ソース

三浦航

ソース

「甘いものがお好きなんですか?」

「わかりますか?」

彼の口元にソースがついている。ラズベリーだろう。

「口元に証拠が残ってますよ。」

あまり馬鹿にした言い方にするとクレームをつけられかねないので、ユーモアを交えた言い方にしてみた。

「あ、恥ずかしいな。ティッシュ貰えますか?」

 この人とは何回か会っている。毎回仕事上でだが。私が勤めている整形クリニックに最近通い始めた人だ。いつも鞄が中身で膨らんでいて目立つから覚えた。

 見た目20代半ば、見た目も性格もなんの変哲もない人だ。そういった人が整形することも少なくない。顔のパーツを特徴的に、美しくきれいにしたいなど。彼も例にもれず、鼻や目、口元など、間隔をあけて少しずつ整形しに来ている。

 世間話ぐらいできる仲になっていたが、この件でまた少し踏み込んだ仲になれた気がする。

「実は食べるのも好きですが、作る方もやってまして。」

男性でスイーツを作るのも珍しいと思った。お客さんのプライベートに踏み込むのはあまりよくないかと考えて、聞き役に徹した。

「汚れてもいい服でやっているんですが、たまに下の服にもついてて。でも口元についてたのはきっと初めてです。」

「それは作った時じゃなくて、食べた時についたからでしょ。」

いつもは多くを語らない、どちらかと言えば控えめな人だと感じていただけに、こうして自分から話をしてくれるのは嬉しかった。


「ありがとうございました。ソースのこと、言いふらさないでくださいね。」

彼は照れた顔で言った。

「言いませんよ。次は鏡でチェックしてくださいね。」

そんなやりとりをして、彼は店をあとにした。


 数日後、彼がまたやってきた。

「今日も何か作ってたんですか?」

世間話感覚で話しかける。

「ええ、今日もやってきました。もしかしたらまたどこかについているかも。」

「ちゃんと鏡見てこなきゃ。」

和やかな会話だった。どれどれ、なんて言いながら彼の後ろに回った時、首に赤いソースが見えた。

「ちょっと、今度は首についてますよ、ソース。ラズベリーお好きなんですね。」

「あれ、さっきデパートの全身鏡で見てきたのに。首までは見てなかったなぁ。」

「わざわざデパートまで行ったんですか?」

「全身鏡が家にないので。」

念の入れようがすごいと思ったが、それでもソースがついていたというドジがかわいらしく思えた。

「ラズベリーが好きなのでよくやらせてもらってます。」

スイーツを作っていると言うために、そんな敬意を払った言い方をしなくてもいいと思ったが、いざこざになりそうなことは言わない。


 世間話をしながら部屋に案内する。パンパンの鞄を預かると少し開いたところから中身がちらっと見えた。赤い服、光に当たって反射する金属。

 疑問を感じながら彼を椅子に座らせる。

 後ろから顔を近づけた時、少し鉄の匂いがした。

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ソース 三浦航 @loy267

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