31 ずっと、ずっと



 建物から出て少し歩いたところに、大きな馬車が止まっていた。

 王家の紋章が描かれた、王族専用の馬車だ。

 入口の前でロイアルドが立ち止まる。


「スーリア、降ろしても平気か?」


 彼の言葉に、ゆるゆると首を横に振る。

 今降ろされたら、泣いていることがばれてしまう。

 抱き上げられたままというのも恥ずかしさはあるが、泣き顔を見られるよりはましだと思った。


「スーリア?」


 ロイアルドが顔を覗き込んでくる。

 ぎゅっと隊服を掴み、顔を胸に押し当てると、彼ははっとしたように肩を跳ねさせ、後ろに控えていたクアイズに声をかける。


「――このまま彼女を自宅に送っていくから、あとで合流すると伝えてくれ」

「はい」


 クアイズが離れてくのと同時に、ロイアルドはスーリアを抱えたまま馬車に乗り込んだ。そのまま座席に座り、横抱きの状態で彼の膝の上に落ち着く。

 顔を上げられないでいると、頭上から申し訳なさそうな色を含んだ声が聞こえた。


「すまない……あれはやりすぎた。泣くほど嫌だったとは思わず――」

「ち、違うの! 安心したら止まらなくなって……さっきのは……い、嫌じゃなかったから!」


 涙を拭いながら慌てて言う。

 少し驚いた顔をしながらも、そうか、と微笑んで、彼は優しく頭を撫でてくれた。

 スーリアを落ち着かせるように、ゆっくりと手を動かす。その心地よさに、彼にしな垂れながらほっと息をついた。


 少しして、彼は御者に指示を出し馬車を出発させる。

 カタコトとゆられていると、一番気になっていた疑問が頭に浮かんだ。


「ロイ……どうして、黒ヒョウに?」


 スーリアの中でひとつの答えが導き出されていた。

 父が言っていた、ロイアルドが抱えている特別な事情、それが黒ヒョウに変わることと関係しているのではと。


 涙のあとの残る瞳で見上げると、彼は眉尻を下げて困った顔をしながらも、全てを話してくれた。


 いわく、アレストリア王家には秘密がある。

 男系の王族がある一定の条件に触れると、その身体が獣の姿へと変化してしまうという。

 それは『呪い』と言われ、王族とそれに連なる近しい者たちしか知らない事実なのだと。


 普通ではありえないような現実を聞かされながらも、スーリアはどこか納得していた。

 二十歳を超えてもなお、三人の王子たちが独身であった理由もこれなら説明できる。獣に変わる人間など、受け入れるのはなかなか難しいだろう。


「君を妻にと望んでいながらも、大事なことを秘密にしていてすまない」


 心底申し訳なさそうに謝ってくる。

 確かに秘密にされていたことに多少腹は立つが、彼の立場であれば仕方のないことだろう。

 王家の秘密を、一介の令嬢に教えるわけにはいかない。父が知っていたのも、きっと近衛騎士としての立場があったからだろう。


「どうして、教えてくれたの?」

「それは……怒らないで、聞いてくれるか?」

「内容によるわ」


 彼は頭を掻きながらも、覚悟を決めたように話し出す。


「黒ヒョウになると、とても耳がよくなる」

「耳が?」

「ああ、かなり遠くの音や、話し声も聞こえる」


 そう、と頷くと、彼はさらに言いにくそうに口を開いた。


「その…………君たち二人の会話が聞こえていた」


 会話と言うと、シェリルと話していたことだろうか。

 どんな会話をしていたか、記憶を辿る。


 思い出した答えに、ぼんっと音がしそうなくらい顔が真っ赤に染まった。


「あっあれはっ……その、えっと……そ、そういうことだから!」


 知られてしまったのであれば仕方がない。どうせあとで伝えることだ、直接言う手間が省けたと思えばいいだろう。

 そう良い方向に考えたのに、彼は見逃してくれなかった。


「君から、直接聞きたい。俺の秘密を知っても、君の気持ちが変わらないのであればだが……」


 そんなふうに言われたら、余計に断れないではないか。

 ロイアルドは黒ヒョウになってまで、助けに来てくれた。

 彼が呪いを受けていようとも、スーリアの気持ちが揺らぐことなんてありえない。


「っ……あなたが私を欲しいっていうから、妃になってあげるわ」

「いいのか?」

「いいわ。だってあなたのこと……ずっと好きだったから」

「ずっと?」

「ええ、たぶん温室に一緒に行ったときから、惹かれていたんだわ……」


 思い返せばロイアルドと初めて会ったあの日から、すでに彼のことが気になっていたのだ。

 太陽のような笑顔が、頭から離れなかった。

 きっと、ずっと惹かれていたのだ。


「そうか……俺も、君が好きだったよ」


 嬉しそうに笑って、彼が顔を寄せる。

 目を閉じると、そっと唇が触れ合った。


 触れるだけの優しいキスをする。

 そのままスーリアの目元や額にも、唇を落とした。


「だめだな……どんどん欲が出る」


 なんだか苦しそうな表情を浮かべながら、彼は顔を離す。

 大きく息を吐きながら、両腕でスーリアを抱き込むように、その広い胸に閉じ込めた。


「……俺の、スーリア」

「あ、あなたのじゃないわ」

「君は、俺だけのものだ。もう、絶対に見失わない――」


 ――俺の、太陽


 そう、掠れた声で呟く。


 目的地に到着するまで、二人寄り添いながら馬車に揺られ続けた。


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