第十一話 お前が言うのならそうなのだろう……お前の中ではな。
翌日、俺は連日冒険者ギルドへと足を運んでいた。
昨日の稼ぎである銀貨一枚は、晩飯にサラダを付けたら不思議な事に綺麗に俺の前から姿を消してしまったから。
俺が顔を出すと受付のヴァネッサさんが非常に良い笑顔で出迎えてくれる。
「おっはようございま~す! 昨日の今日でしっかりと仕事を探しに来るなんて偉いわ~。若者の勤労は尊いもの……お姉さん嬉しい!」
「……ビンボー暇なしってね。昨日の依頼料は晩飯一食で吹っ飛んじまったから」
「はっは~! 君も一端の冒険者のような事を言うようになって来たね~。その日暮らしでカツカツってのが正しい姿……とは言わないけど」
「前はオッちゃんたちの腕が良かったから収入もそれなり、即日散財なんて事はなかったから……」
苦笑するヴァネッサさんが言う通り冒険者はその日暮らしの食い詰め者が多い職業だ。
この前まで所属していた『酒盛り』はそんな中でも安定した依頼達成、そして金銭管理を徹底していたから、そんなギリギリな稼ぎ方はしていなかったけど。
「散財を防ぎお金を管理していたのが私と貴方だったから、そう言う事にはならなかったのですけどね」
「あ、ミリアさん、チワッス」
そう言いつつ現れたのは昨日は会えなかったギルド職員となった元冒険者仲間のミリアさん。
慈愛と母性に満ちた優しい笑顔は相変わらず健在で、たった数日会わなかっただけなのに妙なくらいホッとする。
ただ……同時に怒らせると誰よりも怖いという、まさにパーティー内では“オカン”のような絶対的な存在の回復師ではあった。
「お、ママのご登場だ。ご心配の息子ちゃんがようやく仕事に来て安心した?」
「どうかしら? パーティーで金銭管理を一緒にしていただけに、そっち方面ではそんなに心配していなかったけど稼ぎが一晩で無くなるとか……そんな子に育てた覚えは無いのですけれど……」
「止めろよ母ちゃん……恥ずかしいだろ?」
ほう、と心配そうに言うミリアさんと俺の疑似母子漫談……こんなやり取りは最早ギルドでは定番化していた。
ある一定期間は物凄く恥ずかしい気がしていたのに、今では笑い飛ばせるようになっているのだから不思議なものだ。
ただ最近はミリアさんに“母”の貫禄があり過ぎて、美人であるのに男の影が全くない事が少し心配になってしまうが……。
「それで……今日は依頼受注かな?」
「正確には今日も、だけど……。ブルーマウス駆除一件だけじゃ稼ぎにもならんしあんまり新人の稼ぎ場を独占するのもな~」
一定数は必ず依頼が入る類の依頼だから、稼ごうと思えばもう何件か掛け持ちすればそれなりの稼ぎにはなるだろう。
だけどそれは新人冒険者の稼ぎ場を荒らす事にもなるから、あまりそういう稼ぎ方をやり過ぎるのは好ましくない。
しかしそんな俺の気遣いをヴァネッサさんは鼻で笑い飛ばす。
「最近じゃ新人も駆除依頼を嫌がるから、そんなに気にしないで全部受けてくれてもいいけど? 古い方から溜まって溜まって……」
「……だから昨日その依頼を進めたんかい」
「ソロ仕事で比較的安全なのは間違いないじゃないの。使える男にしか仕事は勧めないわよ? お姉さんは」
悪びれもせずシレっと言われてしまう。
こういう時美人は得だよな……利用されたとは思いつつも少しだけ持ち上げられるだけで悪い気はしなくなってしまう。
くそう……我ながら単純だ。
あまり長々と話していたら本当にブルーマウス駆除の依頼書を束で渡されるかもしれない……俺は早々に張り出された仕事を見る為に掲示板の前へと移動した。
しかし依頼はあるけど、現状の俺にとっては合わない仕事ばかりで……。
「やっぱりソロの盗賊だと受けれる依頼が少ないよな……。探索、調査の依頼も今のところなし……旦那の不倫を疑った奥様の依頼とか、貴族の類は結構金額が良いんだけど」
「討伐依頼はダメなの? 貴方の実力なら無理しなきゃソロでも十分でしょう?」
どうやら今の時間のギルドはヒマらしい。
いつの間にか一緒になって掲示板を眺めるミリアさんは低級の討伐依頼“はぐれゴブリン”や“ブロンズアント”などを指さす。
「……悪くはないけど、やっぱりD級が新人の狩場を荒らすのはイマイチ……逆に狩場のレベルを上げればソロ盗賊の戦闘力じゃ不安でしかないワケで……」
どっちつかずな事を口走り悩み続ける俺にミリアさん《オカン》は手を腰に呆れの溜息を吐いた。
「もう! そんな事言っていたらいつまでも仕事が決まらないじゃない。やっぱり君には誰かしら仲間、パーティーがいないとダメなのかしらね……」
「うえ? いや、別に戦いを生業とするかもまだ分からないっていうか、決まっていないというか……そもそもベテランとしか組んだ事ないワケだしよ~」
「その辺は『酒盛り』のみんなも心配していたのよ……実力は問題無いのに同ランク、もしくは下位の冒険者とパーティー組んだ事は無いから貴方はど~も慎重すぎるって」
「んな事言われても……」
「あ、あの……すみません……」
そしてオカン《ミリアさん》の説教が始まろうとしたその時、背後から遠慮がちな声が掛かった。
「……え?」
非常に綺麗で耳心地の良い……だけどどこかで聞いた事のある、何となく良い印象が無い女性の声……振り返ったそこに佇むのは一人の金髪ロングの皮鎧を着こんだ女性の剣士。
「貴方がギラルさん、ですよね? 兄から貴方の事は聞いております」
そう柔らかくも貴賓のある口調で話す女性に俺はとても見覚えがあった。
数年前の預言書、そして数日前の早朝……見覚えのある泣き黒子と髪に飾られたどこかで見た事のある子猫の髪飾り……。
兄から聞いた……つまり自分は妹である、そう主張する女剣士は一礼すると微笑んだ。
「初めまして、私はカルロス・ファークスの不肖の妹カチーナ・ファークスと申します。以後よろしくお願い致しますギラル殿!」
「…………」
何とも言えない汗が額を伝う……。
爽やかに微笑み自己紹介をする“彼女”は当然知らない。
俺が彼女の正体が兄と称する“カルロス”本人である事を知っているなど……。
落ち着くのだ自分、落ち着けギラル!!
決して突っ込んではイケない……ノリで“いや妹って!!”などと口走ったら終わり……自分が色々と知っているという態度を見せてはいけない!!
俺は実時間にして数秒の間にあらゆる自問自答を繰り返して……何とか震えそうになる口元を必死に抑えて、無難な言葉を捻り出す。
「お、おおお! 何だそうかカルロス様の……道理で似ていると思ったっスよ!! 一瞬あの人が女装して来たのかと焦ったっスよ!!」
「え!? い、イヤですね~兄にそんな趣味はありませんよ……」
しかし無難かと思って口走った言葉が微妙にニアミスしていて、一瞬彼女が口ごもった時に自分の顔面を殴りたくなった。
だが、そんな変な緊張感を崩してくれたのはその場にいたミリアさんだった。
「カルロスって……もしかして王国軍の部隊長の? 貴方そんな人とお知り合いなの?」
「よくご存じで……」
「王国軍の騎士様にしては民衆を見下さない稀有な男性ではあったからね」
冒険者と王国軍は接点があるようでない。
冒険者から王国軍に取り立てられる事もあれば、王国軍を辞めて冒険者へと流れて来る連中も多いが……その関係は王国軍は『冒険者風情が!』と見下し、冒険者が『お高く留まりやがって!』と噛みつく感じで、どっちかと言えば基本あんまり仲良くはない。
ただ一部では繋がりを持っている連中もいて、そう言う輩は独自の人脈を持っていて王都でも一目置かれる事になる。
それこそ『元冒険者』や『元王国軍』って肩書を持っているヤツとかね。
「へ~貴方にもそんな人脈が……」
何やら感心しているようなミリアさんだが、実のところそんなに大層な事でもない。
世間的には数日前一緒に飲んだくれただけだからな。
「それでその……カチーナ、さんは……俺に何か用だったり?」
イカン、どうしても預言書の悪女カチーナが頭を過って名前をすんなり呼べない自分がいる……平常心平常心。
しかし何とか平静を保とうとする俺だったが、彼女が口にした言葉にフリーズしてしまった。
「あ、はい! 実はですね……わたくしと、その……パーティーを組んではいただけませんでしょうか!?」
「……………………ホワッツ?」
思わず妙な言葉が口から洩れるが、カチーナは特に気にした様子も無く真っすぐに俺を見据えて続ける。
「実は……お恥ずかしい事に私は少々無礼を働いた事で実家から縁を切られていまして……それで多少剣の心得もあった事から冒険者をと。兄に相談を持ち掛けたら『それなら丁度良い男がいる』と貴方を紹介して下さって……」
子猫の髪飾りに手を触れつつ淀みなく出て来る“設定”に俺は何も知らなければアッサリと鵜呑みにしていただろうと思う。
それくらいカチーナの顔はカルロスと似ていて(同一人物だから当然だが……)真実味があるように見える。
しかし混乱しつつも真実を知る俺には彼女のウソが丸わかりで、喉の奥から言ってはいけない突っ込みが溢れそうになる。
元より現役部隊長のアンタが冒険者している時間があるのかとか、何ゆえに将来極悪の聖騎士となる人物がここにいるのかとか他にも色々と……。
ただ彼女の出現に驚きつつも喜んでいるオカンが俺の隣にはいて……まるで義務かのように余計なお節介をし始めた。
「まあ! いいじゃないギラル君!! 見たところ彼女中々腕は立ちそうだし、何よりも美人さんだし一度思い切ってパーティー組んでみなさいな!! どうせ貴方は自分から仲間集めなんかしないし出来ないでしょ?」
「人の事をボッチ代表みたいに……」
あんまり外れていないのも悔しい。
確かに俺は今まで年上のベテランパーティーに保護されていた方だから同世代との交流は無かったし、友達と呼べるヤツも少ない……おそらくオカン《ミリアさん》が一番心配しているのはそう言う事なんだろうけど……。
俺は溜息を一つ吐き、頭を掻いた。
「仕方ね~な……」
「!? 組んでいただけるのですか? ギラル殿」
「条件があるけどな」
瞬時に喜色を浮かべるカチーナに俺は水を差す。
それは預言書とかカルロスにカチーナという妹はいないとか、そんな些末な事では無い冒険者として必要な最低条件の確認。
俺はギルドの訓練場に続く扉を親指で示す……確認する為に。
「俺はこの人……ミリアさんみたいに見かけで実力を判断できる程達人じゃね~んでね。アンタの実力、一度見せて貰っても構わないか?」
あえて挑発するように言ってみると驚きの顔をしたカチーナの顔は一変する。
実に楽し気に、面白そうに、好戦的に……まるで預言書で見た最悪の悪女『外道聖騎士カチーナ』を彷彿させる笑顔に……。
「望むところです。噂で聞く『鬼殺しの盗賊』の実力の程……是非とも拝見させていただきたいですね」
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