鬼の島の宝②

 何が何やらという間に、ぐいぐいと背中を押されて奥の部屋に通された太郎は、そこの中心に青衣がいるのを見て、成る程、と理解した。


「もう調べはついたのか」


 丸々二日かかると思っていたが、と言うと、青衣は、青衣姐さんを舐めんじゃないよ、と鼻で笑う。


「簡単すぎて欠伸が出ちまったよゥ」


 向かいに座り、それで、と身を乗り出すと、青衣は、まだ、と首を振る。


「まだ揃ってないだろう?」

「揃ってない? 何が――」


 と。


 どたどたという足音が聞こえてきた。

 それがだんだん大きくなる。近付いているようである。そして、それが止まったかと思うと、今度はすぱぁんと勢いよく襖が開かれた。

 そこから、先を争うように身体を滑り込ませて現れたのは、真っ赤な顔をした白狼丸と飛助である。二人共、ぜぇはぁと肩で呼吸をしており、額には汗を浮かべていた。


「おい太郎、今度はどうした!?」

「タロちゃん何、また桃?!」


 が、その太郎はというと、けろりとした顔で、きちんと正座をしている。顔色も悪くなく、健康そのものである。いつも通りの涼しい顔をした美丈夫がそこにいた。

 それを見て、二人は同時に首を傾げる。


「白狼丸、飛助。そんなに慌ててどうしたんだ」

「どうしたんだって、そりゃあお前……」

「おいら達タロちゃんが大変だって聞いたからさぁ~……」


 白狼丸はがくりとその場にしゃがみ込み、飛助はへなりと尻をつく。それを見て、青衣は、ほほほと愉快そうに笑った。


「愛されてるねェ、坊。かしらってェのはそれでこそだよゥ」


 いつの間にこいつが頭になったんだと思わないでもない白狼丸ではあったが、けれども確かにいつだって自分達は太郎を中心に動いているのである。ならばやはり自分達の頭は太郎なのだろう。


「そんなことより、だ」


 こほん、と一つ咳払いをして、青衣は、南杜潟みなみもりかたという町で商売をしていたくだんの移動物売りから得た情報を話した。


「鬼の住む島の宝、ねぇ」


 車座になって地図を広げ、鬼ヶ島と呼ばれている千石島を指差す。上手くいけば南杜潟の外れにある西郡沖から、約半日ほどで行けるらしい。


「その漁師が当時を思い出して言うにはねェ」


 一応、その島へはなるべく近付かないようにしていたのだという。何せ鬼が住むという島だ。

 それにその島の周りは潮の流れが変わっていて、それに上手いこと乗らないことには近付くことさえ出来ないらしい。けれども、その日は運良く――なのか、それとも悪くなのかはわからないが、それに乗ってしまったのである。その前の晩に通過した酷い嵐のせいもあるかもしれない。嵐の後は珍しい魚が捕れるからと張り切って船を出したのが悔やまれる。


 あれよあれよという間に船は流され、島へとたどり着いてしまったというわけである。


「島を出る時は、もう無我夢中だったみたいでねェ。何せ、真っ赤な顔をした鬼達がわらわらと出てきたらしいから」


 無理もないよねェ、と続けて、青衣は三人を見回した。絵巻物の中の作り話などではない『生きた』鬼の話に、飛助はもちろんのこと、白狼丸さえもぶるりと肩を震わせた。

 そこで太郎は、飛助が出会って間もなくの頃、鬼に対して並々ならぬ恐怖心を抱いていたことを思い出した。といってもあれは金を借りている石蕗屋に二人を近付けないようにするための演技だったのだが、それをすっかり信じきっている太郎は、飛助の背中に手を回して優しくとんとんと叩いてやった。


「え? な、何、タロちゃん?」


 その優しさと手の温かさについ瞼が落ちそうになるが、いまはそんな状況ではない。


「飛助は鬼が怖いんだもんな。ごめんな、お前がいるところでこんな話しちゃって。もう少しだけ我慢してくれ」

「た、タロちゃぁん……」


 眉を寄せ気遣わしげな視線を向ける太郎の方がよほど苦しそうな顔をしており、飛助は乙女のように胸に手を当てた。もういまさらあの時のあれは演技で、なんて言えない。だって、これはこれで美味しい。


「おうおう、馬鹿猿。生娘きむすめみてぇに頬染めてんじゃねぇよ、気色悪いったらねぇなぁ」

「うるさいなぁ。いまおいら達二人だけの世界なんだから、入ってくるなよ、この駄犬!」

「駄犬だとぉ? 言ったなてめぇ! だいたいお前は最近太郎にべたべた触りすぎなんだよ! こいつが男に目覚めたらどうしてくれる!」

「へへぇん、目覚めたら目覚めたで好都合だね。おいらがいただいちゃうから~」

「お前の趣味は年上のお姉様だろうが! 太郎は年下だし男だぞ!」

「タロちゃんは特別枠なの! おいらタロちゃんにだったら抱かれても良い!」

「お前が抱かれる側なのかよ!」


 またいつものが始まったかと、太郎は一つため息をつく。青衣は青衣で、おやおや、芝居小屋の漫才を見るよりよっぽど面白いじゃァないか、ところころ笑っている。


「白狼丸も飛助もいい加減にしないか」


 その言葉で二人がぴたりと口論を止めると、青衣はにんまりと笑みを浮かべ、さすがは頭だ、と感心した。白狼丸と飛助はややばつが悪そうな顔をして、口を一文字に結んだが、それは何やらもごもごと蠢いており、まるで、次に飛び出す予定だった言葉が、そこで堰き止められているかのようである。


 そんな二人に対し、ゆっくりと順に目を合わせ、まるで幼子に言い含めるかのように太郎は言う。


「良いか、白狼丸。わかってると思うが俺は男だ。だから、男にはとっくの昔に目覚めてる」

「――んぶふぅっ?!」

「それから飛助、そんなに抱いてほしいなら遠慮しないで言ってくれ。お前のことくらいいつだって抱いてやるから」

「――っぐふぅっ?!」


 違う。

 そういう意味じゃない。

 その『目覚める』は、そういう意味じゃないし、『抱く』にしても、抱き上げるとか、そういう類の『抱く』ではないのだ。


「ち、畜生……っ。ほんとにこいつは……!!」

「いつでも抱いてやるって……絶対ウチの姉さん達には聞かせらんねぇ……!!」


 土下座でもするように背中を丸めて腹を抱え、必死に笑いを堪えながら二人はぷるぷると震えている。


「えっ、急にどうしたんだ二人共。腹でも痛いのか?」


 いきなり丸まって震え出した二人を心配し、太郎は、腰を浮かせておろおろし始めた。それに追い討ちをかけるかのように飛助が、


「もう、おいら腹がよじれて死にそう。姐御、助けてよぅ」


 などと息も絶え絶えに言うものだから、腹が捩れて死ぬとは一大事だと、太郎は、どうしよう青衣、何か良い薬はないだろうか、と青ざめた。


 それを見て青衣は、こりゃァ良い、と声を上げて笑い、


「坊、本当にアンタは最高だよ」


 と言った。

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