ゴブリン調査に行こう
「さ~て、それじゃあ初仕事と参りましょうか…………大丈夫っスか? カチーナ様」
「え、ええ……大丈夫です。それにしてもあの方は回復師だったのではないのですか? 自惚れるつもりは無いですけど、意識を刈り取られたのは幼少期以来の経験ですよ……」
「言いたい事は凄く分かるッスけどね~」
俺たち二人は互いに頬を腫らした状態でギルドを出ていた。
訓練場で実力、特に撤退時の“逃げ足”を確認しておくだけのつもりだったけど、思いの他拮抗する実力に段々とお互いに楽しくなってきてしまってしばらくの間、他の人たちが訓練場を利用できない程に走り回っていたのだが……。
度を越したと判断された時点でミリアさんが乱入して「は~い、それまで!」と笑顔で俺たちを制止したのだ。
強烈なビンタでブラックアウト……意識を取り戻したのは小一時間は経過した頃だった。
『酒盛り』のオカンにして回復師のミリアさんの別名は『剛腕ヒーラー』、あの優し気な見た目に反してドレルのオッちゃんに次ぐ怪力の持ち主だったからな~。
「人間は自身の肉体を破壊しないよう日常は力をセーブしているらしいけど、回復師のミリアさんは自身を回復できるからってそのリミッターを意図的に外せるように鍛錬したらしいんッスよ。さっき俺たちを倒した一撃も全力では無いですぜ?」
俺の説明にカチーナは目を丸くしたが、しばらくすると感心したとばかりに頷く。
「……なるほど、身体強化以外にもそんな方法が……勉強になりますね。ところでギラルさん? 少々気になったのですが、貴方はその口調が素なのですか? 何やら学園の後輩……ではなく王国軍の新兵が先輩と話しているようで落ち着かないのですが……」
「え?」
あまり意識していなかったのだが、一応俺も目上の人物や年上には気を使って話しているつもりなのだが……その事が気に障ったのだろうか?
どう考えても貴族で年上となると……ね。
「これから私たちはパーティーとして依頼をこなすのですから、敬称や丁寧“振る”言葉遣いは不要です。貴方自身も話し辛いでしょう?」
「そこまででも無いッスけど、そう言うなら分かり……いや分かったよ。え~っと……カチーナさん」
「……さんも不要ですが?」
「その辺はしばらく勘弁して貰えない? さすがに2~3コは年上の姉ちゃん捕まえて呼び捨ては……な」
「しょうがないですね……では私も最初はギラル君とお呼びしましょう」
親しみを込めてそんな事を言っているのだろうけど、そんな話し方に一々貴賓を感じて緊張感があるなぁ……。
俺は一抹のやり難さを誤魔化すように本日受け取った依頼書に目を落とした。
「それで……我々の初任務……ではなく初仕事の内容は何なのですか?」
「ん? ああ、まだ言ってなかったっけ? 何かまたヴァネッサさんに押し付けられた感はあったけど」
「まさか……ブルーマウスの駆除とか?」
若干嫌そうな顔になるカチーナ。
男装状態の“カルロス”の時に俺から聞いたから知っているのだろうけど、その事を知っている事を匂わすのはあまり良くないのでは? とも思うけど……スルー。
「違う違う……今回はコレ、ゴブリン調査だな」
俺が依頼書を広げて見せると、彼女は目をぱちくりさせて首を傾げた。
「調査? 討伐ではなくですか??」
「討伐の経験はあったりするの?」
「……以前軍の指令で農村部に発生したゴブリンの討伐に赴いた事がある…………と兄が言っていましたね」
色々とカチーナ=カルロスの話に綻びが見え隠れするのが気になるが、当然スルー。
ゴブリン討伐は冒険者の中でも初心者の仕事という風潮はあるが、それは正しくもあり間違いでもある。
ゴブリンは最弱と言われやすい魔物だが、一番厄介な害獣としても有名だ。
一匹二匹であれば村人でも棍棒なんかで退治する事も出来るけど、厄介なのは奴らは害獣の中でも最も賢い事なのだ。
武器を使ったり徒党を組み始めると危険度が一気に跳ね上がる。
集団になれば中級・上級の仕事になるし、最悪村の近辺に集落が出来たり洞窟に住み着いたなど『巣』が出来た場合は軍が出動する大事に発展する。
この依頼は云わば『ゴブリンの巣』の有無を調査するという物なのだ。
「ギルドも依頼を吟味する情報が必要で、喩えば村に2~3匹のゴブリンが出て討伐の依頼が来ても、そのゴブリンを討伐して終わりかどうかは分からないだろ?」
「ゴブリンの巣が、依頼書の村の近隣に発生している……という事なのですか?」
「かもしれないって状況だね……この依頼内容だと。この依頼も最初は新人たちがしっかり討伐したんだけど数日もしない内にまた現れたって感じでね」
依頼主 メルロ村村長
『先日畑を荒らすゴブリン3匹をそちらのギルドで退治してもらったが、数日置かずに再び3匹のゴブリンが畑を荒らしに来ました。前回同様村から近い森の中から現れるよう。ゴブリン発生の根源消失を望む』
「調査の結果、10匹程度の小規模な集団だったらギルドに報告して初心者用依頼として誰かが派遣される。大規模な巣が出来上がっていたら後日上級の冒険者たちが組織されて討伐に向かうか、もしくは王国軍預かりになるかな?」
「……つまり今回は戦闘行為は無い、という事になるのか?」
「何も無ければ……な。さすがに畑が荒らされている最中に出くわして“管轄外だから”なんて言ってたら信用問題だし気分も良くないだろ?」
「なるほど、それは確かに……」
ま、実際にゴブリン討伐に来た冒険者が依頼内容より上級の魔物が出ても“依頼内容と違うから”と拒否する~なんて話は結構多い。
追加料金を請求して依頼者側が出し渋って交渉決裂なんて話すら枚挙している世界だからな~。
「あれほど剣で戦えるアンタにゃ~物足りないかもしれないけどね」
俺がそう言うとカチーナは苦笑して愛用の余計な装飾の無い使いこまれたロングソードをカチャリと鳴らした。
「なに、私も多少は戦術の心得はあるつもりですからね。斥候や情報の大切さは嫌という程分かっていますよ。今回は私の冒険者初仕事なのだから“先達”である貴方のサポートを全力で務めさせていただきますよ」
「そんなに気合入れなくても、あくまで調査がメインだから……“余計な事”でも無い限りは余り時間はかからないと思うけどね~」
この時俺は幼い日に出会った『神様』の言葉を思い出すべきだったのだ。
言葉には魂が宿るという教え…………確か『コトダマ』とか言っただろうか?
俺は正に自分が数時間後“余計な事”に遭遇するとは、この時は欠片も想像していなかったのだから。
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……で、依頼のあったメルロ村に一応ギルドから調査に来た旨を伝えてから近隣の森に入った矢先にに、さっそく余計な事が発生した。
明らかに倒れている……だけではない人間に群がる3匹のゴブリンを早々に発見してしまったのだ。
どうするか、などと打ち合わせをする暇も無くカチーナは剣を抜き放ち、あっという間にゴブリンに斬りかかった。
「シッ!!」
「ギ?」「ギャビ!?」「……?」
3匹ともほとんど何が起こったかも分からない内に首が飛んでいた。
……何というか基本的にギルドは登録した当初はGランクからのドッグタグを渡されるのだが、目の前の光景を見るとそのシステムのいい加減さが良く分かる。
Eランクでも一定の数が揃うと苦戦するゴブリンを一刀で3匹同時に片付けるなんて、詐欺も良いところだろう。
「ギラル君、他に魔物の気配はありますか?」
「あ? ああそうか……」
あまりの鮮やかな剣筋に一瞬見惚れて盗賊の仕事を忘れかけていた……イカンイカン。
曲がりなりにも冒険者としてこっちが先輩だと言うのに……俺は慌てて盗賊の技能の一つ『気配探知』で辺り一帯の生物反応を確認する。
盗賊の技法を魔法の一種として考える連中もいるけど、実際は少し違う。
五感を研ぎ澄まして風の流れ、生き物の気配、息遣い、臭いや足音などを察知把握して自分の中に全体の状況を想像する……言ってしまえば経験則の塊だ。
だからこそ技能というものは使わなければ錆び付く、鍛えなければ即使えなくなる中々に厄介な力なのだ。
足だけは師匠に及んだ自信はあるけど、未だに越えられた気がしないのはこの辺があるから……スレイヤ師匠の気配察知は半径1キロに及ぶのに対して、俺が探知できるのはせいぜい300メートル……まだまだ修行が足りない。
「……俺の探知範囲内に動物以外の生き物はいないな。ゴブリンもこの3匹以外見当たらない」
「そうですか……」
言いつつカチーナはこびり付いたゴブリンの血を布で拭ってから剣を納めた。
そして見つめるのは倒れた人間の遺体……まあ発見した時に声も上げず動きもしなかったからある程度の予想はしていたけれど……。
俺は遺体の前でしゃがみこんでから一度手を合わせた。
「……それは、何かの作法なのですか?」
「昔知り合いがやってた事の猿真似だけど……死者に対して敬意を払って冥福を祈るって事なんだとか何とか……宗教上正しいかは分からんけど一応……な」
本当は預言書で見た『召喚勇者』が倒した敵に対してもやっていた行動を真似しただけなのだが……何もしないよりはこれからやらなくてはいけない事に対する罪悪感が少し薄れる気がする。
……気が付くとカチーナも同じように手を合わせていた。
「いいのか? 宗教的に……」
「分かりませんけど……冥福を祈るのに宗教の作法は何でも良いでしょう。気持ちさえこもっているのであれば……」
神の教えに反する全ては抹殺するべき…………今の彼女を見る限りそんな事を未来で言うようにはとても思えない。
一体預言書の未来に至るまでにどれほどの絶望を彼女は味わう羽目になるのか……。
そんな事を想いつつも一通り祈った後、俺は遺体を調べ始めた。
前に『酒盛り』に助けられる前だったら手順も方法も分からず遺体を運ぼうと引きずっていたが、その頃とはさすがに違う。
チェストプレートを付けたその人は男性で、首からドッグタグがぶら下がっていた。
「冒険者……か。ランクはE……マッシュ・スペイザー、職は戦士だけど武器が無いな。カチーナさん、ゴブリン共は武器持ってた?」
俺の言葉にカチーナさんは先ほど首を飛ばしたゴブリンの死骸を一匹づつ見て行く。
……どうでも良いがそんな風に慣れた対応すら“元貴族令嬢設定”から外れている事には気が付かないんだろうか?
普通のお嬢様なら卒倒するか、涙目で嘔吐してもおかしくないのに……今更か。
「持っては……いますが、ただ随分とさび付いたナイフや鉈くらいですね。遺体のマッシュ氏が持っていそうな武器はありませんね。他にも仲間がいるという事でしょうか?」
「……どうでしょうか」
嫌な予感がする……さらに調べると遺体には妙な点が幾らかあった。
まずは遺体がそんなに新しくない事……ハエや蛆が集っていた事もあって短くても数日は経っている。
そしてもっと妙な事……遺体の指が切断されているのを見て、俺は正直心の中で舌打ちをした。
またかよ……と。
「カチーナさん、ゴブリンたちは“たまたま見つけた遺体”から衣服をはぎ取ろうとしていたみたいだな。行ってしまえば窃盗とか墓荒らしの類……」
「それが一体…………」
どうやらピンと来ていないよう。
さっきの口振りでは『カルロス』の時に王国軍としてゴブリン討伐に参加した事はあっても、連中の生態までは詳しくないようだ。
仕方が無いと言えば仕方が無いところもあるけど……。
「ゴブリンって害獣のイメージが強いけど、ハッキリ言えば物凄く賢い魔物なんだよね」
「賢い……ですか? コイツ等が……」
怪訝な顔になるカチーナさんは納得いかない顔になったので、一応設定を順守して俺は言葉を選んで説明する事にした。
「兄貴の『カルロス様』がゴブリンの巣の殲滅に参加した事があるから、その話のイメージがあるかもしれないけど……そういう時は連中のテリトリーに入っているから必然的に敵わなくても命がけで襲って来るんだよ。だからこそ準備が整わない内は冒険者は絶対に住処に手を出す事はしない」
「……そう、なのですか?」
「ああ、そして肝心なのはゴブリンは臆病で卑怯で賢いから……大抵3匹なんて中途半端な数で人間を襲う事は無い。3対一だと自分が死ぬかもしれないからな」
「!? え、ちょっと待って下さい。つまりこの遺体、マッシュ氏はゴブリンに殺されたのではないと?」
とんでもない事に気が付いたばかりに目を見開くカチーナさんだけど、俺は数年前からこの手の案件にやたらと遭遇するから……割と辟易していた。
「遺体はチェストプレートは付けていたけど金は銅貨一枚すら持ってなかった。戦士であれば何かしらの主武器を持っているハズなのに持っていない。荒らしに来ていたゴブリンが持っていないのに“最後まで握っていた”であろう手の指が切断されている……。さ~て森の中で遺体から武器とか防具をはぎ取るゴブリンたちの習性を隠れ蓑にして得をするのは一体誰でしょう……」
カチーナさんは神妙な顔で息を飲み込み……答えを呟いた。
「この森にゴブリンを隠れ蓑にした野盗が潜んでいる……と?」
「可能性があるって事だけど…………ご存じか知らないけど、ゴブリンは金を使わないからな……」
ゴブリンが興味を持つのは武器や衣類、もしくは食料だけだ。
混同されやすいけどドラゴンのように美しい宝石などを集める習性も無いし、自分達が生きる事にしか興味を持たない魔物だ。
犯罪者であるほど世間の思い込みをうまく利用して隠れ蓑にする。
本当に……ゴブリン調査でこんなのを見つけるのは何回目なのだろうか?
「ったく教会連中が魔物の生態を認めてくれりゃ~この手の連中は抑え込めるだろうに」
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