24 おつかい



「これと、それと……あとこれも」


 棚に並ぶ花の種を、端からバスケットに入れていく。

 今日は月に一度の買い出しの日だ。

 王城から少し離れた市場まで、必要なものを買い足しに来ている。


 普段は親方とジャックの二人で行うのだが、親方が腰を痛めてしまい、代わりにスーリアが同行している。


 一通り必要なものを詰め込んだところで、棚の端の方にあるひとつの種が目に入った。


「ひまわり……」


 種が詰め込まれた袋を手に取る。

 親方が渡してきたリストには書かれていなかったが、欲しいものがあったら購入してもいいと言われていたので、少し迷ってからこれもバスケットに詰め込んだ。


「ジャック、こっちは終わったわよ」


 別の棚を見ていた同僚に声をかける。

 彼は重たそうな籠を両手に抱えながら、こちらに歩いてきた。


「おう。会計はこっちでしとくから、先に向こうの荷物を運んどいてくれ。重たいものは俺がやるから、無理するんじゃないぞ」

「わかったわ、ありがとう」


 気遣いに感謝を述べて、指定された荷物を取りに行く。


 今日のスーリアはいつもの作業着ではなく、私服のワンピースを着ていた。

 さすがに女性が作業着で街を歩くと目立ってしまう。いつもは王城で着替えているのだが、今日は自宅から着てきた服でそのまま買い出しに出向いている。


 スカートでの荷運びは想像以上にめんどうだったので、ジャックの気遣いがありがたかった。



 一通り購入したものを荷馬車に積み、二人で御者台に乗り込む。

 ジャックが手綱を操ると、馬が歩き出した。

 しばらく馬車に揺られていると、ジャックが唐突に口を開く。


「……そういやおまえ、第二王子が好きなのか?」

「ふぇ!?」


 予期せぬ質問に変な声が飛び出る。

 恥ずかしさに、思わず口元を手で押さえた。


「ど、どうして」

「この前第二王子と話してただろ? 噂になってるぞ」

「うわさ……?」

「おまえが実は貴族の娘で、第二王子の恋人だって」

「恋人!?」


 先日、庭園でロイアルドと話していたことが原因だろう。

 それもそうだ。いくら人払いしたと言っても、その中にスーリアがいなかったのであれば逆に怪しい。


 間違いではないが、恋人というのは否定したい。

 仮初の婚約者ではあるが、恋人と呼べるほど深い関係ではないと思っている。


 あの雨の日からもう一週間近く経つが、ロイアルドとは会っていない。彼は宣言通り、一度もスーリアのもとに訪れなかった。

 会えない寂しさはあったが、待ってほしいと言ったのは自分なので、そこは仕方がない。


 噂のような関係ではないと言いたいところだが、世間の見方は違った。

 

 今まで浮いた話など一切なかった冷酷な第二王子に婚約者がいた、その事実は相当な衝撃だったようで、貴族であれば知らない者はいないほどになっている。

 王城で働く者たちにも知れ渡っているようで、その相手がスーリアだと判明するのも時間の問題だと思われていた。


 そんな中、先日の庭園での出来事だ。

 庭師たちの間で、スーリアが第二王子の恋人なのではないかと噂されてもおかしくはない。


「そ、そういうのじゃないわ」

「ふうん。第二王子って言ったら冷酷な性格で有名だもんな。やめとけよ、そういう奴は」

「待って! ロイっ……アルド殿下はそんな人じゃないわ!」

「……そう断言できるほど、深い仲なんだな」

「あっ――!」


 またしても口元を手で押さえた。

 うまい具合に誘導された気がする。自分の単純さに頭が痛くなった。


「まだ……他の人には言わないで」

「分かってるよ。事情があるんだろ?」


 口元に手を当てたまま、こくりと頷く。

 ジャックがどこか寂しそうな笑みでスーリアを見た。こんな表情の彼は初めて見た気がする。


 それから何事もなかったかのように、ジャックは前方に視線を戻した。


 しばらく無言で馬車を走らせ、市場の裏手側にある路地で止まる。


「頼んでた什器を引き取りに行ってくるから、荷物を見ていてくれ」

「わかったわ、いってらっしゃい」


 大きめの什器を仕入れるため、店の裏口からでないと搬出できない物があると事前に聞いていた。

 ジャックはそれを取りに行ったのだろう。

 持ち運びには時間がかかりそうなので、しばらくは一人で留守番だ。


 ふと上を見上げると、建物の間から見える青い空が目に入った。

 もうすぐお昼時だろうか。

 思ったより時間がかかってしまったので、今から王城に戻って昼食にすると、だいぶ遅い時間になってしまいそうだ。


 空を見ていると、荷台の方で何か物音が聞こえた気がした。

 不審に思い振り返るが、特に変わりはない。

 前方に視線を戻すと、またコツンと荷台に小石が当たるような音が聞こえた。


「何かしら……?」


 確認のために御者台から降り、荷馬車の後ろへと回り込む。

 荷物を確認しようと、荷台を覗き込んだ。


 その瞬間、後ろから伸びてきた複数の腕に、口元と両手を拘束される。


「――っ!?」


 何が起きたのか理解する間もなく、ツンとした薬品のような臭いが鼻を刺激した。

 途端に目の前が暗くなる。


 そのまま声を上げることもなく、スーリアの意識は途切れた。


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