鬼の住まう島②
「一人でなんて危険すぎるよ。絶対駄目だって」
飛助が、一人で船を降りようとする太郎の背中に縋りつく。
「そうだよゥ、坊。確かに四人でぞろぞろ行くのは目立ちすぎるかもしれないけど」
「じゃ、おいらと行こ。おいらなら、いざって時、タロちゃん抱えてサッと逃げられるし。木の上をひょいひょいって渡れば鬼なんかに捕まらないよ」
ね、ね、と丸っこい目を輝かせ、精一杯の笑顔を振り撒く飛助の横っ面をぐい、と押して、青衣が「いいや」と割り込む。
「坊、それならわっちに決まってるよねェ。何たって隠密行動にかけては忍びの右に出るものなんざいないからねェ?」
「駄目駄目、姐御はか弱いんだからさぁ、ここで大人しく待ってなよぅ。正面から来られたらそんな細腕ぽっきりだぜ?」
自分を挟んで我が我がと言い合う二人に、太郎は、どうしたものかと視線を行ったり来たりさせている。
と。
「おれが行く」
そう言うや否や、白狼丸は有無を言わさず太郎の手を掴む。そしてその手をぐい、と引っ張ると、大きく船を揺らしてそこから飛び降りた。砂の上に着地してからもその勢いは止まらず、太郎を半ば引き摺るような形で、彼は林の中へと消えていった。
「あーらら、やっぱり白ちゃんに取られちゃった。どうする姐御? おいら達、留守番?」
「こっそり行くかい、お猿? ただし、鬼に見つかってもわっちは助けないよゥ?」
「そっくりそのまま返すよぅーだ」
「……とりあえずこいつらが逃げないようにしとかないとねェ」
依然として櫂を握りしめていた若い漁師達は、二人が降りた後で船を動かそうとしていたらしく、青衣のその言葉にぎくりと肩を震わせた。
「なァに、ほんのちょっと休んでもらうだけさね」
そう言うや、懐から取り出した扇子をふわりと一扇ぎして――、
「さ、二人を追うよ」
ぱたりとそれを閉じ、船からひらりと降りた。
「……っは、白狼丸!」
「何だ」
「止まれよ、どこに行くんだ。どこに向かってるんだ」
どうにか転ばぬようと必死に足を動かしながら、太郎が問い掛ける。やっとその声が届いたか、白狼丸はぴたりと立ち止まった。
「そういやどこに行くんだろうな」
「わかってなかったのか!」
「そりゃそうだろ、こんなところ初めて来たんだし。むしろおれはお前に連れてってもらおうとだな」
「そんなこと言われても俺だって知らないよ」
「どうする」
「どうしようか」
林の中で向かい合い、ううん、と唸る。ざぁざぁと木々を揺らす風に潮の香りが混ざっている。くん、と鼻を鳴らした太郎が、「近い」と呟いた。
「何が」
「いま、夢の中と同じ香りがした。こっちだ」
まるで暗示にでもかかったかのように、一点を見つめながらふらふらと歩き始める。白狼丸が、おい、と声をかけても彼の耳には届いていないようだった。
林の中をひたすらまっすぐ進んでいくと、草原に出た。目を凝らしても、山一つ見えない。島の真上には真っ黒い雲が陣取っているのに、島の外の空はきれいに晴れ上がっていて、真っ青な空と、その下にはわずかに海が見えた。
ということは、あの先は崖になっているんだろう。
白狼丸はそんなことを考える。
そこは彼らの
「お兄ちゃん達、誰」
その声に驚いて振り向くと、いつからそこにいたのか、小さな女の子が二人を見上げていた。うっすらと赤みのある白い肌の少女である。眉の上、前髪の生え際に小さな突起が二つあった。
「人間?」
その声にはわずかに怯えが混ざっている。が、その中に『興味』の二文字もちらりと顔を覗かせていて、くりくりとした
「そうだよ。勝手に入ってきちゃってごめん。何もしないから」
怖がらせないように距離を取り、腰を落としてゆっくり話す。こういうのはやはり太郎の方が良いだろう、と思い、白狼丸はその場にしゃがむだけで口をつぐんでいた。
「本当に、何もしない? あたしの角、折ったりしない?」
そう言って、隠すようにそれを握る。
「しないよ。人間は、君達にそんなことをするのか?」
そう尋ねると、鬼の少女はこくりと頷く。
「じいちゃまが言うの。人間は小鬼の角を削って薬にするんだって。角がなくなったら、あたし、鬼じゃなくなっちゃう。
その年で――その子はせいぜい五、六歳にしか見えなかった――すでに将来を誓い合った相手がいるのかと、白狼丸は微笑ましく思ったが、太郎の方はかなり衝撃を受けた様子である。この子にそんな相手がいることにではなく、人間の所業について、だ。
「安心しろ、おれらは薬師でもねぇんだ。お前達の角なんか一本たりとも欲しかねぇよ」
口も利けない様子の太郎に代わってそう言い、にぃぃ、と犬歯を見せてやると、彼女は、ぱぁ、と表情を明るくさせた。
「わぁ、立派な牙! 良いなぁ良いなぁ。あたし、毎日石を齧ってるのに、ちっとも大きくならないのよ、ほら!」
口の端に指を引っ掻けて大きく開けて見せるが、そこにはあるのは可愛らしい小さな乳歯のようである。
「そんなん、こっからだこっから。そいつが抜けたら新しいの生えてくっからよぉ」
「ほん
「おう。歯が生え変わるのは人間も鬼も同じみてぇだしな。これなんかそうだろ、最近抜けたな?」
「うん」
そろそろ離せ、別嬪が台無しだぞ、なんて世辞もつけてやれば、彼女はえへへと笑って指を離した。唾液まみれの指を着物で乱暴に拭く。
そんなやり取りをしている間に気を持ち直したらしい太郎が、懐から布に包まれたかんざしを取り出した。
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