第七話 解答を先に見ても解けない問題
そして更に数日後……俺は預言書の事を置いておいても、気分的に“この状況はおかしくないだろうか?”と思ってしまう事態に陥っていた。
「やあギラル、今日もヒマそうだな。いくら冒険者が自由業とはいえ、いつまでも働かないのは感心せんな」
「ほっといてくれい……お貴族の騎士様が下町で冒険者とタメ口で話す程じゃないだろ」
ここ最近、ヤツの身辺調査をする都合で必然的に本人と出くわす事も多くなり……元々身分を笠に着る事も無いカルロス様と俺は世間話を出来るくらいには仲良くなっていた。
碌に世間を知らないまま冒険者になった俺に貴族と話せる礼儀などあるはずも無く、あらゆる言動、所作が不敬極まりないハズなのにまったく気にする事も無く話してくれるカルロス様……下町で評判になるのも当然だと思える。
ただ……それでも預言書の『あの女』と顔が似ているだけ……そうは思っても、ど~しても違和感は拭えない。
あの『外道聖騎士』の心の底からムカつく笑い顔がチラついて……。
しかし俺のそんな心情が分かるはずも無く、彼は気さくに話して来るのだ。
「はは、なら感心しない者同士……夕飯でも共にしないか? 店は君に選んでもらって構わないから」
「……お貴族様の口に合う店を俺は知らないけど?」
「ほう、それは奇遇だ。私も作法を気にして食う飯よりも兵舎や下町の食堂の方が美味いように思えて仕方が無くてな~」
そう言われて大衆居酒屋を指定しても嫌な顔一つせずに「おお、ここは私も一度入ってみたかったんだよ」とおっしゃるカルロス殿である……。
大衆酒場に入るのは初めてという割に店に入った時には顔見知りの客たちに歓迎されたり、大皿に盛られた肉を中心にした雑多な味付けの料理にかぶり付いてジョッキを煽る様に、俺も段々と警戒しているのがバカバカしくなってきた。
『……今日のところは預言書の事は忘れるかな』
気さくな目上の兄ちゃんと晩飯を食う、俺は本日はそう割り切る事に決めたのだった。
話していると実際カルロス様は良いヤツで……何気にソロ冒険者になりたての俺の事を本気で心配してくれていたようだった。
色々と怪しんでアンタの身辺調査をしていましたなど、口が裂けても言えん。
「君の職は
「ああ、まあそうっスね。ただ俺もソロになったばっかりで、今後の方針に悩んでいるところではあるんっスよね~」
「方針? 冒険者はギルドに依頼された仕事をこなす者ではないのか?」
キョトンとするカルロス様。
どうやら彼は貴族たちにありがちな冒険者や庶民を見下す類ではないけど、冒険者という者たちを大枠でしか知らないようだ。
ま、無理はない。王国に仕える貴族出身で軍属になったならそんなシステムとは無煙だっただろうから。
俺は搔い摘んで冒険者という連中の種類を3つに分類して説明する事にした。
「一括りに冒険者っつっても色々いるからな~。最も分かりやすいのが戦士や攻撃系魔法使いなんかの戦闘職、英雄譚にもなり荒くれ者にもなれる奴らだ」
「……稀に我々も捕縛に苦労する連中だな。英雄の方は残念ながら会った事が無いが」
ローストチキンにかぶり付いて苦笑する騎士様……すんません、同業者のバカ共が。
「ほいで特殊な道具や武器を作り出したりするのに長けてる生産職、鍛冶師や細工師、魔道具技師何かもこの辺に当たる。この手の連中は戦闘に参加する事はまずないな」
「鍛冶師……私の剣もミスリルの魔剣だが、コイツを打ってくれた人も……という事になるか?」
「ああ多分そうっスね。王国軍に商品降ろしている専属契約の工房とかじゃないかな?」
生産職を選んだ人を頭の緩い戦闘職が『腰抜け』だのと馬鹿にする話はよくあるが……実際には命の危険の高い戦闘職よりも安定した生産職を得る方が長い目で見ると羨ましいくらいだ。
俺も事情が無ければ手先が器用という事で細工師を目指していたかもしれない。
「んで、最後が冒険する際にサポートに徹する支援職……付与魔法や支援魔法を使う僧侶や魔法使いが一番わかりやすいが、荷物持ち《ポーター》もこの内に入って来る。そして俺の職である盗賊も基本は支援職の分類だな」
「何と言うか、立場は違うのにやっている事は軍隊と変わらないのだな。前線に後衛、そして補給部隊……フム」
説明を聞いていたカルロス様は感心したように頷く。
軍隊に照らし合わせて自分なりに理解するあたり、やはりクソ真面目な軍人さんである。
必要だから役割を分担した……端的に言えばそれに尽きるだけなのに。
「支援職である
「なるほど……依頼内容を“どっちよりで取るか”でお悩みなワケか」
「いぐざくとり~ッス」
情報屋と言った方が通りが良いかも……。
「一応何事も体験と思って、調査依頼的なもんをやってみてはいるんッスけどね~これが中々上手く行かなくて……」
「なんだ、しっかりやる事はやってるんじゃないか。心配する事は無かったか」
ここ数日の俺の行動を濁して言うと……安心したとジョッキを煽る騎士様にはまさか“アンタを調査していた”とは言えないな。
「しかし上手く行かないとは……何か理由があるのかい?」
「あ~~……う~~~~~ん……」
俺は『未来で悪人になるヤツと似ているから貴方を調べていた』などというワケにも行かず……しかし行き詰っているのも確かなので“仕事に絡めて小出しに聞き込み”という何ともややこしい事をする事にした。
……自分でも何を考えているのか分からなくなってくる。
「何と言いますかね……調査対象の結果は知っているのに結果に至る過程と言うか、証拠が全然出て来なくて……」
「結果を知ってる? …………あ~~~浮気調査か何かか?」
俺の物言いで気を使ってくれたようでカルロス様は声を潜めて聞いて来た。
微妙に違うけど悪事を知っていて調査している状況が似ていなくもないか……と思い、俺は否定もせずにそのまま話を続ける。
「その辺はまあ……やんごとない方からとだけ言っておきますよ」
「うむ、それ以上は言わなくてもいい。相続関係とか絡むと厄介だからな」
やんごとない方=神様とは言わないだけでカルロス様は勝手に納得してくれる。
空気の読める男は素晴らしい。
「だけど調べても調べても、その人からは悪事の気配も無いし、むしろ町の人たちからも慕われる程の好人物でして……ここ最近は最初の依頼自体が間違いじゃ無いのかと疑ってる次第で……」
「何というか……卒論を代筆して貰った同級生を思い出す話であるなぁ」
「え?」
意味が分からず呆ける俺を他所にジョッキを一口煽るカルロス様……同じ所作なのに向こうで大声で笑っている男共に比べると何と上品な事か。
「いやな、騎士学校で単位取得に卒業論文が必要なんだがな……私の同級生がその手の作業が苦手で優秀な後輩に全て任せたんだが、あろう事かその卒論が優秀過ぎて騎士学校設立以来初、国王も参加する議会で発表する事になってなぁ」
「それは……凄い後輩さんですね」
「そう凄いのは代筆した後輩で、そいつ自身は卒論の内容も碌に理解していないし説明だって出来るはずもない。そいつは自責の念に押しつぶされて教師連中に土下座して真実を話し……晴れて留年と相成ったワケだ」
「あ~~それは……」
何というかご愁傷様な事件だ。
元を正せば後輩に代筆を頼んだ事が悪いから自業自得なのだけど、その同級生も自責の念やら王国からのプレッシャーやらで冷や汗どころでは無かった事だろう。
そしてそんなたとえ話をカルロス様がした理由も何となく察する。
「答えありきで結果は出せない……と言いたいので?」
「はは偉そうに説教垂れる気は無いけど、答えを写し書きしたところで公式は理解できないって事さ」
爽やかにそんな事を言ってくれる……予言書でみた『外道聖騎士』と同じ顔で。
……確かに今の俺は結果ありきで彼の身辺調査をしていた事で色眼鏡で見ていたのかもしれない。
『情報は客観的に見るべし、先入観があると正しく判断できない』……正にスレイヤ師匠に言われた通りだ。
解散から数日だと言うのに……未だ師匠離れ出来てねー事に情けなくなる。
「ちくしょう! まだまだ半人前から抜けれねぇな~!!」
「お、おいおい大丈夫か?」
俺はやけくそ気味に自分のジョッキを一気に煽る。
この国では15歳で成人と見なされるから、飲酒もこの辺からなんとな~く始めるもの……但し本当に最近飲み始めた俺にはまだ全然合っていないようで……酔いは一気に回ってしまった。
くそ……こんな事でも俺はまだまだお子様なのか…………。
「確かに俺はな~んも分かってね~よ! この前保護者付きが取れたばっかのヒヨッコから抜けてねぇし……カロッさん!!」
「お、おう……」
「アンタから言ったんだからなぁ! こーしきを理解しろってぇ!! ならトコトン腹~割って話そうじゃないのさ!!」
「お、おいおい……君の依頼に私は関係ないのでは?」
「奢ってくれるっつったんだから、きょ~はてっぺんまで行くぜたいちょ~!!」
「もうへべれけになるとは……安上がりだね」
苦笑交じりに優しく微笑むカルロス様の美形……それが俺の保っていた記憶の最後のシーンだっだ。
・
・
・
「う、ううう…………頭いてぇ……」
爽やかな朝、柔らかく照らされる朝日に普段なら心地良さを感じるのに……今日は猛烈な殺意を覚えてしまう。
圧倒的な頭痛と吐き気、誰がどう分析しても二日酔い……少し動こうとしただけでも頭の中で雷属性の魔法を叩き込まれたような気分。
俺が目覚めたのはいつも塒にしている宿『針土竜
ハリモグラ
』の一室。
もともとは『酒盛り』の連中が拠点にしていた宿だけど、解散と同時に他の連中は引き払ったが、俺だけはそのまま一部屋借りたままになっている。
そこで寝ていたのは問題無いけど……酒場からここまで戻って来た記憶が全くなかった。
しかも目覚めたのはベッドじゃなくて床……手で触ってみると顔に見事な床板の溝の痕が張り付いている。
……寝〇ロして無かったのがせめてもの救いか。
そんな益体も無い事を考えている間にも断続的に頭痛はズキズキと襲って来る。
「イツッ!? くくく……俺に酒はまだ早いって事なのかな? オッちゃんたちはガバガバやってたのに……ん?」
そう思いつつどう動いても頭痛が起きる事を覚悟して体を起こそうとすると……その時点でようやく自分にのしかかっている重量感に気が付いた。
ふと横を見ると、そこには女性と見まごうばかりの美形男子カルロス様のご尊顔が……。
「う……え!? アレ!? 何でカルロス様が!?」
「く~~~~、く~~~~~」
同じように床に倒れる彼は俺と肩を組んだ状態で、昨日の晩に一緒にここまで来たのかな? 部屋に入った所で力尽きたのは同様みたいだけど、寝息を立てている綺麗な顔を見ていると不覚にもドキッとしてしまう。
美形でも男……美形でも男…………俺は心の中で自制心を保つための呪文を繰り返して高鳴る心拍を鎮める。
そして、痛む頭に悩まされつつ冷静に状況を確認……昨夜の出来事を思い出そうと試みるが……やっぱり詳細が何も思い出させない。
こりゃ……どう考えても酒場から酩酊状態でカルロス様に送ってもらった感じなのかな? 軍属の、しかも貴族のご子息が朝帰りとか……あまり外聞は良くなさそうだけど。
「何か悪い事しちゃったような…………俺、タチの悪い絡み方してなければ良いけど」
起き上がって組んだままだった腕をどけても目を覚ます様子の無いカルロス様……相当昨夜は飲んだ、もしくは俺が飲ませたんだろうか?
言い知れぬ申し訳なさが込み上げてきて、俺は彼を抱き上げてベッドへとそっと移動させた。
……く、美形でもしっかりと筋肉質な男性の体のはずなのに……何だか妙に柔らかく心地いい感触が…………やっぱり顔も美形だし…………何故か同性では感じないようないい匂いがしてきて……。
『ダアアアア!? イカンイカンイカン!! しっかりしろ俺!! この人は男性だぞ! ここ数日散々調べて知っているだろうが!! “あの女”との繋がりは見つからなかったけどお人好しな侯爵家の長男で……………………アレ?』
湧き上がる危ない煩悩を誤魔化そうと彼に布団をかけようとした時、首元から一つのネックレスがこぼれ落ちた。
それはいわゆるロケットと言われる中に肖像を入れる事が出来る類のもので、一般的には恋人や奥さんの肖像を入れておいて戦場でのお守りにすると聞いた事がある。
「……しっかりと大事な人がこの人にもいるって事か?」
俺はこの時何も考えていなかったのだろう。
この手の物を勝手にいじる事が無礼とかプライバシーの侵害になるとか……そう言う当たり前の事を一切考えずに、なんとな~くロケットを開いてしまっていた。
その肖像を俺が見る事が……取り返しのつかない事とは欠片も思わず……。
「……!? こ、これは……この肖像は!?」
ロケットの中に収められていたのは一人の女性、金髪碧眼で首から下げているカルロス様と非常に似ている顔つきの美形だけど明らかな女性。
そして何といっても特徴的なのは左目にある泣き黒子……それは俺がここ数日彼との関連性を疑って調査していた“あの女”と同じ特徴。
「カチーナ…………カチーナ・ファークスの肖像!? 何でこんな……」
後に知る事になるが、自身の姿を偽る為にロケットに入れた肖像と本来の姿を入れ替える魔道具という物が存在する。
その魔法を解くにはその肖像の本当の名前を唱えなくてはならず、それこそ魔法を施した者、もしくは本人しか知り得る事では無い。
俺はロケットを開いたまま“その名前”を思わず口にしてしまっていた。
知っていたから……預言書という『解答』を先に見ていた俺はその名前を。
それが魔道具の封印を解く『
その瞬間、眠ったままのカルロス様の体から淡い光が発生したと思うとロケットの中身の肖像が女性から男性の物に……カルロス・ファークスに変化。
「ん、んん…………」
そしてベッドの上に現れたのは……美しく長い金髪を広げて眠る泣き黒子が特徴的な美女の姿……。
漏れ出る悩まし気な寝言は昨晩とは打って変わった完全な女性……数日間調査しても影も形も発見できなかった預言書の『外道聖騎士』がそこにいた。
あまりの出来事に俺は思わず腰を抜かしてへたり込む……もはや自分が二日酔いであった事すらもすっかり忘れてしまい……間抜けな事を呟いていた。
「…………俺、初めて女性と朝チュンしちゃったな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます