ウミガミタイとカノジョはいった…。

宇佐美真里

ウミガミタイとカノジョはいった…。

「さむっ!」

あまりの寒さに目を覚ます。

点きっ放しのテレビには、再生を終了したDVDのメニュー画面が映ったまま、短く同じ動きを繰り返していた。


「また、やっちゃった…」

観ていた映画の内容は途中から記憶がない。主人公の探偵がゴロツキたちに囲まれて殴られ.ていたのが、覚えている最後のシーンだった。

頭を掻きながら、くしゃくしゃに丸まったマイクロフリースの毛布を広げ、奇妙な姿勢で傍らで眠っている彼女へと掛けてやる。

飲みかけのグラスと食べ残しのスナックの乗ったローテーブルの上から、煙草とライターを手にする。彼女を起こさない様に気を配りながら、そっと立ち上がると、閉まっているカーテンを少しだけ捲り、その裏に入り込んだ。

ケースから煙草を一本取り出して咥えながら狭いベランダに出ようと、窓を出来る限り細く開け、そっとベランダのサンダルへと足を伸ばす。


「さむっ!」

同じ言葉を再び呟きながら視線をサンダルから上げると、白み始めた空に雪がはらはらと舞っていた。

「結構、降ってるんだ…」

予報では"夜半から明け方に掛けて散らつくでしょう…"と伝えていたけれど、その言葉以上の勢いで雪は舞っていた。


「これは、積もったり…するのかな」

後ろ手に窓を閉めようとすると、

「ねぇ、寒いんだけど…」

モゴモゴとカーテン越しに彼女の声がする。

どうやら起こしてしまったらしい。

「ごめんごめん…。雪、結構降ってるよ?」

「あ…。積もってんの?もう?」

「うん。結構、白くなってる…」

履きかけたサンダルから足を抜き窓を閉めると、毛布に包まった彼女がカーテン越しに顔を覗かせた。


「これは朝になっても止みそうにないな…」

言いながら、彼女と入れ替わる様にして、カーテンを抜ける。

テーブル脇に置いてあるオイルヒーターの前に僕は、しゃがみ込み手を翳す。彼女はカーテンの裏…窓越しに立ったまま呟いた。

「そうね…。昼くらいまで降り続けるかも…」

僕は咥えたままだった煙草を摘み、火を点けぬままケースへと戻した。


「風邪引くよ…。そんな恰好のままだと…」

ヒーターの前に体育座りしたまま手足を翳しながら促すが、彼女は黙ったまま、薄まっていく夜を眺めていた。毛布に包まり直したのだろう、カーテンが僅かに揺れた。

「こっちに来なよ。冷えるって…」

もう一度、カーテンに向かい僕は言った。


「ねぇ?」

「ん?」

ようやく返って来た言葉に僕は答える。

彼女は依然として窓際から動く気はない様だ。

「なに?」


「ウミガミタイ…」


唐突な、その言葉が上手く意味を為さない。飲み込めない。

「ウミガミタイ?」そのまま繰り返す僕。

「うん…。海。雪の降る…海が見たい…」


言葉の意味をようやく理解はするが、意図が分からない。

「海?海なんかいつも見てるじゃない?」

僕等の小さな部屋からは、二十分程歩くと海岸に出る。

休みの日には散歩がてら足を運び、途中で手に入れたサンドイッチで海を眺めながら早めのランチをとることもしばしばだ。

「何もこんな雪の日に行かなくても…」

言い掛けると彼女は、それを遮って答えた。

「こんなだから…。雪だから、見たいんじゃない?雪降る海が…」

そう言いながら彼女は、ようやくカーテンの裏側から顔を出した。

「ね?行こう?」

「え?今?」

「そう!今から!」


カーテンを捲り、僕の背中越しに彼女が部屋を横切って行く。

スウェットを脱ぎ、放り投げられていたジーンズへと穿き替えると、壁に掛かっていた上着を手に取り、そそくさと袖を通した。

「早く!早く!」

ヒーターの前に蹲ったままの僕を促す。

「まったく…」

僕は散らかったままのテーブルの上からリモコンを手にし、ぼやきながらテレビを消すと、ゆっくりと立ち上がった。

「わけが分からないよ…」


既に彼女は玄関でブーツに足を通し、扉を開けたところだった。

「さむっ!」

閉まりかける扉の向こうで彼女の声が聞こえた…。



-了-

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