キルト

 大学一年生の夏。結人は家の最寄り駅の前でそわそわと周囲を見回した。今日直太朗が初めて結人の家に遊びに来る日で、この駅前で待ち合わせをしているのだ。結人が改札を目を皿のようにして見ることしばらく、暑そうに扇子で顔をあおいでいる直太朗が改札から出てきた。結人が手を振ると、遠目でも明らかに表情が明るくなる。


 直太朗が駆け寄ってきて、二人は久しぶりの再会にハイタッチで喜びを分かち合う。結人が家の方向を指さすと、そのまま並んで歩き始めた。


「ゆいとの家、遊びに来たかったんだよねー」


「特になにもないけどな」


 結人の家は駅からそこまで遠くない路地裏にある小さなアパートだ。結人が部屋の鍵を開けると、直太朗はそわそわとドアが開くのを待つ。結人がどうぞ、と手で示すと、嬉しそうに玄関に飛び込んでいった。


「思ったより広いね!」


「そうか?」


「あっテレビが見える! ベッドも!」


「それくらい普通にあるだろ」


 鍵を閉めながら結人は苦笑して、部屋に入る。1DKのキッチンで立ち止まった直太朗が奥の部屋や台所用品を物珍しそうに眺めているところだった。


「奥に入ってもよかったのに」


「えへへ、なんか照れくさくて。ゆいとは料理するの?」


「まあ多少は。出来合いの惣菜、このへんのやつ美味くないんだよ」


「へえ、そうなんだ」


 というわけで、二人並んで結人が普段生活している部屋に入る。たしかにテレビもベッドもあるが、逆に言うとそれくらいしか目立つ家具がない。あとはローテーブルと座椅子くらいか。服は部屋に備え付けのクローゼットにしまえる程度しか持ってきていない。


「シンプルな部屋だね」


「まあな」


 直太朗はそわそわと室内を見回し、当然のように閉じたクローゼットに興味を持ったようだった。


「ゆいとって、普段どんな服着るの?」


「見てもいいけどそんなに面白くないと思うぞ」


「いいの?」


 直太朗はぱっと顔をほころばせてクローゼットに近付く。振り返って確認するような目をしたので、結人は思わず小さく笑って手で促した。これでも直太朗が来ると思って気合いを入れて片付けたのだ。


 クローゼットを開けた直太朗は、うわあ、と呟いてそのままの姿勢で中を眺める。


「いかがですか、古賀大先生」


 耐えられなくなった結人が少しふざけて訊ねると、直太朗は嬉しそうに振り返った。


「かっこいい服がいっぱいだね! ゆいとに似合いそうなのばっかり!」


「それはよかった」


「高校一年のころのゆいとの私服よりずっとオシャレになったね?」


「……それは、言うなよ」


 結人が照れて顔を逸らすと、直太朗は声を上げて笑った。直太朗のセンスの塊のような服を見すぎて、目が肥えたのは間違いないと結人は思う。


 重々しくクローゼットを閉めた直太朗は、なぜか今度はベッドの下を覗き込む。


「なにやってんの、ナオ」


「いや、男の子の一人暮らしっていったらベッドの下のエロ本かなと思って」


「ないよそんなの」


 結人が苦笑すると、顔を上げた直太朗も困ったように笑う。ごめんね、と小首を傾げたので、結人は今回は許す、と応じた。


 そのままカーペットの上でのんびりと話しているうちに正午が近付いてくる。結人はおもむろに立ち上がった。


「ゆいと?」


「昼飯。食ってくだろ?」


「えっ、作ってくれるの?」


「ああ」


 わぁ、と嬉しそうな直太朗を横目に、結人はキッチンに立つ。今日の昼食はオムライスの予定だ。チキンライスを作りながら、結人はひとつ悪戯を思いついて小さく笑った。


「ナオ。できたぞ」


 皿に盛ったオムライスとスプーンを差し出すと、直太朗は嬉しそうにそれを受け取る。二人でローテーブルに向かい合って座り、いただきます、と手を合わせた。


「おいしそう!」


「オムライス、ナオの好物だっただろ」


「覚えててくれたの? 嬉しいなぁ」


 卵にスプーンを通し、一口口に運んだ直太朗は、驚いたように口を手で覆う。結人がにやりと笑うと、もぐもぐと口を動かしながらむー! と声を上げた。飲み込んで、直太朗は目をまん丸にしてローテーブルを叩いた。


「カレー味がする!」


 結人の思いついた悪戯は、チキンライスにカレー粉を仕込むこと。ふ、と結人は笑った。


「驚いたろ?」


「やられたー!」


 そんな調子で、二人は結人の家で過ごす時間を一日満喫したのであった。

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