大学生編
オーガンジー
大学一年生の春。バイトのない放課後、結人は買い物を簡単に終わらせてさっさと一人暮らしの家に帰った。もう一人分の料理を作るのにもだいぶ慣れてきて、簡単なメニューで夕飯を済ませる。食器を洗って、壁に掛けてある時計を見上げた。
「……まだ時間があるな」
今日は久しぶりに、といっても二週間ぶりくらいなのだが、直太朗と通話の予定があるのだ。新生活でお互い忙しいなか、二人はそれでも連絡を比較的頻繁に取り合っていた。入学早々課題に追われていた直太朗が、提出日の夜である今夜はゆっくりできるらしい。
ちょっとくらい課題でもやるか、と結人が通学に使っている鞄を探っていると、スマホの通知音が軽快に鳴る。少し考えてからスマホを手に取ると、直太朗からのメッセージが届いていた。
『ちょっと早く帰ってこれたんだけど、ゆいとは電話できる?』
なんだか早く散歩に行きたがる子犬みたいだ。結人はふっと表情を綻ばせて返事を打ち込んだ。
『できるけど、夕飯は食ったのか?』
『ともだちと食べて帰ってきたから大丈夫!』
ともだち、か。結人は小さく笑う。
『なら、かけるぞ』
既読を確認して通話を開始すると、数コールの後に繋がった。イヤホンでも探しているのか、ごそごそと音がする。
「もしもし」
『あ、もしもしゆいと? ごめんイヤホン繋ぐからちょっと待ってね』
「ああ」
結人も鞄の中からイヤホンを取り出してスマホに接続し、耳につける。だいたい同じくらいのタイミングで直太朗も準備が終わったようだ。準備してからかければよかったな、と結人は小さく苦笑した。
『よし、おっけー。ゆいと、久しぶり!』
「久しぶり、ナオ」
『課題がんばったよ、おれ。ゆいとは最近どう?』
「お疲れ。俺は――」
直太朗が八、結人が二、くらいの割合ではあるが、他愛無い雑談が流れていく。久しぶりに直太朗と話す感覚が心地よくて、結人はふと笑う。
『ゆいと?』
「ああ、いや。こうして話せるのが少し懐かしいと思って」
『そうだね。専門学校に入って新しい友達はできたけど、ゆいとみたいにいろんなこと話せる人はまだいないなあ』
友達か、と結人はそっと呟く。マイクは意外にもその音を拾っていたようで、直太朗が不思議そうに結人の名前を呼んだ。結人は渋い顔になって顔を手で覆う。
「……悪い。その、愚痴みたいになって恥ずかしいんだが、あんまり友達ができなくて」
『えっ、なんで?』
「女子とは話し慣れないんだ……」
呆気にとられたような少しの間ののち、うーん、と直太朗がうなった。
『ゆいとの学部、女子多いんだっけ?』
「むしろ男子を探すのが面倒なくらいだな」
『そっかぁ。おれはちっちゃい頃は女の子の方が仲良かったりしたし、あんま考えたことなかったけど、三年男子校だったもんね、ゆいとは』
「ナオは六年じゃなかったか?」
『あはは。まあそのへんは個人差?』
「個人差か……」
結人がため息を吐くと、直太朗がふふ、と笑う。
『大丈夫だよ、ゆいとなら。ちょっと話してみれば意外と普通かもよ?』
「そういうものか?」
『そうだよ!』
その話題はそれきりでまた雑談に戻っていったが、結人の心の中には直太朗の励ましがゆっくりと染み渡っていくようだった。
翌日の講義。結人がぼんやりしていたうちに四人組を作る流れになっていて、結人が普段つるんでいる男子たちは適当なところにすでに収まっていた。しまった、と席を立った結人の耳に、女子の声が届く。
「あと一人なんだけどー」
声の方向に振り向くと、女子三人で固まっている集団が目に入る。ためらう足を、昨夜聞いた直太朗の声が押した。
(大丈夫だよ、ゆいとなら)
結人は三人組に近付く、思い切って、声をかけた。
「……入っても、いいか?」
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