鬼の島の宝③

「って、いつまでも馬鹿なことやってる場合じゃないんだよゥ」

 

 ぱんぱん、と両手を打ち鳴らす。


「それで、だ。かんざしの出どころはわかった。さて、ここからどうする」


 ちらり、と太郎を見ると、彼は眉間に深いしわを刻んで、ううん、と唸っている。


「ちなみに、そのかんざしは、これまでもさんざんをしてきたらしいんだよゥ」

「悪さ?」


 食いついたのは白狼丸だ。


「最初はその漁師の妻のものだった。当時二十五くらいだったらしいが、髪飾りなんていままで贈られたことがなかったから、それはそれは喜んで毎日身に着けていたんだと」

「そ、それで……?」


 飛助が恐る恐る続きを促す。


「三日三晩暴れ回って、亭主を口汚く罵ったそうだよ。稼ぎが悪いだの、アッチの方が弱いだの、ってねェ」

「あっち? あっちが弱いというのは一体……」

「ああ、えっとタロちゃん、そこは一旦置いとこ?」

「おや、失敬。坊にはまだ早かったかねェ。それで、取っ組み合いの喧嘩になったらしくてねェ、そのはずみでかんざしが落ちたんだ。そしたら憑き物が落ちたみたいに――」

「成る程」


 ただもちろん、その時はそのかんざしのせいだとは思わなかったらしい。ここまでではなくとも、普段からこういった喧嘩は珍しくない夫婦だったからである。けれども女の勘というやつなのか、そのかんざしはつけないようになったらしい。


 それで今度は、その妻の姪っ子が好いた男と祭に行くといって、彼女に着物を借りに来た。せっかくだからもっとめかしこんではどうかと、そのかんざしを貸したのだという。


「それで、どうなったの?」


 いつの間にか飛助は太郎の袖をぎゅっと握りしめていた。この手の話に弱いのか、それとも青衣の話がうまいのか、怪談話に怯えるわっぱのようである。怖いけれども聞きたい、聞きたいけれども怖い、と。それを面白がった青衣がわざと不気味にヒヒヒと笑って、べろり、と舌なめずりをすると、飛助は、ひぃ、と身を強張らせた。それを太郎が「青衣」の一言でたしなめる。


「いや、大したこたァないんだよゥ」


 その言葉に、なぁんだ、と胸を撫で下ろしたのも束の間。


「男の方を刺し殺しかけただけさね、そのかんざしで」


 さらりと放たれた物騒な言葉に、飛助はいよいよ太郎に抱き着いた。大丈夫大丈夫、と太郎が彼の背中を擦ると、どさくさ紛れに頬ずりまでし始め、白狼丸に引き剥がされる。


「まァ、そういうことが何件かあったらしい。それで、その漁師も恐ろしくなって、例の物売りに鬼の島の宝だとか適当なことを言って売りつけた、ってェわけさ」


 ほぉ、と白狼丸が感心したような声を上げる。「よくそこまで吐かせたな」と。


「そりゃァ、わっちほどの美人に迫られちゃァ、何でもぺらぺらしゃべりたくなっちまうだろうねェ」


 ほほほ、と得意気に高笑いすると、白狼丸もつられてガハハと笑う。そして、急にギッと眉を吊り上げたかと思うと、ずい、と身を乗り出した。


「なぁ、姐御よ。お前一体何者だ」


 急に空気がぴんと張りつめる。

 どうしたんだ白狼丸、という太郎の言葉を無視して、続けた。


「ただの薬師じゃねぇな。懐に何を隠してやがる。さっきから妙な臭いが鼻につくんだよ」


 挑発的な視線を向けてニヤリと笑うと、青衣もまた、口角を目一杯上げて、クククと喉を鳴らした。


「おや、随分鼻の利く犬だこと」


 そう言うと、懐から扇子を一本取り出して、白狼丸の前に置いた。


「そう、これだ。これがくせぇ。甘ったるい、嫌な臭いだ。これは何だ」


 大袈裟に鼻を摘まんで見せると、青衣は、にんまりと笑って「やだねェ」と甘えたような声を出し、足を崩してしなを作った。


「わっちみたいなか弱い人間の武器と言やァ、毒と相場が決まってるだろう?」


 ふふ、と目を細められれば、背中に冷たいものでも流し込まれたかのように、ぞくりと身体が冷える。『毒』という言葉に太郎と飛助が腰を浮かせた。


「安心おし、坊にお猿。これは死ぬような毒じゃァないよゥ。ちょいとおしゃべりになって、良い夢を見るだけさ」

「自白薬ってわけか」


 白狼丸のその言葉には答えず、ただ頬を緩める。


「青衣、お前は一体何者なんだ」


 さっきの白狼丸の問いを、今度は太郎がぶつける。すると青衣は「頭に聞かれちゃァ、答えないわけにもいかないねェ」とやはり楽しそうに笑うのである。降参降参、などと口先だけで観念した振りをして、首を振った。


「信じるか否かは任せるけど、わっちはね、ここからうんと南の方の城に仕えていた忍びだったのさ」

「忍び? 忍者ってこと?」

「そ。ただね、わっちは闇に紛れる忍びじゃァなかった。白昼堂々と標的に近付いて、欲しい情報を持ち帰るんだ。自分で言うのもなんだけど、ここまでの器量良しだからねェ。使わない手はないだろう?」


 確かに、と頷いたのは白狼丸と飛助だけで、太郎はその二人が深く頷く真ん中で、そういうものなのか? と不思議そうな顔をしている。


「……それで、人を殺したことはあるのか」


 白狼丸がそう聞いたのは、もし、青衣が人を殺めたことがあるのなら、太郎が何といっても仲間から外すつもりだったからである。さっきまでどこか人を食ったような態度でニヤニヤと笑っていた青衣は、急に真顔になってゆっくりと一人一人に視線を送り、「いいや」と言った。


「他人はただの一人も殺したことはないよ。殺しは専門のやつがいたからね」


 と言っても、信じられないだろうがね、と笑うその顔は、どことなく寂しそうである。演技なのか、それとも。


 ただ、それに食いついた者がある。

 太郎である。


「他人は、というのは、どういう意味だ」と。


 気付いたね、とでも言わんばかりに、目を細め、青衣は言った。


「わっちが殺したのは、自分だけさ」

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