太郎と三人の仲間②

「どの辺から、って……」


 そこで青衣は、隣に座る飛助をちらりと見た。あっという間に二つ目の最中を食べ終えていた飛助は、んぐぅ、と喉を鳴らしつつも、青衣に向かってこくりと頷く。


「タロちゃん、水臭いよぅ」


 よよよ、と袖を口元に持っていき、飛助は大袈裟に泣き真似をしてみせる。


「確かに白ちゃんに比べたら、おいらと姐御は新参者だよ? だけどさぁ、付き合いの長さなんて関係ないだろぅ?」

「そうだよ、坊。水臭いじゃァないか。坊がだからって何だい。そんなことでわっちらが坊に愛想尽かすとでもお思いかえ?」


 見くびられたもんだァねェ、と、切なそうに眉を寄せ、まなじりに涙を滲ませれば、白狼丸は、きゅっと前屈みになって頬を染め、太郎はというと、そんなことは! と慌てて両手を振る。これくらいの演技、青衣には朝飯前である。


 そして、は、と揃って止まる。

 いま、『桃から生まれた鬼の子』と言ったな、と。


「二人共、全部聞いてたんだ」


 と太郎は両手をだらりと下ろして呆けたように呟く。

 それを見て、青衣はにんまりと笑った。


「べェっつに、そんなしょげることないさね、坊。そォら、周りを見てご覧な。そっちは山犬だし、こっちは子猿だえ? こんな珍奇な連れがいるんだ。かしらが鬼でもないと締まらんだろう?」

「ちょっと姐御、自分のこと棚に上げてぇ。ていうか白ちゃんは良いとしても、おいらが子猿はないだろう? おいらだって一人前に立派なもんぶら下げてんだ。見ればわかるさ、大猿だって――あいたぁっ!?」

「粗末なもん出そうとするんじゃァないよ」


 下帯に手をかけた飛助の頭をぱこりと叩くと、彼は「ひっでぇ」と涙目である。しかしその「ひっでぇ」も頭を叩いたことに対してではなかったようで、しきりに、粗末じゃないもん立派だもん、と呟いている。


「まァ、おふざけはこれくらいにするとして」


 こほん、と青衣が咳払いを一つ。


「それで、坊はどうしたいんだい?」


 と太郎をまっすぐ見つめた。


「どうしたい、って」

「これからどうするつもりだってェことさ。白狼丸も飛助もわっちも、坊が鬼の子だからって、そんなことを理由に離れるつもりなんざないんだよゥ?」


 けどね、と言って、青衣は懐から扇子を取り出し、ぱさ、と広げる。


「坊が、例えば、わっちらと離れたい、鬼として生きたいって言うんなら、引き留めたりもしないさ。おあつらえ向きに明日は鬼ヶ島だ。そこに残ったってェ良い。そうだろう? 坊の人生だ。好きにおし」


 見事な大蛇の絵が描かれた扇子で自身を一扇ぎすると、太郎がそれに答える前に身を乗り出したのは飛助と白狼丸である。


「えぇ、おいらは引き留めるよ。だってタロちゃんと一緒にいたいもん」

「おれだってそうだ。おれはこいつの人生を丸ごと引き受けてるんだからな。こいつが嫌だっつったって離れる気はねぇよ」


 その言葉を聞いて、青衣は、んふふ、と笑う。だと思った、と囁いて舌を出した。


「なァんだ、せっかく坊が一人になったところでわっちがモノにしようと思っていたのに。これだから無粋な男共は」

「何だよ。そんじゃ結局姐御だって太郎から離れる気ねぇんじゃねぇか」

「当ッたり前だろ。こんな良い男、どこ探したっていないんだよゥ」


 太郎に向って流し目をし、べろり、と舌なめずりをすれば、それに反応したのはなぜか白狼丸であった。ぶる、と身体を震わせて股間の辺りを隠すように手を置いている。


「ありがとう、皆」


 青衣の匂い立つような色気にも一切あてられず、太郎は、背筋をしゃんと伸ばして礼をした。


「さァさ、しみったれたのは終いだよゥ。そら、とっとと風呂に行こうじゃァないか。さっさと行きなァ、男共」


 ぱんぱん、と両手を打ち鳴らし、青衣が立ち上がる。へいへい、と言いつつ追い立てられるように部屋を出て行く白狼丸と飛助の背中を見ていた太郎は、隣に立って、ほほほ、と笑う青衣を一瞥し、声を落とした。


「男共、って言うけど、


 その言葉に、青衣の眉がぴくり、と動く。そして扇子で口元を隠し、目玉だけをきょろりと太郎の方に向けると、「――いつから気付いてたんだい?」とにんまりと笑った。


「いつからも何も、出会った時から。だけど、青衣は女の振りをしていたいようだから、黙ってた」


 同じく目玉だけを青衣に向け、「気付かない方が良かったか?」と尋ねる。


「いや、良いさ。頭に隠し事なんてあっちゃァならないからねェ」

「青衣はいつもそう言うけど、俺は頭なんかじゃない」

「坊がそう思ってても、わっちにはそう見えるんだよゥ」

「頭は白狼丸だろ。俺はあいつについていってるだけだ」

「その白狼丸を動かしてんのが坊なんさ。それにねェ、坊」

「何だ」

「飛助ですら気付いているってェのに、いまだにわっちを女だと思ってるような駄犬が頭で良いと思うかえ?」

「そう……言われると……」

「だろう? それに、わっちに股間を膨らませても、誰に操立ててんだか、口説きにも来ないじゃァないか。そんな腰抜けに頭なんざ務まらないんだよゥ」

「そういうものなのか」

「そういうもんさ。ま、面白いから、気付くまでわっちからは明かすつもりはないよ。坊も黙っててくれるね?」

「青衣がそうしたいなら、俺が言うことじゃない」

「ふふ、坊のそういうところがわっちは一等好きだよ」


 さァて、明日は大一番だ。坊もとっとと風呂入っちまいな、と言って、青衣はしなりしなりと腰をくねらせながら部屋を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る