仕事をしたい女と仕事をしたくない男の話
雀羅 凛(じゃくら りん)
第1話 別れ
彼女の綺麗なセミロングの髪が靡いた。空調がよく効いている。目の前にはデセールの巨峰のソルベ。フレンチのコース料理も終盤を迎えてきた。半年前から予約していた有名フレンチ店、レミニセンス。クチコミの評価も高かったここは、ちょっと洒落た服を着た女性や、紳士的なスーツで決めている男性が殆どだ。皆愉しそうに談笑し、時々上品な笑い声が聞こえてくる。そんな周りとは相反して、こちらの空気はとても重苦しかった。
付き合って3年。目の前で俯いてる彼女の香織とは大学で出会った。大人しそうな外見だったが、話してみるとよく笑って感情が豊かで、彼女の見せる表情に段々と惹かれていった。そんな彼女が、今日は浮かない顔をしている。記念日のディナー。特別な日。具合が悪い訳でもない。彼女の暗い顔に自分もつられて笑顔も出なくなっていた。いや、ここに来るまでは普通だった。「コース料理なんて普段食べないから緊張する。」とか言って2人で笑っていた。なのに、料理が次々と運ばれてくるにつれて互いの表情が暗くなっていった。シェフが料理の説明をしてくれるが、こんな気持ちで聞くのも申し訳ないと思ったくらいだった。もちろん料理が不味い訳でもない。それどころか期待以上のおもてなしと味に驚いている。きっかけは彼女の「同棲をなしにして欲しい。」の一言だった。お互い大学を卒業し、社会人一年目に入っていた。ある程度お金が貯まったら同棲しようと約束し、2人で同棲貯金をしていた。その時は彼女も乗り気で、「早く一緒に住みたいね。」とか言っていた。そのおかげで自分も仕事を頑張れたし、着実に溜まっていくお金を見て、将来のことを考えたりしていた。それを急になしにして欲しいなんて、こっちからすれば婚約破棄のようなもので、もはや振られたも同然の気持ちだった。ひと皿ひと皿料理を食べ終わる事に彼女の口から出てくる不満の数々。こんな気持ちで料理を食べるのが、作ってくれたシェフに申し訳ない。タイミングを考えろよ。いや、今日だから言ったのか。
巨峰のソルベを無言で口に運んだ後、俺は一言、「じゃあ別れたらいいじゃないか」と他人事のように言い放った。
仕事をしたい女と仕事をしたくない男の話 雀羅 凛(じゃくら りん) @piaythepiano
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