ラインストーン
結人が手芸同好会に入って一か月が経った。今日の放課後も、結人たちは三者三様に家庭科準備室でそれぞれの時間を過ごしている。直太朗は本当に結人をモデルにした服のデザインをあれこれ考えていたし、そのうちのひとつを実際に型紙に起こして、それを哲が縫い始めていた。直太朗はデザインから縫製までどれも好きだが、哲の好みはミシンを自由自在に操ることにあるようで、それを知っている直太朗が哲に縫う作業を譲っているらしいというのが、結人がこの一か月ふたりを見ていて感じたことだ。
結人はといえば、本当に採寸のとき以外は何をしてもいい雰囲気だったので、医者に右目の視力が落ちないようにと渡されたリハビリを主にやっている。しかしそれも放課後のすべての時間を使うほどのものでもないので、ぼんやり窓の外を眺めたり、ふたりの作業を観察したりしている時間の方が多かった。
「あーあ」
哲がミシンを止めて固まった肩をほぐすように伸びをする。そのまま後ろにのけぞって、窓際にいた結人の方を見た。が、ひっくり返りそうになってすぐ体を元の位置に戻す。ガタン、と大きな音が鳴ったので、結人は目を丸くしたし、直太朗も手を止めて哲の方を見た。ふたりに視線を向けられて、哲は困ったように丸刈り頭をかく。
「お騒がせしたようで」
「いや、いいけど」
「てっちゃん、疲れたの?」
直太朗の問いかけに、いやあ、と間の抜けた返事をする哲。
「三人っていうのも慣れてきて、欲が出てきたといいますか」
「と、いいますと?」
直太朗が合いの手を入れ、結人は黙って続きを待つ。哲はさっきまでガタガタいわせていたミシンをぽんぽんと軽く叩いた。
「やっぱ家庭科室のミシン使いたいなーって」
「ああ……」
結人と直太朗は同時に声を漏らした。家庭科準備室にあるミシンはあくまで予備用なので、家庭科室にあるものの方が性能がいいのだ。それに、と哲は唇を尖らせる。
「いつまでも同好会っていうのも気に入らないし? 十人いれば部活になるんだからどーせなら昇格させて広々作業したくない?」
「それは確かに」
直太朗が同意する。結人は実際に見てみて初めて知ったのだが、直太朗は大きな模造紙に思いつくままにデザインを描いていく。準備室のせいぜい二人ぶんくらいのスペースしかない机では、きっと物足りないのだろう。
そんなわけで、三人は休憩がてら部員を増やす作戦会議を始めた。
「掲示板にポスター貼るのは、一応春にやったんだよね」
直太朗が言うと、哲が肩をすくめた。
「実際のところは、掲示板前で実際に部員が宣伝してた部活にごっそり持っていかれた感じがあったよね。ボクらもいたにはいたけど大声張り上げるタイプじゃなし」
「そうなのか?」
「ボクってぇ、実はシャイなの」
「どこが」
三人はひとしきり笑って、またうーん、とうなる。
「兼部がアリな校則だから、今からでもうまく勧誘できれば入ってもらえると思うけど、その勧誘の方法がね……」
直太朗がしゅんと肩を落として、結人は入学したての頃に見たある光景を思い出した。
「サッカー部はビラ配ってたな。もらうまでもなく入るつもりだったからろくに見なかったけど」
「それいいかも!」
「古賀チャン、この時期にビラ配りする気? 三人っきりで?」
「うーん、そっかぁ……」
目を輝かせたり眉間にしわを寄せたり忙しい直太朗の顔を見ながら、結人はいい案が浮かぶのを感じていた。
「じゃあそのビラが下駄箱に入ってたら?」
「下駄箱?」
ふたりの声がそろう。結人は真面目な顔で頷いた。
「あらかじめビラを用意しておいて、放課後に下駄箱に仕込むんだ。時間があるからそれなら三人でもきっとできる。部活帰りとか次の朝とかにそのビラが目に入って噂になれば、話題性ができて入ってくれる人が出てくるかもしれない」
「『手芸部からのラブレター』、なんつって?」
「それいいね!」
哲も直太朗も楽しそうに賛同する。それからの話は早かった。これから部活に入ってくれそうな中学一年から高校一年までの生徒の人数は哲が暗算で叩き出して、さらにそれだけのビラを作る印刷の予算まで計算し始めた。直太朗は絶対おれがビラのデザインをすると言ってきかなかったし、そもそも他のふたりもそれ以外考えていなかった。最終的に、デザインを直太朗、印刷を哲、裁断と封筒詰めを結人が担当することになって、その日の作戦会議は終了した。
課外活動終了のチャイムが鳴って、帰りの昇降口。直太朗が結人の顔を覗き込んだ。
「ゆいと、ありがとう」
「いや、たいしたことは言ってないよ」
「ううん、そうじゃなくて」
直太朗の頬が夕陽に照らされて橙色に染まる。結人は思わず立ち尽くした。
「おれたちの手芸部を、好きになってくれて、ありがとう」
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