飛助のついた嘘②

「いや、だから何でおれらまで」


 くだんの大店の奥の部屋である。

 ここはこの東地蔵あずまじぞうでもっとも栄えている菓子屋で、名を『石蕗つわぶき屋』という。


 もともとは小さな甘味処だったのだが、何でも、どこぞの城の殿様がこの町をたまたま通りがかった時にここの饅頭だか干菓子だかを食したらしく、その味を大層褒めたのだとか。もちろんそれは、その一時のみの話であったのに、噂はあっという間に広まり、石蕗屋は『殿様御用達の菓子処』ということになった。それがあながち間違いでもないことに、年に数度、その城から大口の注文が入ったりもする。


 そうなれば繁盛するなという方が無理な話だ。

 あっという間に小さな甘味処は、二代のうちに町一番の大店になったというわけである。


「それで、おい飛助」

「……はぁい」

「お前、何かおれらに言うことはねぇのか」

「ごめんなさい」

「ごめんで済むかよ! おれらを巻き込みやがって!」

「待ってくれよ。おいらは巻き込む気なんかなかったよぅ! ちゃんと他人の振りしたじゃないか! それなのに――」


 そう、確かにあの時、飛助は他人の振りをしたのだ。目をぎゅっと瞑り、すまなそうに軽く頭を下げたが、事情を知る白狼丸にこそはっきりと見てとれたものの、そんな微かな動きを誰が目に留めただろう。だからこそ、白狼丸の方でも言葉を発することなく、行けと目配せしたのだ。


 それなのに。


「えっと、ごめん。俺、なんだよな?」


 それを良しとしなかったのは太郎だ。


 襟を掴んで捕まえたまでは良かった。お尋ね者を捕らえるのに手を貸したのだとでも言えば感謝されるだけで終わったはずなのだ。飛助の方でも頑なに無関係だと主張した。こいつなんて知らない、誰かと間違えてるんだろうと何度も言った。そういうことにしてくれよ、と目でも訴えた。

 

 だけど太郎はその度に悲しそうな顔をして、どうしてそんなことを言うんだ、一緒に行こうと言ったのは飛助の方じゃないかと眉を寄せるのである。

 大きな瞳を潤ませて長い睫毛を伏せ、苦しげに小首を傾げれば、太郎と長い付き合いであるはずの白狼丸でさえ、くらりと目眩を覚えるほどに色っぽい。


 白狼丸の記憶では、その場にいた男共は全員一瞬太郎の性別を忘れて微かに前屈みになっていたと思う。もちろん、皆さりげなく袴を直したり、不自然に腕を組み替えたり、ううんと唸って背中を丸めるなどしてどうにか誤魔化そうとしていたが、白狼丸にはお見通しである。

 

 飛助なんかは露骨なもので、身体をがっつりとくの字に曲げた状態でぐっと歯を食いしばり、くっそぉ、と呻いたほどだ。己自身と戦っていたのだろう。あいつは男だ、男に欲情してどうする、と。出会ってすぐに「腰に来る」なんて笑っていた癖に、実際にそうなったらなったで気まずいものがあるらしい。


 いや、無理もねぇよなぁ。


 白狼丸にはその気持ちが痛いほどよくわかるから、うんうん、と他人事のように頷いていた。何ならその場にいる男連中に対し「同士よ!」などと言って酒でも酌み交わしたい気分である。


 そこでさすがの飛助も折れ、タロちゃんごめん、と項垂れたのが決定打となり、白狼丸と太郎も飛助の仲間であるとバレてしまったというわけなのである。


 だからまぁ、厳密にいえば太郎のせいなのだ。

 しかし、白狼丸は太郎を責められなかった。太郎は人見知りをする質だが、それだけに心を許した者に対しての執着心が強い。自分との関係を見れば明らかである。

 この飛助の何が彼の琴線に触れたのかはわからないが、とにかく太郎は飛助を『仲間』と認定したのだ。そうなれば太郎は絶対に飛助を見放したりはしない。


 仲間とバレはしたものの、付き合いが浅いことだけはどうにか信じてもらえた。だから、縄を打たれ、人一人がやっと入れる大きさの檻に入れられているのは飛助だけで、太郎と白狼丸はというと、その向かいにただ座って沙汰を待っている状態なのである。


「それで、結局何がどうなってこんなことになってんだよ。ここまで来たらもう全部話せや」


 白狼丸が眉間に深いしわを刻んでぎろりと睨みつけると、さすがの飛助もぶるりと身を震わせて「わかったよぅ」と息を吐いた。


「でも、おいらのことに関してはほとんど嘘は言ってないんだ。団長がいなくなったって言ったろ? それな、おいらの親父。興行中にヘマしたのもほんと。年なのかな、いつもはやらないようなつまんない失敗してさ、片足を駄目にしちまった」


 鉄格子を握り、身体を倒して、こつん、と額をそれにつける。そこで、はぁ、と大きなため息をついた。


「だからさ、世代交代っつぅのかな、息子のおいらもいるわけだし、皆も団長がやれない分頑張ろうぜってそんな風に団結してさ」


 けど、と言って、ぐず、と鼻を啜る。


「親父は駄目だった。弱かったんだ。もう何もかもおしまいだって思ったんだろうな。興行のために借りた金を全部持って逃げたんだ。その金を貸してくれてたのがここってわけ」


 金がないと派手な興行も出来ない。

 興行が出来ないから金も返せない。


 団の中には若い女も子どももいたから、借金のかたに売り飛ばされたりでもしたら大変だ。そう思った飛助はそこで初めて『団長の息子』という立場を大いに利用した。嫌がる団員達を押し切って無理やり団を解散し、借金を一人で背負って逃走したのである。それで、とにかく東地蔵から離れてどこか他の町に――と思っていたところで二人と出会ったわけである。


「これが全てだよ。全部話した」


 ぐしぐしと袖で乱暴に顔を拭った飛助の目と鼻は真っ赤になっている。そして、そのまま冷たい床に手をつく。


「本当にごめん。ごめん、なさい。巻き込むつもりはなかったけど、そもそもおいらが声なんかかけたのが悪かったんだ。だけどさ、おいら、本当に寂しくて。一人が寂しいってのも本当なんだ。この年でこんなこと言うの恥ずかしいけど、おいら、生まれてこの方一人で寝たことってなくってさ。眠れないんだよ、一人だと。それで、つい」


 情けないよな、十七にもなって、と言って、飛助はしゅんと肩を落とした。

 

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