チェーンステッチ
その昼休みがあってからというもの、直太朗は昼休みや放課後になにかと結人を構いにくるようになった。その日は昼休みの食堂が限定メニューで混んでいたので結人が購買部へきびすを返すと、直太朗も一緒になって購買部へ向かう。
「そこまで付いてこなくてもいいんじゃないか」
「でも、話し相手がいた方が楽しいでしょ?」
「……それは、否定できない」
直太朗はにこにこと笑い、結人は苦笑して購買部に着くと、二人揃ってパンの棚に向かった。結人はカレーパン、直太朗は購買部特製オムレツパン、通称オムパンを手に取る。
「ゆいとって、もしかしてカレー好きでしょ」
「そういうナオは……なんだそれ」
「購買部名物オムパンだよ! 薄焼き卵と中のトマトグラタンとふわふわパンのコラボが美味しいんだから」
「あんまり心惹かれないな……」
「ええー、なんでー?」
購買部のおばちゃんに笑われながら会計を済ませ、やはり二人揃って高校一年生の階のラウンジに向かって適当な席を確保する。すっかり直太朗のペースに乗せられている気もするが、悪い気もしないので結人はカレーパンの袋を開けた。しばし二人とも空腹を満たすことに集中する。パンが残り三分の一くらいになったところで直太朗が先に口を開いた。
「ゆいと、退部届提出したんだって?」
「ああ……昨日の放課後な。面倒だったからだいぶ延びたけど」
「じゃあ次はこれだね」
オムパンを袋に戻して直太朗がポケットの中から取り出したのは、「同好会参加届」。もちろん同好会名のところには「手芸同好会」と書いてある。結人は思わずパンを口に入れたまま小さく笑って、その反動でむせかえった。
「そんなに笑わないでよ、おれは真剣だよ」
むくれたように頬を膨らませる直太朗に、結人は胸の辺りを叩いて呼吸を整える。
「悪い。でも本当に手先は不器用なんだよ」
「だからそれはやってるうちに慣れるって」
「どうかな……」
最近はずっとこの応酬が続いていた。結人はずっとサッカー一筋だったので他のことをしている自分が想像できないし、直太朗もそんな結人を引き込めるだけの決定的な材料を持っていないのだ。
お互いに言葉を探しているうちに昼休みの終了時刻が近付いて、二人は慌てて残りのパンを口に詰め込んだ。
また別の日の放課後。教室で結人がイヤホンで音楽を聴きながら宿題に取り組んでいると、音楽を邪魔するほどの勢いで教室のドアが引き開けられた音が響いた。結人が片耳のイヤホンを外してドアの方を向くと、そこには走ってきたのだろうか、息を切らせた直太朗がいる。
「……ナオ? 今日は手芸部じゃなかったのか?」
結人の問いかけに答えずに、直太朗は大きく深呼吸しながら結人の席へ一直線に歩いてくる。そして、イヤホンを外した姿勢のまま宙ぶらりんになっていた結人の手を両手で握った。
「ゆいと!」
「だから、な、なんだよ」
直太朗の瞳は最初に結人を手芸部に誘ったときと負けず劣らずの輝きを放っている。そしてその目が笑みの形に細められた。
「あのねゆいと、手芸部で作る服のモデルになって!」
結人は少しの間何を言われたのかわからずに固まっていたが、少しして、直太朗が結人を手芸部に入れるためのとびっきりの理由を見つけてきたのだと気付いてがっくりと肩の力を抜いた。
「モデル……ねえ」
「採寸は服の上からだし、立ってるだけでいいから楽だよ? 他の時間は何しててもいいし、完成したらかっこいい服を着られるって約束する!」
直太朗はこれでもかと握った結人の手をぶんぶん上下に振りながら力説する。結人の方もこれだけ熱心に誘われて断るほどの強い理由はない。帰宅部なんて退屈で、ほんの数日で飽き飽きしてしまっていたところなのだ。
ただひとつ、結人はほんの少し気になることがあった。結人は楽しげな直太朗の目を見つめる。
「なあナオ、そんなに俺に入ってほしいのか?」
直太朗は少しあっけにとられたように目を瞬かせたあと、大きく首を縦に振った。
「うん、もちろん! ゆいとだから誘ってるんだよ」
「そっか」
結人は握られている手を動かして直太朗の手を握り返す。満面の笑みなんて結人はめったに見せないのだが、今回ばかりは白い歯が覗いた。
「それなら、モデル、やるしかねえな」
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