第十話 ソロ仕事初の報酬
ファークス子爵家を後にした俺は一冊に日記帳カルロス……カチーナ母の形見であろう『忘れざる詩』を手にしていた。
一応証拠を残さない為にも盗みの類を今回やるつもりは無かったけど、書斎の隅で埃を被っていたコレは恐らく存在すら認識されていなかっただろうから問題ないと判断した。
しかし……分からないもんだよな。
強くあれ、優秀であれと長男である事を強要した張本人が実際になって見せれば嫉妬するなんて……ガキのワガママだってもう少し可愛げがある。
あるいは娘に、もっと言えば女性にあらゆる面で上に行かれる事が気に入らなかったって事なんだろうか?
男尊女卑が根深く残る貴族社会であれば仕方のない事かもしれないけど……。
「ちっちぇ……」
俺の感想はそれに尽きた。
だが、幾ら狭量であっても、腐ってはいても、見下げ果てた男であっても貴族は貴族。
何もやらかしていない今何か出来るかというと……思いつかない。
「娘に嫉妬するようなアレな当主とはいえ、別に悪事働いているワケでもないからな~。現状生れて来る子供が男子と判明するまで何もしないだろうから“いつもみたいに”悪事を掴んで告発~なんて手も今んとこ使えないし……むう」
多分後々カチーナは父親に何らかの“権力を利用した迫害”を受ける……それが俺の予想だが、今現在の彼女はあくまで『長男』という立場を守るファークス家の重要な駒。
男子が生まれて存在を不要と判断されない限り事件は起こりようがない気がする。
自分を例にするとモヒカンにならずに済んだのは“犯罪行為を思い留まれた”からであり、カチーナが悪女となる瞬間をどうにか出来なければ……。
そこまで考えて…………俺は結論に至った。
「今はどうしようもないって事か? これ以上考えても何も名案は浮かばね~なこりゃ」
根詰めて考えても良くない時は何も浮かばない。
器用さを求められる盗賊ではあるが、煮詰まった時は仕事でも遊びでも良いから一端その事を忘れて別の事をしてみろ……それも師匠から教わった流儀である。
一時保留……俺はそう判断して、ここ数日パーティー解散してから一度も冒険者として仕事をしていない事を思い出した。
自分なりの事情はあるけど対外的には都市観光をして、子爵家出身の騎士と飲んだくれていた……しかやってないからな。
解散の時に結構な分け前は貰っているけど、だからって散財して良い蓄えがあるワケじゃないし……。
「とりあえずソロ仕事でもやっとかなきゃ師匠連中に何言われるか分からんからな……依頼でも見に行きますかね」
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「お! よ~やく動き出したな、お弟子君。『酒盛り』の解散からしばらく来なかったから君も引退組かと思っちゃったよ……それなら本格的に勧誘するとこだったのに」
「自分なりに少し思う事があったから数日休んでただけっスよ」
冒険者ギルドを数日ぶりに訪れた俺に目ざとく声を掛けて来たのは豊満な肉体をギルドの制服にカッチリと納めた……本人は真面目な事務職のつもりなのに意図せず男共の目線を引き付けてしまう受付のヴァネッサさん。
そんな彼女は師匠やミリアさんの
俺が少々の計算が出来る事で何度かギルド職員に誘ってくれてもいる人で……この人にも色々とお世話になっているので頭が上がらない存在でもある。
「ミリアも君が依頼を受けにも来ないから心配してたんだから」
「あ、そう言えばミリアさんもここだったね。もう本格的に働いてんの?」
「ええそりゃ~もう! 回復師で『酒盛り』のオカン役だった彼女は初日から目覚ましい活躍を見せているわよ。あのサボり癖のあるギルド長が形無しなんだから」
ミリアさんが冒険者を引退してギルド職員となった事を思い出し聞いてみると、彼女は何故誇らしげに笑う。
ギルド長が結構な昼行燈であるのは冒険者にも周知の事で、俺自身一度は昼飯を奢ってもらった事があるくらいだからな。
そういう方向でも冒険者ギルドではミリアさんの就職を心待ちにしていたんだとヴァネッサさんは力説してくる。
色々と苦労されているんだな……。
「それじゃ、ミリアさん今日は件のギルド長のケツでも叩いてるんっスかね?」
「ああ、今日は違うわ。ミリアは今、帰還した冒険者の治療に駆り出されてるのよ」
「早速そっちの仕事か……」
ギルド職員には事務仕事の他、荒くれ者の多い職場であるから腕っぷしも重要な要素になり……そして負傷した帰還者の治療も必要なスキルとなる。
回復術師として相当な腕を持つミリアさんがギルドに最も求められた所以だ。
「何かクエストの失敗かい?」
「いいえ、新人のおバカちゃんが事件とチャンスを勘違いした類の方……」
ため息交じりにそう言うヴァネッサさんに俺は何となく事情を察した。
冒険者ギルドでは位を分ける事で依頼の危険度を餞別、特に討伐依頼は厳密に戦闘区域を指定するが、時々低級の魔物の住処にもレベルの高い魔物が現れる事もある。
本来はイレギュラーでありレベルが足りなければ逃亡するのがセオリーだけど、あくまで偶然の遭遇であるから緊急事態という事で戦闘する事も許可される。
コレをチャンスととらえる
「何が、どこに出たの?」
俺が事情を察した上でそう聞くとヴァネッサさんの目が一瞬だけスッと細くなるが、俺の“面倒事は御免”という表情で小さく息を吐き出す。
しっかりと今聞いた理由が“行く”ではなく“行かない”為である事は伝わったようだ。
冒険者でも力で抜きんでない盗賊は誰よりも現実的であれ、無謀と勇気をはき違えてはいけない……それも師匠の教えだからな。
「ラプミノ平原にはぐれのオーガが出たらしいのよ。普段低級な魔物しか出ない場所だから当然新人……高くてもせいぜいF級クラスしかいなかったんだけど」
「オーガ!? 何であんなところに……C級相当の魔物じゃん!!」
別名『新人訓練場』とも言われるラプミノ平原……そんな所に一匹でもC級、集団になれば軽くA級を超える強さのオーガが出るなんてギルドも予想外だっただろう。
「賢い新人たちは発見と同時に逃走したけど、普段はレベルの問題で狩る事を許されていない魔物の素材を手に入れられると勘違いしたバカがいてね……」
「ああ、それはバカだ……」
“オーガの角”は素材になり、身体強化の効果が得られる『強化剤』の材料になるから結構な高値で取引される。
だから金に目がくらんで狙う連中もいるけど、そう言うヤツらは大抵翌日にはギルドの帰ってこないものである。
「瀕死の重傷を負ったところで通りがかった傭兵団……ドレルさんに助けられたらしいわ。運がいい事に搬送されたギルドにも腕のいい回復師が控えていたしね」
「それは本当に運が良かったな……」
腕前ではB級の実力者だったドレルのおっちゃんがたまたま平原に通りがかって、瀕死の重傷でも治療できるミリアさんがギルドに就職していたから件の新人は九死に一生を得たのだ。
二人の内どちらが欠けても命は無かっただろうな……。
「ヤレヤレ……ギルドのレベル分けの意味をしっかり理解できていないとは」
「ま、最近どっかの最年少盗賊がソロでオーガを倒したって噂を聞いたのも一因らしいけどね~」
ヴァネッサさんが苦笑交じりにそんな事を言ったので、俺は露骨に眉を顰めた。
「……ギルドはちゃんと事実を伝えているッスよね? ソロでオーガ討伐って言っても“四人のB級冒険者監修の下、ワナと道具を駆使して長時間かかってようやくオーガ1匹を倒した”って事実を……」
「ギルドはね。でも特定の誰かを英雄視して自分も……何て考える新人、若者は多くてね。大事な事実を端折って噂が広がっているのも否めないのよね」
ヴァネッサさんのため息に俺も釣られそうになった。
現在の俺の冒険者ランクは“D”……件のオーガをソロで仕留めた事で最年少でDになってからこのような誇張した噂を時々聞くようになったけど……俺は色々と運が良かっただけだ。
現実的に完全なるソロになっている現在の俺には、噂されるオーガを倒す程の実力はあるワケが無かった。
「……ま、いいや、冒険者は究極的には自己責任の世界だからな……賢いソロとしてはソロ活動初仕事は無難な方向で行かせて貰いましょうかね」
「師弟関係が終わっても、そういう堅実な所はスレイヤにソックリよね。討伐以外の町中仕事であれば幾つかあるけど……ちょっと待っててねベテランルーキー」
フッと笑ったヴァネッサさんが依頼書の束を確認し始める。
これから掲示板に張り出す予定の依頼書なのか、それとも達成されずに焦げ付いていた雑用関係なのか……何やら後者の匂いがするのは気のせいだと思いたいけど。
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「ちょっと安パイな仕事を行き過ぎたかな~」
その日の夕方、一仕事終えた俺はギルドに依頼達成を伝えると報酬の銀貨一枚を手の平で弄んでいた。
一応副次的な報酬もあるにはあるけど、金になるモノじゃ無いし……ソロで安全な仕事はたかが知れているのは知っているけど……。
「どうした? 不景気な顔をしているな」
「……実際に不景気だからね。今日のお勤めは終わりかい騎士様」
そんな俺に声を掛けて来たのは本日は私服姿のカチーナ……ではなくカルロス様。
夕日に照らされた表情は相変わらずのイケメンで、本当は女性であると知っていても男として嫉妬してしまうくらいだ。
「久々依頼こなしたけど、ソロで安全に~となると報酬は中々辛口でね。銀貨一枚じゃ夕食で少し贅沢したら吹っ飛ぶだろうよ」
「銀貨一枚……それは中々……」
「報酬自体は正当……ブルーマウスの駆除なんてこんなもんさ」
たまに討伐依頼としてギルドに持ち込まれる依頼だが、一応魔物の一種であるブルーマウスは都市部の下水を住処にする害獣。
主だって新人冒険者が安全に小金を稼ぐ為に受ける仕事ってイメージなのだが、派手さも無く地味な作業になるので夢見る新人には人気が無く、クラスが上位になれば見向きもされない依頼で当然依頼料も低め。
今回は焦げ付いていたソロにも安全な仕事としてヴァネッサさんに一石二鳥で使われた感じなんだろうな……まあ良いけど。
装飾品専門店の細工師工房にでるブルーマウスの駆除、実際は住処にならないように掃除と侵入口の修理を徹底するのがベスト……というかそこを改善しないとまたすぐに出るぞと忠告して今日の仕事は終了となった。
「はは、まあそう言うのも大切な仕事だからな。ブルーマウスから害虫や病気が広がるのはよく聞く話ではあるし、お疲れ様!」
「個人的にはもう一声あればそんな不満はねーんだけど…………あ、そうだ」
俺は本日依頼で副次的な報酬があった事を思い出し……ポケットから一つの髪飾りを取り出した。
「騎士様、コイツを欲しがるような知り合いっていますか? 細工師の連中が練習に作った品だからついでに好きなの持って行けって言われて貰って来たけど……よく考えるとこの手の可愛らしいのをやるような知り合い、周りにゃいね~からさ」
「!? こ、これは!?」
それは装飾屋の弟子クラスの連中が練習で作った子猫があしらわれた髪飾り。
ブルーマウス駆除以外に掃除もやらせた事が心苦しかったのか、どれでも好きなの~って言われて貰って来たのだ。
今思えばもう少し選択があった気もするが……。
「確かカルロス様、妹さんがいたでしょ? 何なら土産にでも……あ~でも御令嬢には子供っぽ過ぎて不向きかも……」
「……い、いやいやそんな事はないぞ! うん、大丈夫大丈夫、妹はこんな可愛らしいのが大好きな口でな!!」
俺が思い直そうとするとカルロス様は慌てた様子でそんな事を言った。
調べた時ファークス家には数人の妹たちがいた事を思い出して、俺は特に疑う事も無くカルロス様に子猫の髪飾りを渡した。
そうすると夕日に照らされる顔が……男っぽさを感じない表情を一瞬だけのぞかせる。
その顔が意味する事を、この時俺は全く気が付く事は無かった。
「ありがとう……大事に……いや、必ず渡すから……」
「あ? ああ……」
『可愛い物が大好きな普通の女の子だった』という日記の一文を思い出すのはしばらく時が経ってからの事だったから。
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