知るか否かは彼女自身に委ねるしかないが……俺は正直彼女には知って欲しかった。
彼女が何かを切っ掛けに“壊れてしまう”その前に……。
「いえ、お気遣いは無用です。国を、民を守るのが貴族の義務……私は真実を知らねばならないようです」
そして彼女は決意を新たに立ち上がると俺が意図通りに知る事を選んだ。
今の設定が『実家を追い出された娘』なんだから貴族を自認するのはおかしくないか? と思うのは……まあ野暮であろう。
「おし! それじゃ行きますか……日が暮れる前には山を下りたいしね」
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……それからしばらく森の中を探索していると、俺の『気配探知』に数匹のゴブリンが引っかかった。
「ギ……ギギ……」「ガギャ……」「ブブ……ギ」
唸り声なのかコミュニケーションなのかは分からないが、そんな声をたてて5匹のゴブリンがたむろして何かを食っていた。アレは……。
こちらにはまだ気が付いていないゴブリン共が見えた瞬間に隣でカチーナが柄に手を掛けた気配がしたので、俺は口元に指をたてて制止する。
「む……何です?」
『待ってくれ……向こうはまだこっちに気が付いてない。ちょっと連中が食っている物を見て見なよ』
『食料?』
俺が声を潜めているのに彼女も習って……そして身を屈める。
何故俺がそんな事を言っているのか納得はしていない様子だけど、生真面目に目を細めてゴブリンたちが食っている物をカチーナは観察する。
『リンゴに……肉…………いやアレはハムですか?』
『ハム……だねぇ。塊のままとは、また贅沢な……』
保存食のハムは元々薄切りにして少しずつ食うのが本堂だと言うのに……案の定、塊に食らいついていたゴブリンは途中で塩辛くなったのか水をがぶ飲みしてやがる。
勿体ねぇ……。
『変な感じですね…………ん? アレはパンでしょうか? ……妙な所で人間臭いと言いますか……』
『そうだな……ただコレで確実だな。この山に“ゴブリンと共生している何者か”がいる事が……』
『え!?』
俺がそう言うとカチーナはギョッとした顔で振り返った。
ただ依然声を潜めている辺りは律儀と言うか何というか……。
『何故ですか!? 何故ゴブリンたちの食糧だけで……』
『……この時期リンゴはこの近辺に生ってねーし、加工品のハムやパンをゴブリンが作れるワケねぇ……だったらそれを手に入れる方法は近隣の村から盗むか、さもなきゃ頂くしかない』
農村の作物、畜産を荒らす害獣であるが知能の高いゴブリンは努めて人間を襲う事はまずない。
そんな奴らがワザワザ民家や商店にでも潜り込まないと手に入らない食料を手にしていること自体おかしい事なのだ。
『見たところ……あの群れは雌がいない。多分はぐれの類なんだろうな……何にもしなけりゃ食う物が無くていなくなる程度の集団だろうが……』
『まさか…………あのゴブリンたちは餌付けされていると言うのですか? 私の今までの常識では……』
『“そこ”については別に間違ってないよ。ただ“餌を貰えるうちはここにいよう”って知能はある魔物だからな。餌付けと言うよりゃ利害の一致ってヤツさ……まさに』
『利害の一致…………』
何となくまだ信じられない様子のカチーナだったが、それからゴブリン共の餌場を中心に探索を続ける事数十分……俺としては予想通りのモノを見つけた時、彼女は驚愕に言葉を失った。
『…………』
『やっぱ……いやがったな……』
『ほ、本当に? 信じられません……』
俺の『気配探知』に引っかかった場所へと慎重に探索をした結果、山中の非常にこっちからを見えづらい場所にあったのは洞穴が一つ。
そしてその前にはどう考えてもカタギには見えない風体の、体格が良い男が数人たむろしていた。
あんな風に分かりやすい悪人スタイルでいてくれると、そこが何なのか判断し易くて助かるな。
『野盗の……アジト……か』
そう呟きつつ愛剣に手をかけるカチーナは緊張感を露に、しかし色々な動揺を飲み込んで冷静かついつでも戦闘に移れるように気持ちを入れ替えたようだ。
野盗を目の当たりにして驚愕はしても恐怖心など欠片も浮かべず、むしろ違う意味でヤル気を滾らせているようで……さすがは本職の王国軍隊長。
……しかし感心すると同時に、俺の『気配察知』は余り歓迎したくない気配も拾っていた。
『待ちなカチーナさん、コレは思った通りの面倒事がありそうだ』
『面倒事……ですか? 見た限りでは我々の戦力であれば問題なく制圧できる連中にしか見えませんけど…………まさかあの連中が野盗ではないとか?』
ちょっと明後日な方向で言うカチーナだが、見た目で判断してはいけないという事を考えればあながち間違った意見ではない。
仮にもしも単純に山に住んでいる現地人であったとすれば、不用意に攻撃なんてしたら完全に俺たちが悪者だからな……。
ただ……今回に限ってはその心配は無用だ。
『その心配はいらない……奴らは間違いなく野盗の類だ。しかも質が悪い方での……』
『……どういう事ですか?』
『俺の気配探知の索敵範囲で引っかかった人間の気配は少なくとも20……あの小さな入り口の奥にはそれくらいいるが……その内半分は身動きしていねぇな』
『まさか!?』
『閉じ込められているか、縛られているか……気配が弱くなっているのもいやがる……』
俺は内心舌打ちする……またかよ……と。
身動きできない人間を洞穴の中に隠す一般人なんぞ聞いた事もない。
それこそ人間を平気で売り買いできるような輩でもない限りは……。
『先ほど貴方が言った通り、ゴブリンをカムフラージュにして捕らわれた人たちがあの中に!?』
『だあああ! マテマテ、いったん落ち着け!!』
いきり立って突っ込みそうになったカチーナを俺は慌てて止めた。
『気持ちは分かるけど少し落ち着けって……確かに俺達の実力ならあそこにいる野盗共を制圧する事は出来るかもしれない……そこは認める』
『でしたら!』
『だが……連中が捕らわれた人たちを盾にして来たら……どうよ?』
『う…………』
『連中にとっては自分たちが襲撃を受けた時、逃走の常套手段だろうぜ……救助目的で来たヤツに対して最も有効な手口だからな』
『く……それは……確かに……』
カチーナはそう言いつつ悔し気に歯を食いしばりながら再び身を屈めた。
そんな一連の行動に俺はまたもや預言書のカチーナと、このカチーナが同一人物とはとても思えなくなる。
犠牲になった人たちを勝手に“殉教者”と言いながら……。
普通に捕らわれた人たちの犠牲を考慮出来る辺り、やはり今の彼女には“あの”カチーナの片鱗は欠片も見当たらない……普通に民の平和を守ろうとする意志を持った模範的な貴族様だ。
本当に……これから何が彼女に起こるのだろうか?
『……だからと言って捕らわれた人たちがいるのを知ってこの場を見過ごすのは……これから下山して通報、応援を呼ぶにしても時間が掛かり過ぎます』
『……かと言って、秘密裏に脱出させるのも現実的じゃないな。全部は把握できてないけどしっかりと野盗共の監視体制は敷いてやがるようだし、うまい事脱出出来たとしても逃走中に確実に追いつかれるだろうな。捕らわれた全員が五体満足かも分からんし……』
『それでは……一体どうすれば良いのですか!?』
貴族であるからこそ、そして女性であるからこそ捕らわれた人々の安否を心配し、時間をかける事への危険性を考えてしまうのだろう。
嫌な話だがこの手の人身売買は女性や子供である事が多く、とりわけ未婚の女性であれば貞操という意味で手遅れになる事は残念ながらある。
それは塞ぐ事の出来ない一生涯残る傷となってしまう……俺も何度か遭遇した事のある。
『何故もっと早く来てくれなかった』と言われた事もあって……もしかしたら自分がやってたかもしれない所業と考えると、未だに自身の喉笛を掻き切りたい衝動にすらかられてしまう悲惨な事態だ。
見つけたからには時間をかけたくない……その意見には俺も同感だ。
俺はスレイヤ師匠から受け継いだ七つ道具の一つに手をやり……ニヤリと笑って見せた。
『まあここは俺に任せてくれよ。小賢しい手品は盗賊の専売特許だぜ?』
『……何をしようというのです?』
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「クソ! ふざけやがってあのクソアマ共!! どこ行きやがったああああ!!」
「脱走ったぁいい度胸だ! とっ掴まえてブチ殺してやるぁああああ!!」
「売り物とか関係ねぇ!! 女に生まれた事を呪うくらいの目に遭わせてやらにゃあ気が済まねぇ!!」
口々に語彙にひねりの無い、それでいて品性も知性も足りない罵声を上げつつアジトからガラの悪い連中が出て来たのは大体一時間後……。
皆一様に手入れの行き届いてないナイフや円月刀などを手に殺気立っていて……その光景を警戒しつつ隠れていたカチーナの元に俺は戻って来た。
『おまちどうさん』
『わ……お!? ……おお、脅かさないで下さいギラルさん』
『別に脅かしたつもりは無いけど……あ、そう言えば潜入の為に『透過』と『猫足』を使ったままだったっけ?』
彼女にしてみれば潜伏中に急に背後から声かけられた状況……驚くのも無理はない。
しかし俺の謝罪の言葉を遮るようにカチーナは目のまえの疑問を率直にぶつけて来た。
『と言うか一体何をしたんですか? 突然野盗たちが『女が逃げた』と言って出てきましたけど……まさか貴方全員を逃亡させたのですか? もしかしてアジトには別のルートが??』
『俺が潜入した場所にそれっぽいのは無かった。あったとしても見てないね』
『でもあの連中は……』
『脱走したって勝手に言っているのはアイツらの方。アジト内にいた総勢12名の捕らえられていた女性や子供が姿を消した……と思い込んでね』
『……え?』
『種明かしはコレだ』
言っている意味が分からない……如実に顔に出るカチーナに俺は拳を突き出して指にはめた一つの指輪を見せつける。
その指輪は瞳の形をした何とも悪趣味なデザインの銀の指輪だが……彼女はそれを目にして慌てて目を逸らした。
『それ……“石化の瞳”ですか? 別名“
『お? よく知ってるね。戦闘職でコイツの存在を認知している人は少ないと思っていたけど』
石化の瞳は文字通り対象を石化する能力を持った魔道具の一つなのだが、ある致命的な欠点がある事で冒険者、特に戦闘職にはあまり認知されていないのに……。
俺の感想にカチーナは苦笑をまじえて呟く。
『戦いにおいて私も過去あらゆる可能性を模索し魔道具の使用すら考慮にして……試していましたからね……色々』
お家の事情……か。
戦い方を真正面から剣技のみに限定されてきた彼女だからこそ知っていたのだろう。
そしてこの口振りからはこの指輪の戦闘においての致命的な欠点も理解しているようだ。
『厄災の一種とされるSS級の魔物メデューサはその邪眼を見ただけで生物全てを石化させるらしいけど、この“石化の瞳”にそんな真似は出来ない。何しろ数十秒間はこれを見続けなくてはいけないし、そもそも見ている方に少しでも『石化したくない』って意志があれば効果が無い不便さで……魔道具としてはネタアイテム扱いだからな~』
『その通りです。戦術に組み込む事が出来ないからそのアイテムは王国の軍事技術者たちから不用品として少数が市政に流れたとか……言われ………………そ、そうか!』
そして自分で口にしながら段々と理解してきたみたいだ。
この戦闘に使えないからとクズ扱いされた魔道具の素晴らしい使い道が……。
『侵入した洞穴は自然発生したヤツに連中が住み着いていたみたいでな……おざなりに作られた監禁部屋の中にも大きな岩がゴロゴロしてたからな。今更12個の岩が転がっていた所で誰も見向きもしやしない……顔隠して丸まってから石化すれば……』
『なるほど! 逃亡も保護も出来ないなら本人の意志で石化して貰えば…………あ~~何故我々はそのような使い道を思いつかなかったのだ!』
若干悔しそうに言うカチーナ……そこはかとなく『カルロス隊長』の軍人としても感情が見え隠れしているのだが……気が付ないフリをする。
『さ~て妹さん、俺らの仕事はあくまでゴブリン調査……こっから犯罪者の始末はお兄様の、王国軍のお仕事ですぜ……』
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