第一話 理不尽に対する理不尽な殺意
数か月前まで俺は普通に家族と暮らす農民だった。
生活は裕福ではないけど父も母も兄弟たちもいて、家族総出で働かないと生きていけないような農村で暮らしていたが、それが不満なのか幸福なのかを考える頭も無いようなガキでしかなかった。
しかし今なら理解できる。
そんな普通に家族がいた生活が……どれほど幸せな事だったのかを。
ある日俺たちの村は野盗共に襲撃された。
金もない俺たちの村をそんな奴らが狙う意味が分からなかったが、命乞いする村長にボスの男は笑いながら剣を振り下ろして言った。
「この村が俺たちの仕事の拠点に都合が良いからだよ。有効に使ってやるから心置きなく死んでくれや、俺たちの為によ~」と。
俺の村は、家族はそんな事の為に皆殺しにされた。
借金で首が回らないとか飢饉で食うものも無くやむなく……などという切羽詰まった理由でも無く、単純に連中にとって都合が良いからという理由で。
……俺が生き残ったのは本当にたまたまだ。
襲撃のあった日、たまたま村の近所で野草を見つけて取っていた事で帰宅が遅れたから連中に見つからずに済んだのだ。
が……生き残った事が幸運だったとは言えなかった。
当時の季節は冬に差し掛かっていて、既に冬ごもりの準備を終えた頃に村は襲撃されたのだ。
ガキ一人で食いつなげるほど冬の山は甘くは無い。
一日一夜毎に下がり続ける気温は明日の目覚めを保証してはくれず、既に実りの時期を過ぎた山中で食える物はほとんどない。
逆に食料の困った魔物たちが良い獲物を見つけたとばかりに襲い掛かってくる。
俺はただ生きる事だけに必死になっていた。
食えそうと思い口にした物に毒があり死ぬ思いをし、凍える寒さをしのごうにも暖を取る為の焚き木すら碌に見つからず……とうとう白いモノが天から降り始めるのを見て、俺は自分が冬を越す事は絶対に無いのだと自分の死を他人事のように自覚していた。
そんなある日の夕暮れだった……山の中を走る一つの馬車を見つけたのは。
多分商人か何かなのだろうけど、特に護衛もいない事からごく小規模な商いをする連中なのだろう事は予想できた。
だけど、俺にとって気になったのはそんな事では無かった。
「そろそろお前にも店に出て貰おうかな?」
「ほんと!? 父さんの手伝いをしても良いの?」
「お前もそろそろ商売の仕方を覚える必要があるからな」
「よ~し、俺頑張るよ!」
ガラガラと車輪を鳴らす馬車に混じって聞こえて来た何の変哲もない親子の会話……何でもない将来を語り合うだけの、そんな普通の会話。
それが俺にとっては心の底から憎たらしかった。
『なんで……何で俺は理不尽に奪われたのに、アイツらは奪われずに幸せそうにしているんだよ……』
俺の手には盗賊か冒険者の落とし物だろう山中で見つけたさび付いた鉈が握られていた。
切れ味などほとんどないそんなものだけど、それでも上手く使えば、不意を突けば人間の2人くらいはどうにでも出来そう……そんな考えが脳裏をよぎる。
そして、俺はこんな地獄に叩き落とした元凶の言葉を思い出していた。
『心置きなく死んでくれや、俺たちの為に』
その通りだ……自分が死なない為に、自分が生きる為に、その為ならば目の前の気分の悪い幸せそうな親子をどうしようと仕方が無い……連中からすべてを奪っても、腹いせに殺したとしても俺は悪くない。
憎しみしかない相手の言葉なのに、俺は同調して足音を殺し馬車へと近づいて行く。
そして最初に油断している親の方を始末するべく、俺は馬車の上から襲い掛かろうと…………した瞬間、自分の横に扉がある事に気が付いた。
それは簡素なドアノブだけの、室内用の扉にしか見えないのだけれど……奇妙な事にこんな山の中にあって、気に張り付いているワケでも無く“空間”にポツンと立っていた。
「……何? コレ??」
明らかに存在がおかしい扉……本来であれば俺は疑って掛からなくてはいけなかったはずだ。
だが、この時の俺は何故か導かれるようにその簡素な扉を開いて中へと入ってしまう。
これから犯罪を犯そうとしている興奮状態のせいなのか、それともただの自暴自棄だったのか分からないが……。
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