化者

赤木リン

0 怪奇

これは誰も幸せになれない物語


ここがただの山ならば人などいないはずのその場所に、別にもう珍しくはないヒトがいた。


「マジかよ超暗いんだけど。」

「マジで雰囲気あるじゃん、こわいなー。」

そんな声が森に響いた。


深夜の2時といったところだろうか、その森は静寂というには虫がうるさく、何よりもイラつかせんとするヒトの声があった。

ヒトの声の正体は二組のカップルといったところか。


その森は有名であった。

「ひとたび人が立ち入れば、なにかもわからぬ化物に襲われる。そして自然界へ還るだろう。」


そんな怪談を半信半疑でやってきた愚か者が今日もやってきているということだ。


その愚か者共は立ち入り禁止の軽い柵を超え、恐怖との戦いに挑みに来たのであろう。


また、怪談には続きがある。

「恐怖を乗り越え社に辿りついた暁にはその人には富がやってくるだろう。」と


そんな話を誰が信じるのかと思うところではあるが実際にそれに釣られて人がやってくるのだからなんともおかしい話である。


「よっし、どっちから行くかじゃんけんで決めるぞ。」

その声の主は最も愉快そうな甲高い男の声である。気に障る。

おそらく彼に他3名は誘われてきてやったのだろう。

その男の言葉に対して連れの女性が答えた。

「えぇ?じゃんけん?絶対後がいいんだけど、こわーい」

否定的である。

「関係ないよ先も後も、どうせ行くから来たんだろ?」

「あー、もうわかった。わ・か・り・ま・し・た。」

丁寧にそして怒りのような感情をこめて言っていた。


なんだかんだで、じゃんけんはせずに先のやりとりをしたカップルが先行し、帰ってきたらもう一方のカップルが行くということで決定したようだ。


女性のほうはまだやや怒っているような雰囲気だが、それもこの後にやってくるであろう恐怖をかき消すためなのだろう。


「そんじゃ、先に行ってきまーす。」

男の声はやはり愉快そうであった。

「はいはい、いってらっしゃい。」

「ユウナちゃん頑張ってね!!」

恐怖に立ち向かう二人に待機する二人は激励の言葉をかけた。

ここまでのやり取り的に女性陣は非常に仲がよさそうだ。


話によれば行きに15分、帰りに15分かかるといわれている。

目的地はいつに作られたかわからない古びた「富をもたらしてくれる社」である。


彼らの目的、主に甲高い声をした男の目的は、富が欲しいというものではなく

「噂の森に来たけど特に何事もなく帰還!!」と写真を添えて自慢することだけであった。

そんなしょうもないことのために付き合わされる他のヒト、特に女性陣は少しかわいそうでもある。


そんなことを考えていると歩き始めて数分、女性のほうがこうつぶやいた。

「ねぇ、大丈夫?めちゃくちゃ怖いんだけど熊とかでないよね?」

今にも消えそうな声である。そしてそれに対しては

「なーに言ってんだよ、今まで来たことある奴らも大丈夫だって言ってんだから、心配することなんてなんもねぇーよ。」

その愉快そうな声はやはり耳障りである。


さらに数分、そろそろ目的地まで半分程度といったところ。

ついに彼女らに怪奇が襲う。


ゆっくりと歩くカップルのうち女のほうはしっかりと男に寄り添い抱き着く形で絶対にはぐれないように注意していた。


突如として歩いていた男性の足が止まった。いや、もはや後ろに倒れこんだ形だ。

「え?」

明らかな異変に女は驚き腕をしっかり掴む。決して離さないように。

真っ暗で懐中電灯代わりのスマホは男の手からは離れ、女は何も明りになるものは持っていなかったのですぐに状況がわからなかった。

「え?大丈夫?え?」

返事はない。

急いで女は男が持っていたスマホを拾い、男の体を照らした。


首から下には異常はない。だが頭部には明らかな異常があった。

男性の頭にはきれいなほどに見事に矢が刺さっていた。


発見とほぼ同時に叫んだ。

叫びが叫びになるほんの少し前に彼女もまた、何者かに襲われた。

一瞬見えた影はイヌ、、、?だろうか。


イヌのようなものは確実に彼女の喉を咬み裂いていた。


叫びとしては短いようなその声は待機している二人には聞こえていた。

「大丈夫かな?」

「うーん、リツキは帰ってくるまでは行っちゃいけないって言ってたけどなぁ。何かあったんならまずいし行ったほうがいいんじゃね?」


その判断は正解ではあった。現に叫び声の主はすでに息をしていない。

「それに、もしリツキに文句言われても、怪我しなきゃタダみたいなもんだしな。」

小走りでは危ないため、急ぎつつもゆっくりと進む森の道で男はそう思い、言った。


しかし、この二人はもう一方の二人の元へたどり着くことはなかった。その道中で先の二人と同じようにあっという間に土へと還った。


この死体たちを見ていた者は二人いた。

彼らこそがまさしく自らを「化者」と呼ぶ存在である。だがしかし、それ以上のことはここでは言及しない。


これは誰も幸せになれない物語、少なくとも今日森に来てしまったその四人は今、幸せとは呼べない姿へとなり果てた。


そしておそらく、そこにいた二人の化者も幸せになることはないのであろう。

変に期待されても困るため、先に何度でも言っておこう。


誰も幸せになれない物語


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化者 赤木リン @RinA153

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