モビール
哲と別れて家庭科室を後にした結人は、部長会が行われている生徒会室を目指した。生徒会室のドアのすりガラスの向こうではまだしばらく会は終わらなさそうだが、そっちの方が都合がいい。結人はさっきの哲との会話を反芻しながらドアの横の廊下の壁に体をもたせかけた。目を伏せて、そのときを待つ。
どのくらい待ったのかわからないくらいの時間が経ってから、ガラリとドアが開いた。結人は出てくる人の群れの中から直太朗の姿を探す。違う。違う。違う。どこだ。
「……ゆい、と?」
聞こえた声の方向に結人が視線を向ければ、結人の姿に驚いたのか立ち尽くす直太朗の姿。結人は人の波をぬって直太朗の元へ向かった。
「ナオ」
「なんで、先に帰ったんじゃ」
「待ってた。話したいことがある」
「え、」
戸惑う声を漏らす直太朗の腕を、結人はしっかりとつかむ。特別教室棟から校舎への渡り廊下に向かう人の流れに逆らって、奥の階段の方へと直太朗を引っ張っていく。直太朗は特に抵抗せずについてきた。
階段の裏は用具入れになっていて、その人気のない入口のあたりで結人は直太朗の腕を離して直太朗の方を向き直った。
「ナオ。お前、最近様子がおかしいぞ」
「そんなこと……ないよ」
直太朗は真っ直ぐ見つめる結人の視線に耐え切れないといった様子で顔を逸らす。口では否定しているが、実際は自覚があるのだろう。
「相談でもなんでも乗るから、一人で背負いこむなよ」
「だから、なにもないって」
「そんなはずないだろ」
結人は思わず語気が少し強くなったのを自覚した。直太朗が目を丸くしている。
「そんなはずない……だってナオは、最近俺を避けてるじゃないか」
「っ」
直太朗が息を呑んだのがわかった。結人は深呼吸して、なるべく冷静に、しかし素直な言葉を選んだ。
「……寂しいんだよ。避けられるのも、頼られないのも。俺たちは友達で、仲間で……親友だと、思ってたのに。違うのか?」
「ゆい、と……」
直太朗の目に、じわりと涙がにじむ。結人が驚いて言葉を失っている間にもどんどん溜まっていって、ついには一粒こぼれた。
「な、んで、ナオが泣くんだよ」
結人がようよう発した言葉に、直太朗は黙って首を横に振る。目元を指でぬぐって、結人の顔を見上げた。
「……ごめんね、ゆいと」
「べつに、謝ってほしいわけじゃない」
「うん。でも、ごめん」
直太朗がふわりと笑う。結人は久しぶりに直太朗の本当の笑顔を見た気がした。
「おれ、ちょっとわかんなくなっちゃってたみたい」
「何が?」
直太朗は言葉を探すように顔を少しうつむかせる。結人はじっと直太朗の言葉を待った。
「……部長になったから、へらへらしたらいけないのかなって」
「そんなこと」
「うん。関係ない、よね」
直太朗は照れたように片手で髪の毛をかき回す。結人は小さく息を吐いて、それで、と呟いた。
「前みたいに接してくれるの、くれないの」
「そんなの」
ふっと笑った直太朗が結人の腕をとって歩き出す。
「おれたちは親友なんだから、いつまでも仲良く一緒に帰るんだよ?」
微笑む直太朗の横顔を見た結人はほっと安堵してその隣に並び、歩調を合わせて渡り廊下に向かった。
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