佐野さんの灸日

2月13日

金太郎飴の様な日々の生活である。


クリスマスだろうが、体育祭だろうが、疲労が蓄積しやすい木曜日だろうが

土曜だろうが、彼女にとっては何処吹く風だ。


愛銃のトカレフの手入れを除けば、やってる事は毎日クラスで見かけている

光景と寸分違わない。

付け加えると、エアガンである事は言うまでもない。

思えば先日、自分の背中にはこいつの銃口が押し付けられていたのかもしれない。なんて危険な人物なんだ、日頃から携帯してるのだろうか。


平日よりは少し遅い時間だが、幽体離脱の様に起床し、まずは顔を洗う。

その後、キッチンで食パンにマヨネーズを塗りたくり、口に詰める。


小さじ2杯分の砂糖を入れた、インスタントコーヒーで

それを流し込み朝食を済ませる。

そしてキッチンを出て、間髪入れずに歯を磨く。


急いでめかし込み友人とコスメを買いに都内へ、

ではなくひたすら読書と宿題に手をつける。


やがて13時を回れば、母親お手製の焼きそばをモッチャモチャ食べ、

麦茶を手に取って自分の部屋に戻る。


午後も特筆する様な出来事が起きる訳ではない。

また2時間ほど読書に耽り、ここでようやく薄ピンクのパジャマを脱ぎ捨てる。


ジャージやスウェットなど週によって違いはあるが、

動きやすい服装に着替えて屈伸を5回行い、外に出る。

運動不足は目に見えているから、小一時間ほどの散歩だろうと思う。

オフのレオン・モンタナを思わせるルーティンっぷりだ。


ここで自分はお昼休憩を挟む。

最寄りのコンビニで菓子パンを3つ、牛乳もしくはオレンジジュースを

購入して自室に戻る。

本日は牛乳をチョイスだ。

ゲーム実況をBGMに、週間漫画誌を読む。


「やべっ!宿題しなきゃ。」


ついつい忘れがちになる。

数学のプリントだ、英単語の問題集だなんだと、学生は意外と忙しい。


この毎日課されるミッションを、欠かさずこなしてくるか、または

そうでないか、翌朝友人の答えを急いで写す人間かで分別される。

うちのクラスに宿題はやってこないが、成績の良いやつらがいる。

決まって先生達を小馬鹿にしている節がある。

君たちの学校にもいるんじゃないかな、先生や親を呼び捨てにしてるやつら。

ダメだよね、そんなんじゃ三流だよ。

「テストで点取ってるから良いじゃん」って言って先生黙らせて、

そこそこの良い大学に進んで、割と大手の会社に入るとは思うけど。

周りの上司や先輩らと絶対に上手くやれない。

しまいには給料が安いだの、休みが無いなんて言って、3ヶ月持たずに辞める。

歯を食いしばれて、環境に適応できる者が最後は強いのさ。

どうせ都会からこの田舎に帰ってきて、適当に幼馴染と結婚するのが目に見えてる。うちの兄貴なんかがそうだから。

ここで社会に出た時の自分の未来が、明確になってくるのだろう。

これは勉強なんかでは無い、性格診断・人間判断なのだ。

佐野さんの様に真面目であれば、毎日やってくる。


イチゴジャムパンを半分かじり、机に置く。

言うまでもなく宿題は億劫だが、佐野さんが帰ってくる前に済ませておこうではないか。


人によっては、妙味に乏しい青春かもしれない。

眺めている光景も当り障りないのだから。


突然宝くじの一等が当たった訳でも、実は漫画家を目指してたりも、

その為のコマ割りやトーンの練習も無論、積んでいない。


終日凪いでいる。

佐野さんが湖ならば、美しい逆さ富士が見えるはずだ。


だが、これだけ同じ日常を見せられても、飽きていないのが事実だ。

日々の変化や、些細な違いを見つけるのが楽しみなのもある。


しかし結局のところ、佐野さんは画がもつのだ。

うん、それに尽きる。


スクエア型の眼鏡のせいなのか、他人に干渉しないからか、

どうしても魅力がクラスメートに伝わっていない。

別クラスの仲間に説いても、分かってくれないのが悲しい。

将来はモデルか、演技派女優として舞台で活躍できる。

数ヶ月も観ていている人間が言っているのだ、納得でき、るはず、だ...



「...ンガッ!」


居眠りをしてしまった。

手の甲に着地している涎をティッシュで拭き取り、画面に目を向ける。


危ない危ない、まだ散歩中の様だ。

さて、いい加減にこの課せられたタスクを、終わらせちまおう。


約20分ほど経過し、佐野さんの帰宅とほぼ同時に宿題を完了させた。

ナイスタイミングだ。


「ふぃーっ、と。」


ひと仕事終えた自分を労うとしよう。

イスから立ち上がり、腰に左手を当て、パックのままグビグビッと

喉に注入する。


「さてと......ん?」


佐野さんの本日は、軽い運動だけではないみたいだった。

どうやらスーパーかコンビニにでも行ってきたのだろう。

右手にビニール袋を下げていた。

ネギが刺さっていない事から、中身は自身のおやつと推測。


若干曇った眼鏡を外し、居間のコタツの上に置いた。

別のモニターに目を遣る。


6枚あるうちの一番左下のモニターは、主にキッチンを映している。

食器棚の一番上に設置している為、対角線上の流し台や冷蔵庫、

食卓をバッチリ把握できるのだ。


移動してきた佐野さんは、今日の獲物だぞとばかりに

棚に向かって右手を突き出す。


「ん?なんだろうか...」


モニター越しの彼女と目が合った。


いつも通りの無表情で、ガサゴソ何かを取り出している。

銃とかナイフとか物騒な物はやめてほしいが。



袋からは、板チョコがたっぷり出てきた。


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