17:噂話

 山間の村で起きたその事件は、しばらくの間、麓の街を賑わせることになったが、月日が経てばすぐに別の話題へと移り変わって行った。

 旅の商人が無残な死体で発見されたことで、直後は元々少なかった往来がぱったりと途絶えもしたが、それだって時間が経つごとに、元通りになっていく。

 人間は、良くも悪くも、過去を忘れることのできる生き物なのだ。


 数年が経った。

 山麓にある街を出て、街道を荷馬車が進んで行く。屋根も幌も付いていないような簡素な荷台の上には、交易品が山積みだ。数名の商人たちが費用を出し合った、小規模なキャラバンである。


「……あの道、封鎖されてんのか?」


 荷台に腰掛けた、若い黒髪の商人が、通り過ぎる道の端を見ながら口にする。

 馬の手綱を引きながら、横目でチラリと寂れた横道と、そこに打ち立てられた看板を見やってから、年配の商人は「ああ」と短く頷いた。


「何年か前までは、小さな村に続いていたんだが……まあ、色々とあってな。廃村になった」


 彼の返事を皮切りに、暇そうな顔で荷車に乗っている他の商人たちも、口々に噂話を披露し始めた。


「あー、オレも宿で聞いたな。気の触れた猟師が、教会で暮らしていた聖職者と孤児を殺す事件があったって。

 なんでも、魔族と取引までしてて、現場を見た旅人も口封じに殺すような、とんでもない極悪人だったらしいぜ。名前は……なんて言ったっけか」

「ブラッドじゃなかったか? 酒場で聞いたことあるんだが、そいつ、馬車の事故で妻と幼い娘を亡くしてるんだと。失った家族に再会するために魔族と取引したんじゃないかって言われてたが……その、死んだ娘と同じくらいの歳の子供まで殺したんだろ。同情なんかできねぇよ」

「教会の聖職者ってのが、これまた大層慕われる男だったらしくてな……辛い思い出の場所に居られなくて、村人たちもどんどん他所に移って行ったらしい。仮にも生まれ故郷を捨てるなんて、よっぽど酷い事件だったんだろうな……」


 彼らの話を聞いて、黒髪の商人は「そんなことになってたのか」と初めて聞いたような感想を口にする。

 その様子に、周りの商人たちはやれやれと肩をすくめたり、首を振ったり、それぞれの身振りで呆れを表した。


「お前なあ! 商人として今後もやっていく気なら、情報収集は疎かにするなよ」

「ま、そう言う事件があったんだよ。言ったろ、一人で旅をするのは危険だって」


 賑やかな会話につられるように、年配の商人も小さく笑う。


「ただ、君の体力には驚かされるばかりだから、余計な心配だったかもしれないが……布を積んだこの馬車の方が、家族への土産物が壊れる心配をしなくていいし、馬車代も安く済むし、お互いに良い巡り合わせだったと思って欲しい。

 今回の旅では、ウチのキャラバンの一員として、期待しているよ」

「家族っつーか、飼い……いや、雇い主みたいなもんだって言ってるだろ。いい加減覚えてくれよオッサン」

「君こそ、キャラバンのリーダーの名前くらい覚えてくれても……」


 賑やかな会話を載せて、荷馬車は次の街へと進んで行く。

 彼らが通り過ぎ、沈黙が戻ってきた街道には、古びた看板だけが残っていた。


 ──立ち入り禁止の文字と、それから、もう誰も気に留めなくなった、魔物に注意の文字が、すっかり色褪せて消えかかっていた。

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黒犬の話。 朧童子 @misty_child

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