閑話 予言の綻び

 予定変更で拠点の王都へ引き返す事になったオッサン戦士ドレル率いる冒険者パーティー『酒盛り』は途中で野営を余儀なくされていた。

 元々今回は知り合いの捜索のつもりで近隣の町『ファーゲン』に陣地を構えようと思っていたのだから急遽引き返す事になると、それは仕方が無いのだが……。

 すっかり日が沈んでから交代で見張りに付いていたが、自分の番になったドレルは焚火を前に座って今後の事を考えていた。

 そうしていると簡易テントからスレイヤが姿を現す。

 何か話したい事があるのは明白で、見張りのドレルへと近づいて来た。


「……坊主はもう寝たか?」

「ええ、ミリアママの子守歌でグッスリ……な~んてね」


 スレイヤは冗談めかして手を広げる。


「トラウマ抱えて眠れないかと心配してたけど、ミリアが沈静魔法使うまでも無くグッスリよ。意外とあの子、図太くて冒険者向きかも……」

「親兄弟、友人たちを理不尽に殺された子供のクセに……」


 彼らも命のやり取り生業にした冒険者、死に直面した人間が自我を保てず発狂する様を見たのは一度や二度ではない。

 ましてや精神的に未熟な子供が保護者や居場所を失ったのだから、精神的な打撃は遥かに大きいはず。

 ドレルはそんな境遇のギラルが悪夢にうなされ飛び起きる事も考慮して、パーティーの回復役のミリアに今夜は付きっきりになって貰っていたのだが……どうやらそれは杞憂のようだった。

 少しほっとした顔になるドレルと焚火を挟んでスレイヤが腰を下ろすと、先ほどとは打って変わった真剣な口調で話し始めた。


「……それで、これからどうするのリーダー? 事ここに至っては結構な大事に発展しそうに思えるけど」

「ああ……それは間違いないな」

「ちなみにあの子の言ってた予想……どの程度信憑性があると思う?」


 個人依頼だけどギルドを通じて依頼された冒険者の死亡、そして3年前に滅ぼされたとされていた村の生き残りは“最近村を皆殺しにされた”と言う。

 こんな事態を放置できるのはそれなりに高い地位である必要がある……ドレルは焚火を眺めたまま神妙に口を開いた。


「憶測の域はでねぇけど、ほぼ決まりだろ。ここ一帯を収めるお貴族様は叩けばどす黒いホコリが山のように出て来るだろうな」

「……でしょうね。扱いを間違えれば、私たちも彼と同じ目に合うだろうさ」


 スレイヤが視線を投げた先は冒険者マチェットの遺体を乗せた荷台があった。

 生きるだけで精一杯、他人を気遣う余裕なんてアリはしない状況だっただろうに遺体を荒らす事もせず、それどころか然るべき場所へ届け出ようとすらしていた変わった少年がいなければ今頃森の魔物の糧にされていた事だろう。


「彼は一体何を見たのかしらね」

「分からん……だが多分この依頼の為に町に着いた時から監視されていたはずだ。そして依頼主に会えずに仕事を放棄していたら見逃されていただろうに、ヤツは先に仕事を片付けてしまおうとか考えて森に入ったんだろう。そして……お偉方に都合の悪いもんを見つけたんだろうよ」


 見た目の割には思慮深いドレルは事件の大まかな流れを既に予想していた。

 この辺は王都から離れた地方の領地、ここ一体を治めている貴族が最近襲われた村が3年前に滅ぼされていたと報告した理由……ドレルには2つ思い当たった。


 まずは脱税と保証金目当ての虚偽報告。


 3年前から無い事にしている村ならそこから徴収した税金を国に納めなくてもバレる事は無いし、スタンピードのせいにしておけば保証金すら貰える。

 普通なら国から調査員が入ったり近隣の町『ファーゲン』辺りから情報が漏れそうなところだが恐らく関係する役人連中は既に買収済み、さらにギラル少年曰く『ほとんど村から出る事がなく、他人が来る事もなかった』と言っていた事で村が3年前から軟禁状態だった事を悟る。

 そして……存在しない村を今度は人身売買の拠点として野盗共の住処として機能させる……そうする事で表と裏から不当に金を集めようとしていたのだろう。

 多分マチェットは見てしまったのだ……3年前に無い事にされている『トネリコ村』を。

 考えれば考えるほど、ドレルは『ファーゲン』に入らなかった自分の判断が正しかったと思わざるを得なかった。


「間一髪……だったな」

「ほんと……こうなるとあの子はアタシたちに助けて貰ったつもりかもしれないけど、私たちこそ助けて貰ったよね。あのままだったら……」

「ああ……マチェットの二の舞だったろうよ。坊主のお陰で取り合えず事なきを得たがな」

「……そんな大恩人を殴っちゃったワケよね~このオッサン」

「言うな……アレは俺の人生の中でも最大の過ちだ」


 焚火に晒されたスレイヤが、その端正な顔を意地の悪い笑みを張り付けてドレルを軽く非難すると、ドレルは途端に落ち込んだ顔になって溜息を吐いた。


「ま、反省してんならこのくらいにしといてやるけど……どうすんの? 王都まで連れて行ってやるのは良いけど、その後の事は?」

「……坊主の希望にもよるけど、王都の養護施設とかに預けるのが無難と思ってるよ」


 ドレルは火を絶やさないように小枝を折り焚き木に放り込みつつ、恩人であるギラルの今後について話す。

 本来ならその辺は王都に到着したらギルド関係や公共施設に受け渡して終了する事、面倒事を嫌う冒険者なら無視して捨て置けばいい話なのに、『酒盛り』の連中は少年の今後について真剣に考えていたのだった。


「ふむ……リーダーもミリアたちと同じ意見か。まあ一番妥当だよねそれが」

「なんだ、お前は違うのか? スレイヤ」

「ま、アタシも本人の意志が一番だとは思うけどさ……」


 そう言って腕を組んだスレイヤは、小さくない胸元を盛り上げさせてニカッと笑う。


「15歳未満の少年は保護者の観察が無ければ所属できない職業…………それは?」

「…………おい、まさかお前」

「少しでも子供には選択肢を与えてやるのが大人の役目……なんじゃない? 保護者が必要ならアタシらがなってやっても……さ」


               ・

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 召喚された勇者が訪れる“数年後”に人身売買組織が壊滅するはずの町『ファーゲン』。

 そんな未来の一ザコ敵でしか無いはずの少年ギラルは、この時自分が一体何を仕出かしたのか……あまりよく理解はしていなかった。

 せいぜい自分が犯罪者にならずに済んで、尚且つ親切な冒険者たちと出会う事が出来た……くらいにしか。


 しかし彼が行った小さな矜持に基づく善行は、数週後には巨大な激震となって『ファーゲン』の町を含む一帯を領土に降りかかる事になった。


 全て皆殺しにして滅ぼしたはずの『存在しない村』の生き残り、その生き残りによって損壊される事無く回収された冒険者の遺体。

 王都の冒険者ギルドに齎されたその情報は瞬く間に王国上層部へと通達され……その悪質性からも速攻でファーゲン周辺の森に王国直属の調査兵団が入る事になった。


 その急な調査に心底焦ったのは領主であるデムリ男爵……片田舎の領地でなら国に注目をされる事無く私腹を肥やす事が出来ると考えていた。

 長い年月をかけて領地内の役人やギルドの支部を買収し、これから闇の連中と手を組み巨万の富をせしめようとしていた矢先の事だった。

 肥え太った顔面に滝のように冷や汗を流しながら、王国からの調査令状を眺める。


「そ、そそ、そんな急にお越しにならなくとも良いではないですか……。誉高い王国直属の調査兵団“ミミズク”がいらっしゃるほどの事件など我が所領には……」


 なんとかして言い逃れをしなくてはならない……震えそうになる言葉でその事だけをデムリ男爵は考えていた。


『何とか数日の時間を稼ぎ、森の野盗共を私自らの手で葬った事にすれば……』


 デムリはこの時点で既に人身売買組織の野党連中を切る事を決断していた。

 長い年月かけて作り上げた組織を切るのは痛いが、それでも連中との繋がりが王国に判明する方がマズイ、全ての悪事を野盗共のせいにしてとぼけなくては……と。


 しかしデムリの前に立つ一人の騎士は、女性とも見紛う端正な顔つきだと言うのに底冷えするような冷淡な瞳で男爵を見据えて……薄く笑う。

 調査兵団隊長ホロウは出来の悪い悪戯を嘲るように…………。


「なに、そんなに頑張って時間を稼ぐ事は無い……デムリ男爵殿。今、確かに調査令状を出しはしたが……調査を終えていないとは言っていなかったな……おい」

「は!」


 一言命じただけで背後の部下はホロウにある物を差し出す。

 それは粗末な作りの壺なのだが……その中身が問題だった。

 まるで手土産でも披露する可能ような気軽さでホロウが壺から取り出した物は……彼にとって懇意にしていた人物であり、そして先ほど正に自らの手で全ての悪事を背負わせた上で処分しようとしていた……野盗の頭目だった男の首であった。


「はひ!? ひぎいいいいいいい!!」

「誠に失礼ですが……既に森の調査は終わっております。貴殿が3年前にスタンビートで滅んだ事にしていたトネリコ村を占拠していた野盗の群れはこうして我々が処分しておきましたのでご安心を……」


 そう……まるで天気の話でもするように笑うホロウの前で、知っていた男が首だけの姿になって虚ろな瞳を向けて来るという状況……デムリは全てが手遅れである事を悟るしか無かった。


「ば、ばかな!? 喩え王国の調査兵団とて、領主たる私に許可も無く領地の調査に入るなど許されざる越権行為で……」


 しかしデムリも保身の為に体中からあらゆる汁を垂れ流して悪あがきを試みる。 

 その辺は結構グレーな部分、王国の貴族たちが作り上げて来た自分たちに都合の良い法律の悪い習慣があった。

 要するに『貴族みうち』が悪事の証拠を隠せるだけの時間を何となく与える為に、高いった調査は事前に通達してから行うべきである……という悪習である。

 しかしホロウは冷徹に微笑むとある事実を口にした。


「ああ、その辺は問題ありません。何せカザラニア伯爵から直接我々に告発がありましたので……何でも“自分の傘下であるデムリ男爵が悪事に手を染めているようだ。身内の恥を晒すようで心苦しいが、是非とも調査兵団のお力を貸して頂きたい”と」

「…………は?」


 その瞬間、デムリ男爵の顔からすべての感情が抜け落ちた。

 自分の傘下にいる男爵の悪事を王国へ告発する……それは実質権力者から『お前はもう部下ではない』と切られたという事……。


「そ、そんな……そんなまさか!? は、はは、伯爵閣下がこの私を!?」

「自分が切られる側であるとは思わなかったようだな。所詮貴様も巨悪の気分次第で生殺与奪を決定づけられる傀儡に過ぎなかったという事なのだろう……連れていけ」

「「「は!!」」」


 部下たちがホロウの命令でデムリ男爵を連行する際には、最早彼に抵抗する気力は抜け落ちていて、力なく歩く姿は哀れにすら見えてしまう。

 そんなデムリ男爵の部屋に残された野盗の首を見つめ、ホロウは「ふん」と不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「貴様のような小物の首を落としたところで、本物の巨悪には刃どころか指先すら引っかからん……ままならんものだな」


 人身売買組織など王国に蔓延る闇の一端に過ぎない……それは長年調査兵団を務めて来たホロウにとって当たり前の事実ではあった。

 まるで予想もしなかった部下の悪事を王国へ報告し、自らの評価を下げる結果になっても正しい行いをしたように振舞う“その者すら”大本ではないのだから……。


 正しい行いをしたい……正義の為に働きたい……幼い日に思い描いたそんな青臭い思想とは縁遠い深すぎる王国の闇。

 彼は最近自分たち調査兵団すらも大本の闇に利用されているような気がして……若干やさぐれ気味だった。


 ただ……今回の事件で一つ、久しぶりに痛快に思えた事もあった。


「人身売買組織の壊滅の切っ掛けが……一人の少年の小さくも正しい行いとはな……」





 後の未来で“王国の正義”に絶望し、世界を滅ぼす存在の先兵と成り果て勇者と激戦を繰り広げる事に“なるはず”の男は……小さな小さな希望に少しだけほくそ笑んだ。

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