閑話 子猫に奪われる未来 『カチーナside』

「ある少年冒険者の調査……でありますか?」

「その通りです」


 騎士学園を卒業後、研修を経て早い段階から部隊長を任命されていた私『カルロス』にある日調査兵団のホロウ団長からの呼び出しがあったのは大体一月前……。

 調査兵団は国内外の情報を総括する組織だが、それは国内の不正を調査する事も含まれる為に団員が誰なのかも人員はどれくらいいるのかも分からない実態の知られていない王国軍でも謎の団。

 唯一知られているのが目の前で笑顔であるのに全く感情の読めないホロウ団長のみなのだが……知られているのがそれだけという状況に実態は無い組織なのでは? など口さがない連中は言ったりもする。

 だけど本人を目の前にしてなおそう思えるとするなら、その者の実力はたかが知れている……モノクルをした白髪の特徴がある男なのに、目の前にいるのに、見えているのに気配のしない人間が長を務める組織がお飾りなワケが無い!

 私は緊張に流れ落ちる冷や汗を拭い、何とか口を開いた。


「何ゆえに私に? 他の団でしかも戦闘専門の私よりも情報収集はそちらの得意分野なのでは? 残念ながら私はそのような特殊任務を請け負える教育は受けておりませんが……」

「へえ? 君はその任務を請け負う自信がないと?」

「…………恥ずかしながら、そちらの隊に比べて勝る能力があるとは……お役に立てる気がしないのですが」


 私は任務内容を聞いた瞬間から自分には無理だと判断していた。

 単純に自分はスパイなどには向かない武断派の出身であるし、何よりも私はウソをつくのが苦手だ。

 それはある大ウソを付く為に起こった弊害である事は自覚していたが……。


「調査兵団の内情は知りませんが、冒険者の中にもおそらく紛れているのでしょう? ならばそちらの方々の任務では無いかと愚考するのですが……なにゆえに?」

「ふふ……だから君が相応しいのさ」


 しかしホロウ団長は変わらない笑顔のまま説明する。

 もう決定した事実を確認するかのように。


「この場において世間的には実体のない調査兵団の団長を警戒できる危機感、そして活躍の分からない兵団を下に見る事のない感性……その柔軟な思考能力があったからこそ騎士学園では並み居る強者たちを抑えてチームを学園史上最強までに押し上げたのでしょう?」

「いや……あれはチームに優秀な連中が多数存在したからの幸運だっただけで……」

「いやいや、貴族にして騎士でありながら平民出であろうと貴族出身であろうと使えるから使う……その柔軟な考え方が出来る“役者”は今のところいなくてね~」


 役者……その言葉に息を飲みそうになる。

 もしかして……この団長にはすでにバレているのでは??

 平静を装いつつも、手が自然とロケットのある胸元に行ってしまう。


「調査の方法は問いませんし期間も設けません。なるべく彼と親しくなり、そして行動に不審な事があれば報告していただきたいのです」

「無制限ですって? 一体その少年に何があると言うのですか?」


 その質問に私は『それ以上は知らなくても良い』と言われる事も考えていたのだが、意外にも団長はそれまでは感情の読めなかった笑顔に……楽し気で背筋が凍りそうな笑顔を浮かべて見せた。


「彼はね……ここ数年間の間に実に2桁を超える数の盗賊団と、それに関連した5つの貴族を潰しています。いや、正確には潰す原因を作ったと言うか……」

「……え?」

「その内の一つには貴方も良く知るバダイン男爵家も含まれていますねぇ」

「な、なんですって!?」


 私は驚きのあまり思わず立ち上がりかけて……何とか抑え込む。

 バダイン男爵家……そこの嫡男と私は浅からなぬ付き合いが幼少の頃からあった。

 それこそ私の決して他者には知られてはならない秘密も含めて唯一知る幼馴染だった。


「貴方の昔馴染みの親友でもあったナルズ・バダインが犯罪者として捕らえられたのは、一年前の事でしたか?」

「ええ……近しい友人でしたから、信じがたい想いでしたが……」


 ナルズは私にとって幼少からの付き合いで、私の特殊な事情さえなければ『婚約者』としてもっと深い仲になっていたかもしれない男だった。

 だからこそ彼は私の秘密、私が本当は女性である事すら知る唯一の友人であり……親友であった。

 だが2年ほど前、まだ在学中であった時にバダイン男爵家が人身売買や麻薬取引に関わっていた事で御取り潰し、しかも王都で在学中だったナルズも加担していた事実が発覚したのだった。

 正直私には信じがたい事件であった……あの人の良い一番の理解者であった親友が、まさかそのような卑劣な犯罪に加担してたなどと……。

 しかし最後に一度だけ私はナルズと面会する機会があったが、その時目にした憔悴した表情の幼馴染は今まで見た事のない痩せこけ光を失った目をしていたと言うのに……それこそがナルズの本当の顔であり、今まで親友と思っていた顔が偽りであった事を悟ってしまった。

 私はその日、幼馴染であり親友だった男を失ったのだった。


「断っておきますが、この件に関してギラル少年は何ら悪事を働いてはいません。盗賊団に侵入して男爵家との繋がりを示す書類を見つけてしまい、処理に困って匿名で調査兵団に提出してきたのみです」

「……大丈夫ですよ。ナルズは報いを受けただけの事、複雑ではありますが私がそのギラル少年を恨む事は筋違いであるのは理解しています」


 親友を失う一端を担った……そう聞けば悪事にも聞こえるが、もとはと言えば悪事を働いた者が最も悪いのだから。

 私にとってもこのまま親友として付き合っていたなら、果たしてどんな『未来』を辿っていたのか想像が付かない。


「ならばそれ以上詮索するのは無粋ですね。我々としてはギラル少年が何故、何の為に数ある盗賊団に潜入し、挙句壊滅まで追い込んだのか……その理由が知りたいだけなのです」

「理由……ですか……」


 私はテーブルに広げられた資料に目を落とし、調査対象の情報を確認する。


 冒険者『職』盗賊シーフ、所属パーティー『酒盛り』、未成年の為個人仕事は受けられない為『酒盛り』のリーダードレルが保護者。

 同パーティーの盗賊であるスレイヤに師事、単体でオーガを倒す手練れのD級冒険者。

 5年前に故郷を野盗に襲われ家族を皆殺しにされて、逃走中『酒盛り』に保護された経緯あり。盗賊団など犯罪者集団の情報を集めては潜入、報酬として一握りの金を現場からせしめて行く。


 情報の最後、特に一握りの金って項目には不覚にも笑いそうになってしまう。

 まるでそれが目的で自分は正義の為ではないとでも嘯くように……。


「その辺の理由は重要なのですか? 経歴を見れば盗賊団に激しい恨みの感情を持っていても不思議では無いですし、失礼ながら調査兵団……というか王国にとって非常に有効でしかないように思えます。一応一握りの金を窃盗と位置づけも出来ますが……」

「ええ、私もその程度であるなら何ら問題なく放置しておきます。精々彼の夕食が少し豪華になる程度ですからね」


 むしろ大罪を犯す集団を潰す情報をくれているのだからもっと多くの報酬を渡しても良いと思う。些細な事にまで“潔癖にならずとも”という私の考えはホロウ団長も同じようで、軽く頷いた。


「個人的な恨みと自分と同じ被害者を出さない為の正義感と義侠心であるなら、まあ形態の違う便利な情報屋と思っておけばいい……。ただ……そんな少年にとって盗賊団の壊滅は本命ではないようなのだよ」

「え? そこまでの事をしているのに本命はそこでは無い??」

「ついでに発見してしまった面倒事を調査兵団に丸投げしている……当の本人はそう考えているようだね」

「話が見えませんが……」

「彼は誰か、もしくは何かを探している……盗賊に関する闇の組織を重点に探っているようだが、今のところそれが『誰』で『何』なのかも分かってはいない……。調査兵団……というか私は彼が何らかの事件を阻止しようと動いているようにしか思えないのだ」


 相変わらず“表情の無い笑顔”を続けるホロウ団長であったが、そう話した時の表情には何らかの感情が見え隠れしているように思えた。


             *


 偶然を装い、私は先日件の少年ギラルへ接触を果たした。

 2歳年下の男子であったが、実際に会ってみた彼は至って普通の見習い冒険者……初対面の時に妙に私の顔を注目していたけど、それはそれ……。

 魔法で姿を偽ってはいるが、顔立ちはどうしても女性っぽく中性的になってしまうから気になるのであろう。

 そんな始まりだった私とギラル少年であったが、自分でも驚くほど早々に彼とは仲良くなっていた。

 元々隠し事のせいで騎士としての戦い方である“真正面から力をぶつける”戦いを“非力な腕力を相手に悟られず制する為に”試行錯誤をして来た私には貴族特有の他者を身分で見下す思考は身に付かず、平民であろうと下位であろうと公平に接するクセはあったが、晩酌が長引いて男性の部屋で朝を迎えた事は無かったと言うのに……。

 男性と朝を迎えてしまった……仮に私が本当は女性だとバレていたとしたら……考えるだけで顔から火が出る想いだけど。

 彼はかなり酒に弱く、まあ15歳の年齢を考えれば当然だけどワインの数杯でべろべろに酔っぱらってしまった。


「じぶんたちでできねぇからって~~むこうでかわいこちゃんとちちくりあってるヤツにおしつけんのは~~~~ちがうとおもうんッスよね~~~おりゃ~~~~」

「はいはい、その辺にしとこうな」


 何気に彼の話は面白くも過激で……仮に軍の上層部やら教会関係者が聞いたら逮捕拘留されるんじゃ? とも思える内容で……酔いが醒めたら“友人として”注意しておこうと思ったくらいだ。

 さすがに『勇者伝説批判』や『王国崩壊論』を王都で話すのはマズい。



 そして先日の事……私は彼から子猫をあしらった実に可愛らしい髪飾りを受け取った。

『依頼料のオマケで貰ったけど処理に困った』との事で……私に妹がいる事を考慮しての行動だったらしい。

 だが、残念な事に実妹たちは昔から金に飽かせた高級品志向で、こういった可愛らしい物は幼児期に卒業してしまっている。

 ファークス家ではただ一人……私を除いて……。


 男性から初めて受け取ったアクセサリー……それを手に私は人生において最も愚かな作戦を思いついた。

 後で、と言わず思いついた時点でもそれがリスクを孕んだ愚策である事は理解していると言うのに……私は自分に“コレは名案なのだ!”と強引に言い聞かせて……。

 彼とより親しく近しい存在になるには同業者であれば、同じ冒険者としてパーティーを組めれば……そしてそれは『カルロス』という定職者なのはよろしくない……と。

 分かっているのだ……大義名分を振りかざして自分が初めて貰ったアクセサリーを付けたいだけなのは……。

 本当カチーナの姿で彼の友人になりたいだけなのは……。

 それは分かっている……分かっているけど………………。


「初めまして、私はカルロス・ファークスの不肖の妹カチーナ・ファークスと申します。以後よろしくお願い致しますギラル殿!」


 私はその日、何かをかなぐり捨てた気がした。

 晴れやかな気分でおぞましい“ナニか”を捨てて、友人がくれた友“情”の証を髪に付けたその瞬間から……。

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