第十三話 情報を利用する者

「……どういう事なのですか? なぜそこで教会が?」

「あ……」


 眉を顰めて聞いてくるカチーナに俺は自分が口走った事が迂闊だった事にようやく思い至る。

 単なる生態に関しては知られていなかったってだけで済む事だけど、教会の教えに反する事を言うのは極端に言えば教義違反、場合によっては背信行為とされるかもしれないのだから。

 その事を俺が知っている理由は『預言書』で数年後に勇者が教会組織の闇を暴いた事で、都合よく世間に伝えられていた事が露呈した場面があったからなのだが……。

 預言書……未来では神に仕える狂信者として教義に反する者なら何人たりとも許さずに惨殺する事になる『聖騎士カチーナ』にその事を伝えて良いのか正直迷う……。


「あ~~~何というか、コレは俺が個人的に思っている事だからあんまり世間的に口にするのは憚られるというか……ね?」

「…………もしかして教会の教義に関わる情報なのですか? 背信者として処刑される危険性もはらんでいるくらいの……」

「……場合によっては」

「心配はいりません、ここに敬虔な信者はいません。私が知りたいのはあくまでこれから相手をする魔物の正確な情報だけですから」


 暗に『聞かない方が良いよ』と言ったつもりだったのに、カチーナはより真剣な顔で追及してくる。

 …………教義に反するかもしれないと知りつつそんな事を言うとは……やはり預言書のカチーナと今の彼女とでは余りに違う。

 が……ならばこそ、その事を今の彼女が知ったとしたら……。

 俺はある意味覚悟を決めて、その事を伝える。

 教会組織が流し続けているある虚偽について……。


「じゃあまず質問だけど……カチーナさんはゴブリンの生態、どんな魔物なのか聞いてる? 大まかに……」


 質問に質問で返された事にカチーナは眉を顰めたが、彼女は考えをまとめつつ自分が知りうる情報を口にする。


「え~……そうですね。私が学習して来た内容では雑食で時折家畜や農作物を食い荒らす魔物。非常に好戦的で武器を使う知能はある事で人間の落とした、もしくは奪い取った得物を手に人間を見ると徒党を組んで襲い掛かってくる…………」

「…………」

「そして繁殖の為に他種族の雌を苗床にする為に連れ去り、その中には人間の若い女性も含まれる。そして利用し終えると他種族の雌は連中に喰らわれてしまう……人だけでは無く全ての生物にとって害悪でしかない邪悪な魔物である……と」

「まあ……そんな所だよね」

「……それが違うと言うのですか?」


 特別口を挟まずに聞いていた俺に彼女は不安そうに聞いて来た。

 不安……なんだろうな……自分が常識として覚えて来た事実が違うと言われれば……。


「……まず一つ目、さっきも言ったけどゴブリンは好んで人間を襲わない。知能は高いから人間を襲うリスクを考えるから。そして確かに雑食だけど相当な飢餓状態、本気で死ぬか生きるかじゃない限り人間なんか食わない」

「……え? しかし私は以前からそう聞いていて……だから発見次第駆除しなくてはいけないと」

「駆除対象なのは間違いない、危険なのも確か……家畜や農作物が襲われるし害獣なのはその通りだからな。ただゴブリンに限らず魔物は大抵人間を襲うけど食料とするヤツはあんまりいない……マズイから」

「…………は?」


 俺が言った言葉の意味が理解できないようで……カチーナは目を丸くする。

 俺も最初聞いた時は耳を疑ったけどね。


「脂肪も少なく栄養価も低い、おまけに臭いしマズイとなればある程度知能がある魔物が好んで狩る必要性はないだろ? 逆に美味しい食料をそいつらは作って溜め込んでくれるんだから」

「そう……なのですか? いや、でも確かにこの冒険者の遺体は……」


 腐乱した冒険者の遺体は蛆やハエが集っているというのに、食い荒らされた形跡は一つも見当たらない。

 ゴブリンたちは使えそうな武器防具を漁っていただけなのは明白だ。


「では……ではなぜ教会はそのような教義を? 警戒促す為と言えばそうなのかもしれませんが……農作物を奪われる過程で襲われる危険がある事を考えるとあまり意味が無いように思えますけど……」


 そう、危険のあるモノをよりオーバーに伝えて危険を避ける手段は別に悪い事では無い。

 事実教会も当初はそういう目的で伝えていたのかもしれない。

 しかしその他の生体については明らかに共通した違う意図がある。


「それについては貴女がさっき言ってたもう一つの生体にも関わるけど……そもそも他種族間で生殖活動したところで繁殖なんか出来ない」

「…………なんですって!? でもゴブリンは雌がいないから他種族の雌を攫うのではないのですか?」


 この生態については誰もが嫌悪感を持つ……当初は俺だってそうだったし、女性で当事者足りうるカチーナにとってはより一層だろう。

 だがこの教義は預言書で勇者が疑問に思った事から馬脚を現す事になる。


「その理屈を言われやすいのはオークもだけど……結論を言えばゴブリンもオークも雌はいる。個体数は少ないけど蜂や蟻みたいに住処から動かず活動するのは雄だけだから発見され辛いだけで……」

「そんな、まさか! ゴブリンもオークも別種族とも交配可能だからこそ放っておけばスタンピートが起こると言われているのに!?」

「……逆に言えばスタンピートが起こるほどの繁殖力を実現するために人間なんか使うワケがないんだ。他の生物に比べて人間の母体がどれだけデリケートだと思うよ? 師匠なんて子供の為に冒険者引退したくらいだぜ?」

「!?」


 妊娠出産は命がけの行為……どんな生物であれ母体に危険があるような繁殖行動はとらないし、出来ないものだ。

 あるとするなら……それすら利用して利益にしようとする“ナニか”でしかなく……。


「そ、それが本当であれば……一体何を目的に教会はそのような不快な情報を?」

「……これも女性や子供を危険から遠ざけるって意味はあったかもしれないけど、穿った見方をするなら……まあ自分たちの権威付けの為に貶める相手として都合が良かったからかな? だってどれほど悪く言っても苦情は出ないし、害獣として処理しなくてはいけない事に変わりはない。ゴブリンもオークも繁殖力が高い事を都合よく邪悪である風に創作したんじゃない?」

「創作……」


 勇者が預言書で『どこのエロゲーだよ』と言いつつ暴かれた教義のせいで、それまで教会組織を牛耳って来た隣国の聖職者たちは軒並み失脚する事になる。


「そしてさっきの人食いとの共通点だけど……どっちも物理的に人間が姿を消してるんだよね。体よく『生娘や子供が好んで食われる』『年ごろの女性を苗床にする為に連れ去る』とか……何者かには実に都合良い話で……」


 その時点で顔色を悪くしたカチーナは思わず座り込んでしまった……無理もないけど。


「ゴブリン討伐の依頼時に『女性が連れ去られた』情報がある時には何故か近隣に“その手の”連中が潜んでいる事が多くてね……」

「……考えてみれば教会組織の教義、特に魔物の生体には不明な点が多い気がします。『不明な懐妊は淫魔インキュバスに襲われた』『吸血鬼は生娘の生き血を好む』『悪魔を鎮める為に年若い女性の生贄が必要』…………ギラル君、君はこの事を他の誰かに伝えた事は?」

「あるワケ無いよ……俺が知ってしまったのは偶然だけど広めて実害があるのは俺だけじゃないだろうからな」

「…………で、しょうね。その考えは賢いです」


 カチーナは溜息を吐きつつ髪をクシャリとかき上げた。


「人身売買組織の野盗と上層部……貴族連中が繋がっていて、最終的には教会も関与している可能性とか…………聞かなければ良かったでしょうか?」

「だーから忠告したのに……」


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