ボタンホール
専門学校一年生の秋。直太朗は放課後に空き教室でグループワークの課題の打ち合わせをしていた。といってももうほとんど方向性は決まったので、半分以上雑談だ。
「そういえばさ、みんなはなんでここに来ようと思ったの?」
「それ、完全に雑談じゃん」
「いや、なんか気になったから」
直太朗以外女子の同級生の集団でそんなお喋りが始まって、わいわいと盛り上がる。
直太朗と同じように親が服飾関係で興味を持ったというひと、小さい頃からドレスが大好きで自分で作りたかったというひと、特技といえば裁縫くらいしかないというなんだか哲を思い出させるようなひと。
「古賀くんは?」
ぼんやり話を聞いていた直太朗は、話を振られてはっと目を瞬かせた。
「おれ?」
「うんうん。男子で服飾ってやっぱ珍しいし、気になってたんだよね」
「私もー」
「なんでここに進もうと思ったか、かぁ……」
直太朗は少し顔を上向けて考える。思いつくままに話し始めた。
「おれも、お母さんがファッションデザイナーなんだよね」
「あっちょっと待って知ってるかも。古賀弓子さん?」
「ああ、うん。そうそう」
聞いていた同級生たちがおお、とどよめく。一般の人にはそこまで知られていないのだが、やはり服飾専門学校に来るだけあってみんなそのへんには詳しいらしい。直太朗も例外ではないが。
「だからちっちゃいころから裁縫好きだったよ。デザイン描くのも」
「どんなの作ってたの?」
「うーん、ちっちゃいのだと、筆箱とか。ミシンは小学校で習うまで触らせてもらえなかったから、手縫いのぬいぐるみとかも作ったかな」
「へー」
興味深そうに話を聞いてくれている視線に照れながら、直太朗は続ける。
「それで、うーん。小学四年生のときに、やっぱり女子に『男の子がお裁縫好きなのって変なの』みたいに言われたことがあったんだけど」
「ああ、ごめん!」
「気にしてないから大丈夫」
慌てたように手を合わせた同級生に直太朗は笑う。本当に、今となっては全然気にならないのだ。
「そのときにね、おれの親友――ゆいとっていうんだけど、ゆいとが『クラスで一番うまくなるくらい好きだなんてすごい、かっこいい』って言ってくれたんだ」
もう人生の半分くらい昔のことだと考えるとなんだか感慨深い気がした。直太朗はへへ、と頬を緩ませる。
「その言葉がすごい自信をくれて、それからもずっと裁縫を続けてたら、高校でまたゆいとと一緒になったんだ」
直太朗は夢中になって高校の手芸部の思い出を話した。結人を一生懸命手芸同好会に勧誘して、モデルとして入ってもらったこと。『手芸部からのラブレター』作戦で人が増えたこと……。
つきり、と胸が痛んで、直太朗は思わず言葉を切った。もうすっかりしまいこんでどこかへ行ってしまったはずだったものが、蘇ってしまいそうで。
「古賀くん?」
「ああ、えっと、なんでもない。それでね――」
直太朗の作った衣装で結人がミスターコンで賞を獲ったこと、手芸部のみんなに卒業を祝ってもらったこと。
最後まで話しきった直太朗に、同級生たちは思わず拍手をしてくれていた。直太朗は反応に困って苦笑する。
「ごめんね、なんか語りすぎちゃった」
「いいよ全然! すごい歴史を感じたよ」
「古賀くんはいろんな人に支えられてここまで来たんだね」
「ありがとう、そうだね」
いろんな人に支えられて――そうだ。そして、その中でも一番直太朗の心の中を占めているのは、結人だ。学校が変わったら、距離が離れたら、時間が経ったら、変わるかと思っていたのに。
奥底に秘めた想いは今も全く変わっていないことを自覚してしまった直太朗は、用事をでっちあげて早々にその場を立ち去った。
こんな、結人にとって邪魔でしかない想いなんて、消え去ってしまえばいいのに、消せないのだ。
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