32 後始末 ①



 スーリアを自宅に送り届け、ロイアルドはそのまま馬車に引き返した。

 屋敷の周囲では騎士団から派遣された騎士たちが、念のためにと警備を担当してくれていた。


 出迎えてくれたのは母と使用人のみで、父はどこかに出かけたまま帰ってきていないらしい。

 もうすぐ日付が変わる時刻なこともあり、疲労の溜まっていたスーリアは、軽食をとってすぐに就寝した。


 翌日の昼過ぎころ、仕事を休んだスーリアのもとに二人の訪問者が現れた。

 彼らは王宮騎士団の者で、誘拐された当時の状況を聞き取りに来たらしい。


 路地裏で薬品を嗅がされてから、ロイアルドが来るまでの状況を話した。

 彼のことはどこまで口にしていいのか分からず、不審に思われない程度に言葉を濁したのだが、事前にロイアルドからある程度聞いていたのか、深く追求されることはなかった。


 その日も父は帰宅しなかったが、母が手紙を預かっており、そこにはこう書かれていた。


『明日、ロイアルド殿下と一緒に帰宅するから、出迎えの準備をしておきなさい。それから、仕事はしばらく休むように』


 準備と言ってもスーリアがすることは特にないのだが、仕事に関しては納得がいかなかった。

 特に身体の不調もないし、明日からは出勤する予定でいたのだ。出鼻を挫かれ、父に抗議をしたかったが、本人がいないので胸の内に押し込んだ。


 一夜明け、その日の午前中に父は帰宅した。手紙の内容の通り、彼を連れて。



 屋敷のサロンに三人が集まる。

 スーリアの隣に父が座り、向かい側にロイアルドが腰かけた。


「おまえに会いたいというから連れてきたが、今の殿下と二人きりにするのは心配だから、お父さんが同席するよ」


 父の言葉に、ロイアルドは気まずそうに視線を逸らした。


「それじゃあまずは誘拐の件に関してだが、直接指示を出した犯人が分かったよ」

 

 スーリアに視線を向けながら父が言う。

 ろくに寝ていないのか目の下にはクマができ、疲れ果てた表情をしていた。


「おまえとシェリルの誘拐を企んだのはヒューゴだった。金の工面に苦心して、犯行に及んだらしい。彼はいま、騎士団で拘置されている」


 父の言葉を聞いても、スーリアに驚きはなかった。シェリルが言っていたことを考えると、もしかしたらと頭の隅で思っていたのだ。

 だが、ヒューゴが金に困っていたというのは初耳だ。


「犯罪に手を出すほど、リンドル侯爵家は財政難に陥っていたの?」

「おまえは知らなかっただろうが、あの家には元々かなりの額の借金があったんだ。先々代が事業に失敗してな、ヒューゴの父……先代の侯爵はなんとか返済を続けていたんだが、無理がたたって結局身体を壊して亡くなった」


 そのような事情全く知らなかった。誰も教えてはくれなかったし、ヒューゴも何も言っていなかった。まさか、彼も知らなかったのではないだろうか。

 スーリアが疑問を口にする前に、父が続ける。


「ヒューゴは借金があること自体は知っていたようだが、それがどれくらいの額にのぼるかまでは把握していなかった。先代の侯爵は、生きている間に息子に説明していなかったらしい。爵位を継いだヒューゴは欲望のままに金を使い、さらに借金が増え、気づいた時にはどうにもならなかったと言っていた」


 息子に詳細を話していなかった先代の侯爵にも非はあるが、自分の家の財政状況すら把握せず、侯爵を名乗っていたヒューゴにもあきれる。

 誰か彼に教えてやる人はいなかったのだろうか。


「あれの母親はとっくに離婚して家を出ているし、使用人も詳しいことは知らなかったのだろう。あそこの領地はここ数年で税収も悪化している。返す当ても見つからなかったようだ」


 聞けば聞くほど最悪な状況に思えるが、父は何故そんなに家に娘を嫁がせようと思ったのだろうか。

 スーリアの胸中を察したのか、眉根を寄せて父が言った。


「実はな……スーリアを嫁がせるのではなく、ヒューゴを婿としてもらう予定だったんだ。本人に言わなかったのは、絶対に納得しないと分かっていたから。ギリギリまで隠しておくように、先代の侯爵と取り決めていたんだ」


 さすがのスーリアも今度は驚いた。ぽかんと口を開けたまま、父の顔を見つめ返す。

 向かいに座るロイアルドが、小さく息を吐いた音が聞こえた。


「返済の目途は立っていたから、将来的にはあの土地はうちで管理する予定だったんだ。まあ息子が全て棒に振ったがな。爵位については返還する予定でいたが、今回ロイアルド殿下の婚約者であるおまえに手をかけたことから、国家反逆罪という扱いになり、取り潰しが決まったよ」


 国家反逆罪と言えば、最も重い罪のひとつだ。下手をすれば死罪になる可能性もある。

 想像したヒューゴの行く末に、ひゅっと息をのんだ。

 それを見たのか、父が安心させるように言う。


「ヒューゴを誑かした者がいるようだから、恐らく死罪にはならないだろう。正式に婚約を交わしていたわけではないしな。ただ世間一般では、おまえの立場はもう第二王子の婚約者という事になっているから、減刑はできても罪状は変えられない」


 ヒューゴは最低なやつだとは思うが、ある意味幼馴染みとも言える存在だ。

 悲観はしないが、同情はしてしまう。

 視線を伏せて俯いたスーリアに、ロイアルドが声をかけた。


「俺があの夜会で宣言していなかったら、反逆罪にはならなかったかもしれない。あの男を重罪に追いやったのは俺だ。だが、後悔はしていない」


 顔を上げると、まっすぐにスーリアを見ていたロイアルドと目が合った。


「夜会でのことがなくても、俺はどんな手段を使ってでも君を手に入れようとしただろう。遅かれ早かれ、こうなることは決まっていたんだ。君があの男を悲しく思うのなら――」

「違うの。ヒューゴのことは、なんとも思ってないわ」


 同情はするが、それだけだ。

 散々スーリアを罵った挙げ句、あっさり捨てたやつなど、もうどうなろうと知ったことではない。

 正直清々しているが、そう思った自分が少しだけ怖かった。

 だから、本心を隠すために無意識に俯いたのだ。


「ロイが気にすることじゃないわ。私はもう、あなたの婚約者なんだから」


 彼が驚いたように瞬きをする。

 それから、眉尻を下げて優しく微笑んだ。


「その呼び方、戻してくれたのは嬉しい」

「あ!」


 思わず両手で口元を覆う。

 そう言えば、誘拐されてからいろいろあったせいか、呼び名だけではなく口調も元に戻っていた。指摘されるまで気づかなかったことが恥ずかしい。

 もう今さら敬語を使うのもおかしいし、婚約することを決めたのだから、思い切って開き直るしかない。


「めっ命令だから、元に戻してあげるわ」

「そうだな、命令だもんな」


 楽しそうに、ロイアルドがくつくつと笑う。

 最初に交わした命令という名の約束を、彼も覚えていたようだ。

 なんだか嬉しくなって、つられてスーリアも笑った。


 完全に二人の世界に入ってしまった場の空気に、咳払いが割って入る。


「仲が良さそうでお父さんは嬉しいが、ここからが本題だよ。二人の婚約についての話だ」


 あきれたような声音を滲ませながら、父が切り出した。


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