可愛い見張り役①
「皆様、本日はどうぞよろしくお願い致します」
紅葉のような小さな手をきちんと揃え、
「雛乃お嬢様、そう畏まらずに」
「そうですよぉ。おいら達、久しぶりの休みなんですから、そんなんじゃ気も休まりませんってぇ」
己よりも頭一つ分以上大きな男に挟まれ左右からそう言われると、雛乃は視線を忙しなく移動させ、ごめんなさい、と頬に手を当てた。その仕草も大変愛らしく、飛助は「参ったなぁ」と目尻を下げている。
「おい飛助、雛乃に手を出したらただじゃおかんぞ」
だったらそもそも見張りになんて抜擢しなければ良いのに、と太郎を除く二名は思った。
「しませんってぇ。やだなぁ旦那様。おいらはね、どっちかっていうと年上のお姉様に可愛がられたい方なの。なぁんにも知らないうぶな子を自分好みに育てたいのは、むしろ白ちゃんでしょ」
「またお前は勝手なことを……! だから、おれだってさすがにこんなガキに手ェ出さねぇって」
「そんじゃあ、もうちょいいってたら出すってことじゃん?」
雛乃を挟んで突如始まった口論に、平八は腕を組んで、「ううむ、これは安心して良いのかどうなのか……?」と唸る。
ぎゃあぎゃあと己の性癖を暴露する男達の真ん中で、話の内容を理解しているらしい雛乃が真っ赤な顔で俯いている。そこへ太郎が腰を落として視線を合わせ、「雛乃お嬢様」と声をかける。太郎に対し淡い気持ちのある雛乃は、急に近付いてきた美麗な面輪に、きゃあ、と小さく叫んだ。
「申し訳ありません、驚かせてしまいましたか? あの、二人共いつもああやって喧嘩をするんですが、決して仲が悪いというわけではないんです」
「ええと、はい、存じておりますわ」
「良かった。今後も度々このようなことがあるかと思いますが、どうかお気になさらず」
「わかりました。それで、あの――」
「何でしょう」
いまだ赤みの残る顔で、何やら思い詰めたように真っ直ぐ太郎を見つめる。
「太郎様は、年上と年下と、どちらがお好みですの?」
「……はい?」
二人の話を太郎がまるで理解していないということを、雛乃は知らなかった。
姉のように慕っている女中達から、意中の男性の落とし方やら、恋人達の秘め事やらを聞いている雛乃は年の割にませている。それも女中達が面白がって雛乃に聞かせたのではなく、彼女が知りたがって尋ねてくるのだ。お嬢様の頼みとあらば仕方がない、などという
そういうわけで、雛乃は、見た目こそうぶな十の少女であるけれど、知識だけは太郎の遥か先を行っているのだった。
「私は年上も年下も」
どちらも特に好みというわけでは、と続ける前に、雛乃が「まぁ!」と両手を合わせる。
「それなら良かったですわ」
うふふ、と顔を綻ばせる雛乃に、何が良かったのかは皆目わからないが、とにかく良かったのだろう、と自身を納得させる。そのうちにどうやら二人の口論も終了していたようで、「待たせたな」と白狼丸が頭上から声をかけた。
いつまでもここにいては休日が始まらない、と三人は雛乃を伴って外へ出た。外の空気など、店先に立っている太郎は毎日吸っているというのに、今日は殊更爽やかに感じられる。これが自由の香りなのかと思い、太郎は肺いっぱいにそれを吸い込んだ。
さて、まずはどこへ行こうか、という話になるものの、少女を連れて入れる店などたかが知れている。飛助がどうしてもウチの店以外の甘味が食べたいと騒ぐので甘味処であんみつを食べ、その隣の乾物屋の女将に勧められるがまま海苔やら昆布やらの佃煮を食った。どうにも食に偏ってしまうと白狼丸がぼやくと、だったらあれはどうだ、と太郎が指差したのは竹細工が並ぶ露店である。
「ほぉ、うまいもんだ」
その一つを手に取り、様々な角度から見る。
「太郎のばあ様のもうまいけどな」
世辞でもなしにそう言うと、太郎は嬉しいのだろう、ありがとう、とはにかむ。ただ実は、白狼丸の方では、本当はばあ様の方がうまいだろうと思っている。けれど、店主の前でそう言うのはさすがに無礼が過ぎるし、売り物としては十分なほどに良く出来ていた。
「太郎様のおばあ様は竹細工職人さんなんですか?」
どうにかその話に混ざりたい雛乃が精一杯背伸びをして尋ねる。
「いいえ、職人というわけではありません。ほんの
ほんの手遊びであの質かよ、と思わずにはいられなかったが、太郎がそう言うのだ、きっとばあ様の方でもそれくらい肩の力を抜いて作っていたのだろう。
「それと、雛乃お嬢様。『様』などいりませんから。太郎とお呼び下さって結構です」
「そんな、殿方を呼び捨てになど……!」
「ですが」
「良いじゃねぇか、嬢ちゃんがそう呼びたいんだったら」
「そうだよタロちゃん。淑女っていうのはね、そういうもんなの。ウチの姉さん達みたいに呼び捨てなんてしないんだよ」
「そういうものなのか」
と太郎は感心したが、実は雛乃は平素、男の従業員に対しては名を呼び捨てている。太郎に対し『様』をつけたのは、もちろん彼に対して恋心を抱いているためであり、飛助や白狼丸に対しては他の従業員同様呼び捨てるつもりでいた。
けれども、こうなってしまった以上、この、身だけではなく頭も軽そうな飛助のことも、礼儀も何も知らない野良犬のような白狼丸のことも『様』をつけて呼ばなくてはならなくなった、と雛乃は小さく舌打ちをした。
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