33 後始末 ②



 婚約についてという、父の言葉にはっとする。

 ロイアルドの妃になるとは決めたが、具体的に手続きなどは何もしていなかったことに気付いた。


 父が二枚の紙を取り出し、スーリアの前に置く。

 二枚とも内容は同じで、婚約に関する誓約書のようだった。


「内容を確認して、問題がなければサインする。それで婚約は完了だ。質問があれば今のうちにするといい」


 父に促され、誓約書に目を通す。

 最初に目についたのは、王家の秘密について絶対に口外しないこと、という項目だった。

 これは恐らく、呪いについてのことだろう。もとより誰にも話す気はなかったので、気にせず読み進める。


「婚約期間のところが空白になっているけれど、どうしてかしら?」

「それはおまえに確認してから決める予定でいたんだ。殿下は秋にでも式を挙げたいなんて言っていたけど、二人はまだ出会って四カ月程度だろう? お父さんは早くても春以降がいいと思うんだが」


 横目でロイアルドを見ると、またしても気まずそうに視線を逸らす。

 今が初夏なので、確かに秋は早すぎる気がする。かと言って冬に式を挙げるのは何かと大変だし、父の言う通り春以降がいいのでないかと思った。


「春でいいわ」


 彼の了承を取らずに言うと、向かいの席から大きな溜め息が聞こえた。

 視線をやると、落胆した表情で肩を落とし、椅子に沈み込むロイアルドがいた。


「文句あるかしら?」

「いや………………ない」


 あきらかに何か言いたそうな顔をしていたが、父の手まえ言葉をのみ込んだのだろう。

 立場的には彼の方が上のはずなのに、父には頭が上がらないようだ。


 父が空欄に書き込んでいる間に、もうひとつ気になっていたことを質問する。


「ロイは仕事を続けてもいいって言っていたのだけど、それはどうなってるの?」

「仕事については、とりあえず一週間は休みなさい。その間に態勢を整えるから」


 さすがにもう、第二王子の婚約者であるという事実を隠すことは難しいだろう。今まで通りとはいかないが、それでも、なんとかスーリアが庭園に出られるように図らってくれるようだ。


「両親にも、仕事を続ける方向で了承をもらっているから安心していい。仕事というよりは、趣味の範囲になるだろうが……」


 申し訳なさそうにロイアルドが言う。

 両親の許可をもらったということは、国王陛下と王妃殿下にすでに話が通っているのか。こんな我がままを言ってしまってよかったのかと、違う意味で心配になった。


「本当に、よかったの……?」

「ああ、俺が言ったことだしな。君専用の庭も用意させる」


 彼はどこまでもスーリアの良いように図らってくれるようだ。

 婚約期間についてもスーリアの希望を通してしまったし、逆に申しわけない気持ちになってくる。


「とてもありがたいけれど、私の希望ばかりでなんだか悪いわ」

「俺は……君と一緒になるためならなんだってする。だから、気にせずにしたい事を言ってくれ」


 微笑を浮かべて言ったロイアルドに続いて、父が口を開く。


「スーリア。殿下はすでに、おまえを無理やり婚約者に仕立て上げたんだ。希望があるなら、遠慮なく叶えてもらいなさい」


 その言葉に、ロイアルドの笑みが引きつったものに変わった。


「フロッド……俺に対して、あたりがきつくないか?」

「娘を取られるのですから、当然でしょう」


 平然と言い切る父に、彼はまた深く溜め息を吐く。

 そんな様子のロイアルドを無視して、他に気になることがないならサインを、と父が促してきた。


 二枚の誓約書に同じようにサインをして、一枚をロイアルドに手渡す。

 彼は感慨深げに誓約書を見つめていた。


「さて殿下、忙しいんですから、そろそろ王城に戻りますよ!」

「は? 忙しいのは君だけだろ? 俺は別に――」


 否定しようとしたロイアルドの腕を無理やりひっぱり、父は扉の外へと連れ出そうとする。


「今のあなたは娘に何をするか分かりませんから、一緒に戻っていただかないと困ります。私は暇ではないので!」

「何もしない! 何もしないから、もう少し彼女と二人で話をっ――」

「信用できません!」


 言い合いながら、二人は扉の外へと消えていった。

 その様子をぽかんと口を開けたまま、見守ることしかできなかった。



 二人が去って少しすると、サロンへとやってきた使用人に、一通の手紙を手渡される。

 差出人を確認すると、シェリルと名前が書かれていた。


 彼女から手紙をもらうなんて初めてだ。

 目を通してみると、初めはヒューゴを奪ったことに関しての、スーリアへの謝罪が綴られていた。



 シェリルには歳の離れた弟と妹がいる。

 彼女の家は経済状況が悪く、弟妹の学費を稼ぐために、シェリルは侯爵家に嫁ぐことを考えついたそうだ。


 結局、当てにしていたリンドル侯爵家にも援助をできるような余裕はなく、それどころか誘拐され身を売られる始末。

 もともとヒューゴのことは好きでもなんでもなかったようで、今回のことで安易な自分の行動を深く反省したらしい。


 シェリルの実家の状況はスーリアも知っていた。

 彼女の両親は働きに出ており、幼いシェリルを家に一人残すのは心配だと言うことで、バース家でめんどうを見ていたのだ。

 また、シェリルは学院に通うお金もなかったので、スーリアが家庭教師の代わりをしたこともある。


 そんな彼女だからこそ、何か理由があるのだろうと考えていた。

 安易に人の婚約者を奪うのはどうかと思うが、結果的にシェリルのおかげで自由にはなれた。

 ――まあ、すぐに別の人物に捕まってしまったのだが。



 手紙の最後には、こう書かれていた。


『今度はちゃんとお金持ちで、好きになれる人を探します。スーちゃんは、黒い隊服を着た金髪の騎士さまのことは知っていますか? 誘拐されたとき、黒ヒョウくんが連れて行ってくれた先にその人がいました。すごくかっこよくて気になっているので、第二王子様の知り合いだったら紹介してください』


 何というか、ちゃっかりしている。

 本当に反省しているのか疑問だが、彼女なりに必死なのだろう。

 気は進まないが、ロイアルドに話くらいはしてみるかと、溜め息とともに苦笑をもらした。


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