第43話 王太子の案内
「ビューロウ伯爵令嬢」
訓練場に向かうと声をかけてきたのはクリストフ殿下だった。にこりと笑う姿はどこか胡散臭さを感じられる。彼は基本的にエミーリア以外の前だと作り笑いなので仕方ないと思う。
スカートを軽く摘み上げて礼をする。顔を上げると手を差し出された。
一体何の真似だろうかと首を傾げる。
「観覧席まで案内するよ」
「クリストフ殿下が?」
わざわざ一国の王子が、それも婚約者の親友相手にエスコートとは。何か裏があるはずだと勘繰ってしまう。露骨に嫌そうな顔をしているとクリストフ殿下は「少し話をするだけだ」と言ってくる。
「分かりました。ですがエスコートは結構です」
「エスコートが出来ない男だと思われたくない」
「婚約者以外をエスコートしたくないと言っておけば良いと思いますよ」
「相変わらず僕が嫌い?」
クリストフ殿下とは一応幼馴染だ。といっても二人きりで話す機会はあまりなかった。大抵はエミーリアもしくは兄が一緒に居る時しか話さなかったし、仮に二人きりだったとしても共通の話題もその二人で。幼い頃は二人を奪う悪人だと思っていた時期もあって当たり散らした事もある。それ故に嫌いか聞いてきたのだろう。
別に一度も嫌った事はないのだけど……。
「まさか」
「それなら良いけど」
大袈裟に首を横に振ると溜め息を吐いて怪訝な表情を返されてしまう。信じていないのが丸分かりだ。
「リアの、親友の婚約者様にエスコートをされたくないのです」
「それなら仕方ないね。じゃあ、案内するからついて来て」
実際にエミーリア以外の女性をエスコートしたくないと思っているのだろう。あっさりと折れてくれたクリストフ殿下は一歩前を歩き出す。彼の後ろを付き添いで来ているヨハナと一緒に続く。
「ねぇ、ビューロウ伯爵令嬢」
「はい?」
「エトの事をどう思っているの?」
直球な質問に歩みを止め目を瞬かせる。
こちらに振り向いたクリストフ殿下は「やっぱり嫌っているわけじゃなさそうだね」と晴れやかな笑顔を見せた。てっきりエミーリアから色々と聞いていると思っていたのに違ったみたいだ。
「別に嫌っていません」
「そうだね。本当に嫌っていたら剣術の指南を請け負うはずがないね」
揶揄うように言われる。
エミーリアが馬鹿な元婚約者に暴力を振われそうになった事を教えてあげた恩を忘れたのか。面白がる我が国の王太子様には呆れる。
全てを見透かしていそうな瞳に居心地の悪さを感じた。
「元々は私がエトムント殿下を焚き付けてしまったのが原因です」
「責任があるから指南をしたの?」
初めはそのつもりだった。ただ途中からは好きな人に勝って欲しくて任せてもらったのだ。
私に出来た事は少ないけどそれでも少しは役に立てたと思う。
くすりと笑って「へぇ……」と目を細める。
「君がエトの婚約者の座を望むなら協力するよ」
「結構です」
「どうして?」
「私は王族の婚約者になれるような人間じゃないからです」
即答すると呆れたような表情を向けられた。
「……お前は相変わらず自分を過小評価するな」
物腰柔らかな王子様はどこに行ったのかクリストフ殿下は昔のような口調に戻す。溜め息を吐いて「事実よ」と返すと怪訝な表情に変わる。
「いちいち自分を下げるな。その態度はリアやルドヴィッグを傷付けるだけだ」
鬱陶しそうに言われて眉を顰める。
二人を傷付けていると分かっているけど幼い頃からの癖のようなものだ。簡単に直せない。
言い返す事が出来ずにいるとクリストフ殿下は観覧席に続く扉を開いて「こっちだ」と声をかけてくる。
「一応言っておく。エトはさっきまでお前が来るのを待っていたぞ」
「……そう」
私を待っていたってどうして?
試合が終わったら話を聞けるのだろうかとぼんやり授業が始まるのを待った。
侯爵令嬢は婚約破棄される前に婚約破棄する 高萩 @Takahagi_076
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