第十二話 パーティー加入試験、但し一人

 支援職は常に現実的であれ……師匠に何度も何度も、それこそ体に叩き込まれた冒険者の心得の一つ。

 盗賊ではなく支援職とくくる辺りに師匠の謙虚さが見え隠れするが。


『実戦はすべての現実を見据えないといけない。戦闘職が目の前の敵のみに集中させるためにも支援職が希望的観測を持つのはもっての他』

『一見すると小さく雑魚に見えるゴブリン一匹だって人一人を殺す力を持っている。いいか? 動ける、それだけで何者であっても殺しは可能……女であろうが子供であろうが、ナイフ一本、針先の一つでもあれば出来るんだよ“それくらいの事”は』

『油断はするモノじゃない、させるモノだ』


 仕事の時、俺はスレイヤ師匠の言葉を思い出す事にしている……戦闘の時は特にだ。

 元々油断と侮りの末に無様に死ぬ予定だった俺にとって、師匠の言葉は何よりも重い。

 俺は訓練用に刃を潰したダガーを逆手に持ち、同じように木剣を構えるカチーナを見据えるが……ハッキリ言ってスキがねぇ。

 魔力の強弱を判定できるワケじゃ無いから、俺はさっき言った通り見た目で強さを判別する事をあまりアテにしない事にしている。

 体格ではそろそろ上回れそうな女性のスレイヤ師匠に一度も勝てたためしがないから、それこそ“体格では上”とか“男の方が力が強い”など一般常識でさえ信用ならないのが骨身に染みているからだ。


 ギルドの訓練場で俺とカチーナは模擬戦を行う事になった。

 一応俺からの最低条件として実力の程を見る為にであったけど……俺は相対した瞬間、余りの隙の無さに判断が遅れていた。

 が……残念ながらこの場合その迷いも“油断”の一種だったと反省する事になった。

 攻めあぐねる……そんな事を考えている俺の目の前に、既に剣を腰に溜めたカチーナが迫っていたのだから。


「では……行きます!」

「は、速い!?」


 動作は最小限、地面を蹴った音が聞こえた気もしない。

 懐に潜り込んだ彼女のは最小限の動きで刺突を繰り出した。

 狙いは体勢的に回避の難しい胴回り!?


「く!?」

 ギャリイイイイン……


 進行上後方への回避は追撃されるだけ、完全回避は不可能と判断した俺は慌てて突き出された木剣にダガーを横から這わせて弾いた。


「なに!?」


 が……彼女の攻撃はそれで終わらない。

 弾かれた剣の刃先ではなく柄尻が、狙いすまして俺のコメカミへと追撃して来たのだ!


『まさか!? 最初からコレが本命か!!』


 貴族、特に王国軍に所属する連中はとにかく形式を気にする輩が多く、特に実戦経験の乏しい連中にこの傾向は強い。

 開始の合図と共に真正面から剣を合わせ、ぶつけ合う事を至上としてそれ以外の戦い方は邪道、または卑怯となじる“自分たちが正義である”と強調する戦い方。

 騎士にとって剣を弾かれる事を前提とした取り回しなど、最初から考慮にも値しない姑息なやり方~なんて思っているかと思えば……。


 俺は自然とほくそ笑み……認識を改める。

 真正面からやり合わなくてはいけない環境下で膂力で劣るのに男性よりも強くあるために、彼女が積み重ねた研鑚…………実戦で使えないワケはない!

 俺は襲い来る柄尻を、仰け反りかけた体を無理やり前へとダッキングさせてギリギリの距離でかわす。

 一瞬側頭から“ザリッ”と掠った音がするが、禿げたかを確認している暇は皆無。

 柄尻をかわされた事に驚く彼女に、俺は最小限の動作にして最高速でダガーを突き出す。


「お返しだ!」

「く!?」


 しかしかわし切れないと悟った彼女は体全体を捻った。

 俺のダガーは皮鎧の肩口を薙いだのみ……次の瞬間にはお互いの立ち位置が逆になる形で距離を取っていた。

 妙なもので、互いに実に楽しそうな“凶悪な”笑顔で……。


「開始の合図も聞かずに正面からじゃなく側面からスキを突いて……実にお貴族様らしくないお行儀の悪い戦い方だな~」

「ふふふ、それはどうも。おそらく全部貴方が先にやろうとしていた事かと思いましたので……お先に失礼しました」


 コイツ……思わず噴き出しそうになった。

 型にはまった形式に捕らわれた貴族が低ランク冒険者にやられる事例はワリと多いから、その辺を見極める目的もあったのは否定せんが。


「なら……もう少し範囲も広げようか。もう少し“足”の実力も見ておきたいから」

「足……ですか。なるほど…………」


 俺が何を確認したいのか正確に感じ取ったらしいカチーナは再び剣を構えるが、今度は前傾姿勢では無く重心を後方に移した立ち方をする。

 攻撃するよりも素早く移動する事を意識して……。


「他の利用者の邪魔はしちゃダメよ? 訓練場での損害は全部自己負担なんだからね」

「分かってる……よっと!」


 ミリアさんの忠告を聞いた俺は次の瞬間には訓練場の内部をカチーナを中心に駆け回り始めた。

 地面だけじゃなく、壁も天井も使って縦横無尽に飛び回り彼女をスピードで翻弄するつもりで……本来貴族出身の剣士であればこの手の戦法を苦手とし、人によっては『卑怯者!』となじるヤツすらいる。

 しかし俺がスピードに任せて彼女にすれ違いざま、ダガーを背後から降ったと言うのに彼女は無駄のない最短最速の動きでダガーをかわしたかと思うと、カウンターの一撃を見舞ってきた。


「な!?」

「スキあり、です」


 剣先がわずかに肩口を掠ったが、それでも構わずに俺は体ごと宙で急旋回させて今度は彼女の脇腹に一撃が入る。


「!? やりますね」

「そっちこそ……やりにくいお貴族様だな!!」

「お褒めにあずかり光栄です!!」


 子猫の髪飾りをした長い髪を振り乱すカチーナの顔は実に好戦的であるのに楽しそうで……まるで子供が友達と遊んでいるかのようにも思えた。

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