スパンコール
数日後、同好会参加届を出した結人は早速手芸同好会のメンバーと顔合わせをすることになった。メンバーといっても直太朗の他にはもうひとりしかいないらしく、よくそれで同好会を承認してもらえたな、と結人は内心感心した。話を聞いてみると、昨年度までは物好きな高校二年生――この学校は課外活動ができるのは高校二年生までだ――の生徒が何人かいたらしいので、そのおかげなのかもしれない。
直太朗の案内で特別教室棟に向かう。結人が復帰してからの家庭科の授業で数回行ったことのある家庭科室、を通り過ぎて、直太朗は家庭科準備室のドアノブに手をかけた。
「手芸部なら、家庭科室じゃないのか?」
結人のまっとうな疑問に、直太朗は苦く笑う。
「今は手芸同好会だから。部活に昇格したら、家庭科室使っていいんだって」
「……なるほど」
結人が肩をすくめたところで、ドアのすりガラスの窓の向こうの人影が動いた。見えるかどうか定かではないのに、直太朗はその人影に手を振る。そしてまたドアノブを握り直して、結人を振り返った。
「じゃあ、いくよ」
「ああ」
ガチャリとドアが開くと、トルソーやミシンや大きな竹定規なんかがところせましと並んでいる中に、丸刈りの頭が特徴的な少年がひとりたたずんでいた。結人の後ろから入ってきた直太朗を見ると、ひょいと片手を振る。
「古賀チャン、ちっすー」
「てっちゃん、連れてきたよ!」
てっちゃんと呼ばれた少年と結人の間に直太朗が立って、まずは片手で少年の方を示す。
「ゆいと、この子がさっき話した手芸部のメンバーで、栗谷哲くん」
哲は糸目の端と口角を上げて笑みを浮かべると、首だけで軽く会釈した。
「どーも。手芸同好会ナンバーツー、かわやじゃなくてくりやの栗谷です、よろしくー」
「……?」
「え、通じない? マジか。いやまあ確かに古賀チャンの友達だからそうなのかしかし」
結人が反応に困っていると哲が急に頭を抱え始めたので、結人はさらに困惑する。しかし哲はすぐに元の姿勢に戻った。それどころか細い目をさらに細くしてぴんと右手の人差し指を立てる。
「古典の授業で出てくるでしょ、
哲は長いセリフを言いながらひょいひょい表情が変わる。芸人みたいだな、と結人は思ったがさすがに言わなかった。代わりに小さく笑う。
「それは変えた方がいいかもしれないな」
「ガーン。ショック!」
ふたりのやりとりに、直太朗は声を出して笑った。部屋の隅から丸椅子を出してきて結人にすすめるので、結人はそこに座る。直太朗も引っ張り出してきた丸椅子に、哲はさっきまで作業をしていたのであろうミシンの前の丸椅子に座った。
「で、そっちは?」
「霧島結人」
哲の問いかけにとりあえず名乗った結人だったが、哲がなにやらニヤついているのを見て咳払いした。
「特にギャグとかはない」
「ざんねーん」
「てっちゃんくらいだよ、持ちギャグあるの」
三人はくすくす笑う。結人は自分で思っていたより早くこの場に溶け込みつつある自分に内心少し驚いていた。哲の性格のせいだろうか。直太朗がいるからというのもあるかもしれない。
「中学まではサッカーやってたけど、事故で片目の視力がなくなってできなくなった。そんなところにナオがどうしてもって言うからここに入ることにした。できることはするつもり、よろしく」
「モデルになって、って頼んだんだ」
「へえ~」
哲は興味深そうに声を上げて結人と直太朗を見比べる。
「まあ確かに? 非常に遺憾ですが霧島クンがボクよりイケメンであることは認めます」
「なんだそりゃ」
思わずツッコんだ結人に直太朗はまた笑う。哲にも心なしかからかっているような笑みが浮かんでいる。
「でもそれを抜きにしても、古賀チャンにどうしてもと言わせるとは、なかなかの逸材と見た」
「え? おれ、そんなキャラじゃないよ」
「いやいや。こと手芸に関しては口酸っぱいのが古賀チャンですから」
「違うったら。ゆいと、違うからね?」
今度は結人が思わず声を出して笑う番だった。
こうして、最初の顔合わせは想像以上に和やかに時間が過ぎていったのであった。
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