03:身体が変わってしまったからだ。byテンジ

 2025年4月5日。

 あのね、いきなり地球がもうひとつ増えたんだ。

 月を挟んで反対側に、いきなり地球がもう増えちゃったんだ。


 でも、まあ、それどころじゃない。

 個人的には、それどころじゃない。

 ワタシの身体に起こったことに比べれば、それどころじゃない。

 ワタシの身体に起こったことに比べれば、地球のことなんて気にしてらんない。


 なぜなら。


 身体が変わってしまったからだ。なら、ちょっとありえない事だったからだ。


 ワタシは、男になってしまったからだ。

 アホみたいに背の高い男になってしまったからだ。

 アホみたいに背が高い男だけれど、今年から高校生になる男になってしまったからだ。

 ワタシの理想に、もう限りなく近い、アホみたいに背が高くて、ベラボーなイケメンになってしまったからだ。

 痩せてて、足が長くて、素っ気ないまゆで、塩顔の象徴たるキリッとした一重ひとえで、ちょっと細面ほそおもてな、あまり主張をしない鼻とくちびるの、私の理想の、理想の、理想の、理想の、理想の、理想の、イケメンになってしまったからだ。

 

 唯一、理想と違っていたのは、絶望的に、もう絶望的に見た目がダサかったことっだった。ならちょっと考えられないくらい、絶望的にダサい髪型と、絶望的にダサいメガネと、絶望的にダサい猫背だったからだ。持ってる服が、チェック柄しかなかったからだ。


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 だから、今は、とってもラッキーだったんじゃないかな? って思っている。

 入学式で、校長先生の話を聞きながらそう思っている。


 オレのことを、具体的には、オレの顔のことを見る女子の目が、首を「クイッ」とあげているからだ。猫背を直して、髪型をマトモにセットして、コンタクトにしたオレのイケてるオレの顔を、女子が、首を「クイッ」とあげて、オレのイケてる顔を見ているからだ。


 オレの脅威的なイケメンを、女子が首を「クイッ」とあげて、いろめきだって見ているからだ。

 男子はもちろん、女子に対しても、今までなら、オレがやらなければならなかった、首を「クイッ」とあげる仕草を、オレの顔を見るヤツが、揃いも揃ってやっているからだ。


 オレは、完全に高校デビューに成功したのだ。イケテナイ奴がの格好をする事で、本来のポテンシャルを引き出したからだ。


 おかげさまでオレは、入学式で、オレのことを知っている(らしい)女友達と、おしゃべりしながら、ゴキゲンに家に帰る事ができた。女子にチヤホヤされながら、家に帰る事ができたからだ。


 家に帰って、ワタシは有頂天になった。

 自分の部屋に入って、机について一人称を、オレワタシに変えたワタシは有頂天した。


 これでワタシは、今までずっと、ずっと、ずっと、ずっと、夢だった、PF《パワーフォワード》ができる。バスケで、PF《パワーフォワード》のポジションにつける!

 パパがが大好きなマンガ。ワタシがバスケをするキッカケになった『スラムダンク』の桜木花道さくらぎはなみちみたいに、「リバーン!」の掛け声の共に、誰よりも高く跳んでボールを奪い去ることができる! 安西あんざい先生を、興奮気味に小さくガッツポーズさせることができる!!

 そして何より、のプレーができる、背がちいちゃかったワタシには絶対に出来なかった、ダンクシュートができる。


 もう、PG《ポイントガード》以外のポジションで、バスケ部でエースを張れることができる! このアホみたいな背があれば、どんなポジションだってにやる事ができる! に全国大会で優勝できる! PG《ポイントガード》以外のポジションでも全国大会で優勝できる! 100%自分の能力だけで、にバスケができる!


「しびれる〜!」


 ワタシは、声を出した。男の声で調子に乗った声を出した。そして、洗面所から引っ張り出した、鏡を手にとった。


 鏡の中には、素っ気ないまゆで、塩顔の象徴たるキリッとした一重で、ちょっと細面ほそおもてな、あまり主張をしない鼻とくちびるの、ワタシの理想の、理想の、理想の、理想の、イケメンがいた。


 ワタシは、姉ちゃん(多分)がいる部屋に無断で入り込んで、姿見の前に立った。


 の髪型をして、の服装をして、に背筋を伸ばして、足が長くて、素っ気ないまゆで、塩顔の象徴たるキリッとした一重で、ちょっと細面ほそおもてな、あまり主張をしない鼻とくちびるの、ワタシの理想の、理想の、理想の、理想の、理想の、理想の、理想の、理想の、イケメンがいた。


「……あ!」


 ここでようやく、ワタシは、とんでもないことに気づいた。姉ちゃん(多分)の部屋に入って、女の子の部屋に入って、ようやく気づいた。自分が女子だった事実を、に思い出した。自分が絶世の美少女だった事を、ようやく思い出した。


 そして思った。


 これって、一生彼氏できないってこと? 一生処女? あ、童貞か……。とにかく!! イケメンになってもイケメンの彼氏はできないことに気づいたんだ!!!


 ワタシはワタシだから。どんなにイケてるイケメンでも、女子だから。ワタシは、イケメンにしか興味ないんだから。だってワタシは、女子だから。

 こんなにイケてるイケメンでも、イケメンは、寄ってこないのだ。女子しか寄ってこないのだ。ワタシは女子だけど、身体はに男だから。


「ふえええええぇ」


 ワタシは、早々に、高校一年生で、早々に、生涯独り身を決定づけられた。

 こんなに背が高いイケメンなのに、一生イケメンの恋人ができない運命であることを決定づけられてしまったことに悲しくなって、アホみたいに涙があふれてきた。


 恋愛を未来永劫、封じられたワタシは、この高校三年間、何もモチベーションも持たず、ヘラヘラ生きていくのだろうか?


 ……冗談じゃない! ワタシはバスケがしたいんだ!!


 ワタシは、ちゃっちゃと着替えて、公園にいく準備をした。そして、この本だらけの部屋には、バスケットボールなんてないことに気づいた。チェック柄しか着ないヤツの家に、はバスケットボールなんてあるわけないことに気づいた。


 代わりに、見たこともないオモチャを手にとった。丁寧ていねいに箱に入ったオモチャを手にとった。


「……ドローン?」


 箱に書かれた文字は、聞いたことがない言葉だった。


 ワタシは、おもむろに箱から開けて見た。おもむろに操縦桿そうじゅうかん(らしきモノ)を持って、ドローン? を操作してみた。


 「フィーーーン! ガシャ!!」


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 ドローン? は、アホみたいな速さで飛んで、アホみたいに壁にぶつかって、アホみたいに床に落ちた。なんだこれ、ムカつく! アホほどムカつく!! じゃない! ちょっと意味がわからない!


 じゃあ、もうやめる?


 冗談じゃない! ワタシはムカつく事が大っ嫌いなんだ!!

 冗談じゃない! ワタシは自分の思い通りにならないのが大っ嫌いなんだ!!

 冗談じゃない! ワタシは自分の思い通りになるまで努力しないと気が済まないんだ!


 冗談じゃない! ワタシは天才なんだ! 努力型の天才なんだ!

 冗談じゃない! ワタシは勝つまでやめない負けず嫌いの天才なんだ!


 あ、今更だけど自己紹介をするね。


 ワタシの名前は、葛城かつらぎイルカ。背が低いのと、ほんのちょっとだけスレンダーすぎる以外は、パーフェクツに可愛すぎる絶世の美少女。今日から高校一年生になるはずだった。


 今の名前は、蘇我そがテンジ。背が高い高校一年生。オタクから華麗に高校デビューを果たした、パーフェクツにカッコ良すぎる究極のイケメン。アホみたいだけど、ワタシは今、もといた地球の反対側の地球にいる。

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