第五話 冒険者ギラルの卒業

 運命なんて言葉を今更言う気も無いけど、それでも俺にとって運命なんてモノがあるとするなら、それは“あの日”に劇的に変わったというのは断言できる。

 15歳、それは俺が冒険者として一人の大人であると認められて、保護者という監察役を必要としなくなる年齢。

 同時に自分の事への責任は自分で取らなくてはいけなくなる……それこそ仕事の不始末も、自らの命でさえ。


「うお~いギラル、早いとこ依頼達成報告をしてきてくれ! 今回は武器と防具の摩耗が酷くて金掛かりそうだしよ~」

「オッちゃんがロックタートルに斬りかかるからいけないんだろ? バカ力だからって調子に乗って……なまじ倒しちゃうから余計に刃先が鈍るし」

「うっせ~な、倒したんだからいいじゃね~か……」


 しかし、そんな年齢になったにも関わらず当時から俺の事を迎い入れてくれた冒険者『酒盛り』の連中は変わらない対応をしてくれる。

 俺の言う事に仲間たちが「うんうん」「いいぞもっと言ってやれ!」と同調してオッちゃんが拗ねるのもいつもの事だ。

 毎回オッサンが拗ねるのは可愛くないのでやめて貰いたいけど……。



 3年前、俺はこんな碌でもない世の中なのに幸運にも巡り合えた親切な大人たちによって2つの選択肢を用意して貰った。

 一つは王都まで行った後に王国が管轄する孤児院へ入る事。

 それは村を、故郷を失ってしまった俺にとって一番無難な道筋だ。色々な規則や制限もあるだろうけど飢えず生きていけるなら最適な選択かもしれない。

 しかし、俺にはどうしてもやらなくてはいけない目的があった。

 その目的を達成する為にはもう一つの選択が最も手っ取り早いと判断した結果、俺は命の危険を伴うが早いうちから自分で金を稼げる方法、冒険者の道を選ばせて貰った。

 15歳未満では保護者、つまり最低限身を守ってくれる責任者の同伴が必須となるところ、真っ先に名乗りを上げてくれたオッちゃん、ドレルさんには感謝してもしきれない。

  だけど保護者でありリーダーであるオッちゃんではあるけど、俺は彼の事を『師匠』と呼ぶことはない。

 何故なら俺が保護者付きでも冒険者になった3年前、適性検査で現れた『職

ジョブ

』はオッちゃんが得意な武器を主体にする前衛では無かったのだから。


 3年前に冒険者ギルドで初めて適性検査を受けた俺だったのだが、案の定というか予想通りというか……俺の適性『職』は盗賊

シーフ

だった。

 正直言って地味にショックだったのは否めない。

 別に犯罪者という意味合いの盗賊とは違う意味合い、ダンジョンの斥候や危険回避、ワナの解除など冒険者として重要な役割を担う『職』である事は俺も分かってはいたのだが…………預言書で思いっきり“犯罪者としての盗賊”だった事を考えると、どうしてもね。


 でも師匠枠も希望していたっぽいドレルのオッちゃんが俺以上に盛大にガッカリしていたお陰であんまり気にする事も無かったけれど。

 そんなこんな色々あって、俺はパーティー『酒盛り』で唯一の盗賊であるスレイヤさんに師事する事になった。

 男勝りであるけど健康的な美人であるスレイヤさんは中々にスパルタで、しかし確実に盗賊としての技術や心構えを教えてくれ、今や俺にとっては師匠であり姉貴みたいな人でもある。


「師匠、道具の補充はどうですか? 今回俺は結構消費しちゃったけど……」


 俺がそう尋ねると、師匠であるスレイヤさんは袖に仕込んでいる投げナイフを自然な動きで取り出して確認する。


「ん~~? 投げ物はアタシも結構使っちゃったからな……あとダガーもそろそろ寿命かも……ついでに研ぎに出してくれる?」

「おっとっと……」


 そう言ってスレイヤさんは武器を仕込んだザックの付いたベルトごと俺に放って寄越す。

 俺はそんな何気ない行動に少し『おや?』と思ってしまう。

『酒盛り』において俺は新米盗賊でありながら、ある程度計算が出来る事で会計係を担っている。

 だからこそパーティーの武器防具の整備を任される事も多いのだが……いつもの師匠ならベルトからダガーを鞘ごと外して投げて寄越すのに……。

 そう思っていると師匠は片目をつぶって言った。


「そいで研ぎ終わったらダガー含めて全部お前にやる」

「……え?」


 俺はその言葉に衝撃を受けた。

 彼女が俺に寄越したダガーを含めた革製のザックは、盗賊は常に斥候、探索、危機回避を可能にする為に動きを阻害しない最低限度の道具“七つ道具”を携帯しておくようにと教えてくれたのは師匠である。

 このザックとダガーは師匠の生命線、商売道具のハズだが……。


「師から弟子への餞別にしては色気が無いけど、お前が使いやすいようにカスタムしたつもりさ。技術はまだまだだけど、既に素早さではアタシを超えているからな」


 ちょっと照れ臭そうに言う師匠にパーティーのみんなが苦笑していて、俺はそれが師匠からの卒業祝いなのだと気が付き……熱い物がこみ上げて来るのを必死に堪える。


『そうだ……この人たちと一緒にいるのも今日で最後なんだよな……』


 今回を最後に俺が3年間の間、まさに死ぬほどお世話になった冒険者パーティー『酒盛り』は解散する事になっていた。

 オッちゃんが刃先が鈍る事も厭わずに、買取が高価なロックタートルを仕留めたのも最後にみんなで山分けするつもりだったからなのは分かっていた。

 解散の理由は別に仲違いをしたとか、誰かと死別したとかそんな暗い理由ではない。

 冒険者は危険を伴う不安定な職業で、元々長年続けていられる類のモノじゃない……『酒盛り』のみんなも年を重ねるたびに色々と今後の事を考えていたらしいのだが……。

 今回とある切っ掛けがあった事で解散する話が一気に進んだのだ。


「ま、さすがの師匠も身重の体で盗賊らしく飛んだり跳ねたりは出来ないでしょうからね」

「そーいう事、いくら何でも胎教に悪いわ。ソイツがそばにあると盗賊の血が騒いでしょうがないからさ……」

「……ありがとうございますスレイヤ師匠」

「…………ん」


 片手を上げて師匠が顔を背けた理由は詮索しない……おそらく俺と同じ理由だろうから。


 3年間の間俺に『盗賊

シーフ

』としてのイロハを叩き込んでくれたスレイヤさんのご懐妊、それがパーティーが解散する理由だった。

 相手は同パーティーのもう一人の戦士ケルト兄さんである。

 この二人、好き合っているのに中々進展しないという関係を長い事続けていて……そのじれったい関係にしびれを切らしたオッちゃんとミリアさん、そして思春期真っただ中で男女関係に興味津々だった俺の3人が結託して何度も何度もけしかけて……ようやくくっついた経緯がある。


 ……くっついてからご懐妊まではやたらと早かったけど。


 ご懐妊のスレイヤさんは結婚と同時に引退、ケルトさんは長期で家を空ける事を嫌って王都の傭兵団に入る事になった。

 二人が冒険者を引退する事を機にオッちゃんは他の冒険者パーティーへと勧誘され移籍する事に……年や顔はともかく腕っぷしは確かだから上級者から引く手数多だった。

 気を使ったオッちゃんが「お前も一緒に来るか?」と誘ってくれてはいたけど、それは丁重にお断りしておいた。

 一瞬見た移籍する上級パーティーが全員ゴリゴリマッチョの男しかいなかった事が原因では………………無いとは言わないけど。

 元聖職者のミリアさんも貴重な回復術師だから勧誘も多かったみたいだいだけど、彼女は何とギルド職員として転職するそうだ。

 みんながそれぞれに違う道を歩む事になり、最後の晩餐でドレルのおっちゃんはジョッキを片手に泣きそうなのを誤魔化すように言った。


「今生の別れってワケじゃねぇけど、それでも俺たちのパーティーは今日で最後になる。今まで楽しかったぜ……そいじゃ、お疲れさん!! またどこかで会おうぜ!!」


 15歳、冒険者として独り立ちする年齢まで俺を生かしてくれた本当に良い人たち……厳しくも温かい場所をくれた大人たちから俺も“目的の為に”巣立つ日が来たのだ。

 ただのクソみたいな犯罪者になるはずだった俺が、ソロの冒険者として“神様の願い”を実行する為に……。


                  *


 盛大な解散パーティーの翌日、俺が出向いたのはソロ冒険者になってから初の依頼を得る為、または新たな仲間を得る為に冒険者ギルドに……ではない。

 今後の自分の行動を確認する為に王都内の“ある場所”の前に立っていた。


 単なる村人だった俺が王都に来る事になって冒険者として生活する傍ら知ったのは、自分がいかに狭い視野でしかモノを見ていなかったか……だった。

 何も知らずにあのまま森を彷徨っていたらと考えるとゾッとする。

 世の中の事情を知れば知る程、俺が3年前に神様に見せて貰った預言書の信憑性が増していく一方なのだから。

 地名や人名、時代背景や政策の動向、俺が24節に渡る預言書で見た結果はそのまま至った未来の最悪な結果にしか思えない程に“しっくりとハマって”しまう。

 異世界より召喚された勇者が人身売買の温床になっていたデムリ男爵領を壊滅に追い込む未来など、もしも“オッちゃんたちが事前に国へ知らせてくれなかったら”間違いなく起こっていただろうからな。


 そして知る事で恐怖した一番最初の情報は『地名』だった。

 俺が冒険者として拠点にしている王都

ここ

の地名『ザッカール王国』……俺の記憶に間違いが無いのなら、それは召喚された勇者が最後に邪神と戦い命を落とす場所と同じ名。

 全世界から憎しみを込めて『邪神王都ザッカール』と“言われてしまう予定”の地。


「なら当然何年か後には復活するんだろうな…………ここで」


 神聖エレメンタル教会……預言書では邪神を呼び出した『邪教教会』と揶揄される事になる教会なのだが、今のところは荘厳な雰囲気を醸し出し信心深くない俺であってもちょっとだけ神妙な気分にさせる感じに俺の前にそびえ立っていた。


「君、この教会に何か用なのかね?」


 俺がボケ~っと見上げていたのを不審に思ったのか、一人の甲冑を身にまといながらも顔はしっかりと出している青年騎士が声を掛けて来た。

 金髪碧眼、誰がどう見ても美男子……女装でもしたら下手な女性よりもモノになりそうな程中性的な顔立ちで、少し低いが声も綺麗で……3年前に出会った神様とは違う何かに男としては苦情を言いたくなる程。

 ……とは言え教会の前で本当に神への苦情を言うワケにも行かず、俺は質問に素直に答える事にする。


「あ~~別に用事っていう用事も無いんっすけどね? 今までこうして王都の主要個所を見て回った事が無かったな~って思ってさ……」

「……君は、冒険者か?」

「そうです、仕事で拠点にはしてたけど王都を離れる事が多かったからさ。昨日3年間一緒だったパーティーを解散したから時間を持て余してまして……折角だから王都を見て回ろうかなな~っと」


 その説明に嘘は無い。

 本音は預言書にあった数年後に起こるはずの事件現場の検証だが……。

 しかし俺がそう言うと騎士は表情を曇らせる。


「む、解散か……それは……」

「ああ、誤解しないで下さいよ? 別に不幸があったとかじゃねーっすから。仲間の一人がご懐妊で引退したから、その流れでってだけで……」

「あ、ああそうなのか……それならめでたいな」


 どうやら“マズい事を聞いてしまったかも”と思っていたようだが、俺の言葉にあからさまにホッとした様子を見せる。


「冒険者であるならギルド所属なのだろう? それなら問題はない……存分に観光を楽しむと良いぞ」

「……騎士様が職質するくらい不審でした? 俺?」

「な~に、少しだけ気になる程度……どちらかと言えば田舎から出て来たおのぼりさんなら道案内くらいしようかと思った程度さ……邪魔したな」


 そう言うと青年騎士は甲冑を鳴らしつつ手を上げて去って行った。

 去り際も中々に爽やかで……しかし同時に、俺は心の中で何かの“引っかかり”を感じていた。

 今の青年騎士……どこかで見た事が無かったか? どこかで会った事があるような……思い出そうとすると何とも言えない苛立ちが湧いてくるのは一体?

 別に普通に親切に、職務に忠実な騎士にしか見えなかったと言うのに……。

 単純にイケメンに対して男として嫉妬しているだけなら、俺が狭量というだけの話ではあるけど……。

 俺が謎の引っ掛かりに考え込んでいると、立ち去った青年騎士に別の騎士が名前を呼びつつ近寄って来た。


「隊長! ファークス隊長!! ここにおられましたか……」

「どうしたミゲル、まだ警ら終了の時刻では無いが?」

「ハ! 大隊長より招集が掛かっております! 至急本部までお戻りくださいますよう」

「大隊長が? 了解した……ご苦労である」


 そのやり取りに俺は思わず青年騎士に振り返り……絶句してしまった。

 ファークス……俺にはその名前に覚えがあった。

 その名前を知ったのは『神ノ国』で見た預言書での事……24節ある預言書の中でもその名前は数多く存在し、俺はその名が登場する度に苛立ちを覚えていた。


『ザッカール聖騎士団長カチーナ・ファークス…………』


 それはこの世の全てを破壊する為に呼び出された邪神よりも勇者に成敗された時にスカッとした預言書の中でも最悪な悪人の名前であり…………『女性』の名前だった。

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