第六話 預言で見た悪女の幻影
カチーナ・ファークス……預言書で見たその人物は、まさに自己中心な不愉快を体現したような最低のクソ女の名前だった。
俺は三年前に王都に辿り着いてから結構早い段階からこの名前の『女性』を独自に探してはいたのだ。
ハッキリ言えば“早い段階で始末しておけないか?”とすら考えて……。
『我が行いは全て神の意志なり! すなわち反する者は全て背信者であり逆賊である!! 貴様らの穢れた魂、神の慈悲により涅槃へと送ってやろうではないか!!』
狂喜の笑みを浮かべて自分が神の代弁者であると宣言し、少しでも教えに反する者は容赦なく斬り捨てる……兵士のみならず戦いも知らない女性や子供でさえも容赦なく。
預言書で見たヤツは本当に聖騎士何て称号は名ばかりの最低な外道でしかなかった。
初めて勇者と邂逅した時から勇者を“他世界の廃棄物”と蔑み、力で敵わないとなれば勇者をおびき寄せる為に平気でスラム街で虐殺、更に町に火を放つ狂気の作戦を実行したり、穢れた魂を持った存在として亜人、獣人の村を皆殺しにした挙句アンデッドとして利用したりと……思いつくような残酷で卑劣な作戦を笑いながら実行する、まさに悪女。
特に勇者の仲間に裏切らせる為に恋人を人質にとって命令を実行したにも関わらず、人質を遺体で返すと言う……命の契約すら破る卑劣感、悪魔すらも凌駕する腐れ外道として最終的には邪神軍の中でも浮いた存在になって行く。
そしてそんな腐れ外道の最期も……中々に最低なものだった。
騙し、陥れ、裏切り、自らを神の代弁者と嘯いて笑いながら虐殺を繰り返して行ったカチーナであったが…………最後の最後になって出し抜かれる事になる。
恋人を殺された元は勇者の仲間だった魔導士と、邪神軍の幹部の手によって特製の処刑場へと転移させられるのだ。
勇者を裏切る代償に恋人の命を助ける……契約者が約束を守ったのにそれを反故にした事は邪神側としても許容出来る事では無かったらしい。
魔導士が長年かけて作り上げたのは万を超える死体が山積みされた閉鎖空間……彼は長年かけてカチーナ・ファークスに恨みを込めて死んでいった者たちの遺体をこの場に集めていたのだった。
世界を巡り自分と同じ目をした者たちを遺体も悪霊も含めて、同じ怨念を抱く者としてただ一人の外道に苦痛に満ちた凄惨な死を与える為に……。
『死者に外道をさせる俺とて貴様と同様……地獄まで付き合ってもらうぞカチーナ・ファークス!!』
万を超す遺体の中心で会心の笑みを浮かべる魔導士が魔術を発動……たった二人しかいない生き物を中心にすべての遺体がゾンビとなり起き上がって行く……。
そんな中、自分も同様の最期を迎えるだろう魔導士とは対照的にカチーナは今後自分の確実に降りかかる“食い殺される未来”に絶叫するのだった。
『何故だ!! 我は正義のはず!! 神の意志を代弁する聖騎士であるぞ!! なぜこのような目に合わねばならん!!』
最後まで足掻き、抵抗するカチーナ……しかし聖騎士団長を務めるだけあって勇者に対抗しえる武力もあったものの、万を超すゾンビに群がられてはなすすべもない。
剣が折れ、魔力も尽きた時……稀代の腐れ外道、クソ女の象徴たるヤツは生きたまま食い殺される恐怖と苦痛を三日三晩味わった後……骨も残さずこの世から消えたのだった。
哀れと言えば哀れな死に様ではあったけど……これまでのヤツの行動を鑑みると、思わずスカッとしてしまったのは否めなかった。
個人的には最後の邪神が倒された時よりも遥かに“ざまぁ”と思えた瞬間かも。
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当然だけど俺だって3年前から何かしら預言書を参考に“勇者召喚の未来”に向けた対策を出来ないか情報収集は独自にしてはいた。
ただ……あの預言書に関する不備という物も段々と浮き彫りになってくる。
俺自身に知識も経験も武力も足りず、情報を集めるツテすら碌に無い事も原因ではあったけど……それ以上にあの預言書はあくまで『召喚勇者の物語』だったのだ。
後に台頭してくる『邪神王都ザッカール』とは別の国で最後の切り札として召喚される異世界の勇者が諸悪の根源たる邪神を討つ話……当然のように悪に位置するザッカール王国の詳細は預言書では語られていなかった。
俺が知っているのは国名、地名、人名、そしてこれから起こる数々の悲劇……。
だけどザッカール王国という国の枠組みで預言書で見た『邪神の使徒』と名乗っていた幹部連中を見つけ出そうとしても中々発見できなかった。
預言書であれ程の非道な行動をして世界を恐怖に貶める邪神の使徒なのだから、今もさぞかし名の通った悪人なのだろうな~と思っていたのだが……。
そんな俺のショボい捜索網に初めて引っかかった人物への手がかり……無論このまま放っておく手はあり得ない!
俺は急ぎ去って行った隊長と呼ばれた人物の後を盗賊として培った『隠密』と『俊足』を駆使して付ける事にした。
顔が似ているからもしかしたら親戚の類かも……と色々と予想しながら。
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「分からん…………調べても縁戚に“カチーナ”なんて令嬢もでてこねーし……」
15歳で冒険者として独り立ちを認められたとはいえまだまだ未熟である事は俺自身充分に分かってはいる……分かってはいるのだが、ここ数日件の“ファークス氏”を付け回し、家族構成やら人間関係やらを調べても『預言書』に繋がりそうな情報は何一つ出て来ない事に落胆していた。
カルロス・ファークスそれが彼の名前……。
家族構成を調べてみても彼は王国貴族のファークス子爵家の一人息子で、今は騎士として箔を付ける為に王国軍に所属しているらしい。
無論真っ先に姉や妹がいないか、隠し子の存在すら疑って調査してみたものの……分かった限りではファークス家に女子はいるもののカチーナという存在は皆無という事のみ……。
オマケに預言書ではあれ程の外道行為を繰り返したクソ女と同じ顔をしている事で“手がかり発見!”と勇んで調査したものの彼の行動は品行方正そのもの。
子爵家の息子など平民を蔑んでいてもおかしくないのに町ゆく市民からは男女問わずに気さくに挨拶していて身分差を笠に着る様子はない。
一度など獣人の子供が不注意で彼にぶつかって転んだ時など、預言書で似たような状況『穢れた獣人の分際で!』とカチーナが母親の目の前で子供を切り捨てた状況を思い出して“やばい”と慌てて止めに入ろうとしてしまったが……。
「大丈夫か? ちゃんと前を見て歩かないとダメだぞ」
「う、うん! ありがとう騎士のお兄ちゃん……」
などとワザワザ子供と目線を合わせて注意する姿に……俺は一瞬預言書の方を疑ってしまうくらいだった。
そんな状況を温かい目で見ているおばちゃんに俺は聞いてみた。
「オバちゃん、あの騎士様……何者なんだ?」
「ん……ファークス様の事かい? アンタ王都に来てから結構たつのに知らんのか?」
「う……」
冒険者で会計係も担っていた俺は商店街の人たちと物資の購入も含めて交流はあったけど、こういった世間話レベルの情報を見逃していた事に自己嫌悪に陥りそうになる。
く…………まだまだザルだよな~俺の情報収集能力、師匠が口を酸っぱくして言っていた未熟な要素はこういう所にもあるんだろう。
こんな身近に情報源があったと言うのに……。
「まあ……長いって言っても冒険者は普段王都にいる事が少ないから……」
「そういやそうだね……毎日の食い扶持の方が最重要か。そいで? あの人がどうかしたのかい?」
「別に……興味本位さ。あの出で立ちなら結構なお貴族様じゃね~の? ワリにお高く留まってね~な~って」
この言葉に嘘は無い、預言書の是非は置いておいても、彼のそんな行動はこの国においては結構特殊に思えたから。
貴族が身分の低い者を下に見て蔑む、それこそが一般的な対応であるのに……。
オバちゃんは俺が言いたい事を察したのか苦笑して答えてくれる。
「はは……間違っちゃいないよ。大抵の貴族は隊に所属していても、こんな下町を警らするのは自分たちの仕事ではないと詰所から動かないもんだからね。あの方みたいに自らの足で警らしてくれる方は特殊な部類さね」
そう言いつつもオバちゃんの言葉には彼を貴族として尊敬する重みを感じる。
それは商店街含めた下町の連中も同じ認識なのだろう……彼が歩くたびに委縮する事なく店員たちが「お勤めご苦労様です」と声を掛ける情景に、俺はますます困惑する。
『じゃあ何なんだよあの預言書は!? カチーナなんて女本当に存在するのか!? 神様~あんた俺に一体何を見せてくれたんだ!?』
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