リンネル
ここ数日、結人はもやもやとした違和感を抱えていた。先日の直太朗の発言がきっかけになって、手芸部でも文化祭になにか出そうという話になり、それぞれ展示用の服を縫ったり活動紹介の紙を書いたりしているのだが、直太朗の様子がなんとなくおかしいのだ。
部長は直太朗なので一応全員の進捗を確認する必要はあるだろうが、それにしても家庭科室内を歩き回る回数が多いし、自分は服のデザイン画を展示すると言っていたわりには、いつもよりデザインを描く手が遅い。いろいろ背負いすぎて疲れているのだろうか。
結人は自分が文化祭用に作ろうとしているぬいぐるみ用のフエルトを裁ち終えたところで立ち上がった。今は家庭科室の教卓で模造紙を広げている直太朗の方に向かう。
「ナオ」
「なに?」
顔を上げた直太朗の少し低い声。結人の違和感はここにもあった。普段通り穏やかに明るいように見えて、結人に対するときだけ、少しその表情が固くなる、気がする。何か変なことでもしただろうか。しかしそれよりもまずは、ナオの負担を減らす方が先だろう。
「最近、部長の仕事で疲れてるんじゃないか。何か手伝えることがあったら――」
「大丈夫」
遮るような声に、結人は押し負けて口を閉ざす。直太朗は少し迷うように視線をさまよわせたあと、にこりと笑った。無理をして笑っているようにしか、結人には見えない。
「たしかに部長になってすることは増えたけど、ひとりでできるよ」
「……そう、か」
もう直太朗の視線は模造紙の方に戻っている。結人は少し肩を落として自分の作業台に戻った。直太朗のことは気になるが、ああ言われてしまっては口の出しようがない。結人は意識を逸らすように針と糸を手に取った。
課外活動終了時刻の三十分前には解散するのが手芸部の恒例になっている。それぞれ片付けに時間がかかるので、部としての活動は早めに終わらせて、あとは自分のペースで帰るのだ。早々に片付けを終わらせた結人は、直太朗が模造紙をしまったのを見計らってまた教卓の方へ向かった。
「ナオ、」
「今日は部長会があるから先に帰ってて」
「…………」
直太朗は結人の顔をろくに見もせずにそう言ってかがみ、たぶん足元にある鞄の中を探り始める。結人は少しの間そこに佇んでいたが、ひとつ息を吐いて後ろを向いた。視界に帰り支度を整えている哲が入ってくる。
「栗谷、ちょっといいか」
「ん? いいけど」
ガタッと大きな音がした。結人が振り返ると、直太朗が鞄を抱えて立ち上がったところだった。結人が声をかける間もなく、逃げるように家庭科室から出ていってしまう。ほとんど人のいなくなった家庭科室に、ドアの閉まる音が響いた。
気まずそうに他の部員たちも帰っていき、家庭科室に結人と哲だけが残される。先に声を発したのは哲だった。
「本当に一番言いたかったのは『疲れてるんじゃないか』なのかなぁ、霧島クン?」
「聞いてたのか」
「ボクは器用なので、作業しながらでも周りの音が拾えるんだ」
「…………」
結人は心の中でわだかまった違和感をほぐしていく。ひとりでは頭が混乱するので、聞いてほしくて哲を引き留めたのだ。哲もそれをわかってくれている。
「最近、ナオの様子がおかしい」
「そうだねぇ」
「きっと部長になったから疲れているんだろうと思った。でも、違うらしい」
「古賀チャンが言うには、そのようだ。他には?」
他。結人は表現に悩んだあげく、一番素直な言葉を口にした。
「……最近、ナオが俺を避けている気がする」
「そうかもね」
「理由がわからない。どうしたらいいのかも見当がつかない」
「ふーん?」
哲は結人の顔を覗き込む。普段通りの悪戯っぽい目に、少しだけ真面目な色が混ざる。
「霧島クンはどうしたいのさ」
「俺?」
「そ。大事なのは自分のハートだよ、ハート」
「…………」
「ていうか霧島クン、古賀チャンと真面目に話したことある? こう見えてもボク、古賀チャンとは何回か本気の言い合いしてますからね」
「……本当か?」
「さあ?」
哲は笑う。結人も絡まっていた心の糸が解けてきたのを感じていた。
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