飛助との出会い②

 たった数分のやり取りで白狼丸は悟った。


 こいつには何を言っても無駄だ、と。


 つまり、これ以上『はくちゃん』について抗議しても無意味である、ということである。だから、仕方なしに「それで、何だ」と尋ねた。


 もちろん促されずとも話す気満々だった飛助ではあったが、一応、その言葉を待っていたらしく、「あのさあのさ」と嬉しそうである。白狼丸とは対照的にやや下がり気味の細眉に丸っこい瞳、常に口角の上がった薄い唇を持つ飛助は、やはりにこにこと左右に揺れている。


「二人はこれからどこに行くの? おいらも仲間に入れてくれよぅ」

「――っあぁん?」


 ドスの効いた声でそう返したのはもちろん白狼丸である。太郎はというと、すっかり飛助の雰囲気にのまれてしまったのか、はたまた、まだ『タロちゃん』を引きずっているのか、やや呆けた表情のままで固まっている。


「実はさ、おいらいま一人ぼっちなんだよ。こないだの興行で団長がヘマしちまってさ。いなくなっちゃったんだ。団長がいなくなっちゃったら団員達もみぃーんな余所に持ってかれちゃって」


 いなくなった、というのは、夜逃げでもした、という意味なのか、それとも亡くなったのか。さすがにそこまで突っ込んで聞くことは出来なかったが。


「おいらさ、昔っから大所帯の中で生活してたから、駄目なんだよ、一人って。耐えらんないの、寂しくってさ。タロちゃんも白ちゃんも見たところ十五、六ってところだろ? おいら十七なんだ。年が近いと話も合うだろうしさ、なぁ、おいらみたいなのがいると、楽しいぜぇ?」

 

 楽しいじゃなくて、うるさい、の間違いだろ、と言うと、「かもねぇ~」などと言って笑う。確かに長旅なのだとしたらこれくらいに明るいやつがいた方が楽しいかもしれないが、彼らの目的は旅ではなく、町へ行くことなのだ。なかなか首を縦に振ろうとしない二人に、それにさ、と飛助は続ける。


「おいら、さっきも言ったけど軽業師だからさ、色々芸が出来るんだ。小金を稼ぐのは得意だよ? おいらと一緒にいればまぁ食うのと寝るのにはまず困らないね」


 それは正直魅力的ではある。

 町に着いたからといって、すぐに仕事が見つかるわけでもないかもしれないからだ。


 特に心配なのは太郎の人見知りだ――と言いたいところだが、彼は案外命じられたことに関しては黙々とこなせる質なのである。ただ、職場の人間と円滑にやり取り出来るか、という点が気がかりなだけで。

 それよりはむしろ心配なのは自分の方だろう、と白狼丸は思った。何せ、人に指図を受けるのが大嫌いで、喧嘩っ早い。村でもよくそれでいざこざを起こしてきたのだ。いまさら、ついてきたは良いものの、そんなおれがまっとうに働けるのだろうか、と怖気づく白狼丸である。


「おい太郎、どうする」


 こそっと耳打ちする。けれど、あの木の上でもひそひそ話を聞き取った飛助である、丸聞こえだろうことはわかっていたが。


 白狼丸は、太郎に委ねるつもりでいた。

 確かに日銭を稼いでくれるのはありがたいが、太郎が嫌がるならば無理強いは出来ない。

 人見知りの太郎のことだから、恐らく断るだろうと思われた。第一印象こそ恐らく悪くはなかったものの、『タロちゃん』呼びにかなり衝撃を受けていた太郎である。だからもし、微かにでも首を横に振れば、このおれが力づくにでも、などと物騒なことを考えて。


 が、予想に反して太郎の答えは――、


「良いよ、一緒に行こう。飛助も俺達の仲間だ」


 だった。


「うぇ?! 良いのか、太郎?!」

「ああ。白狼丸もずっと俺と二人だけなんてつまらないだろ。飛助みたいな明るいやつがいたら道中も楽しいんじゃないかなって思って」

「そんなおれに気を遣わなくても」


 と返したものの、正直、驚きと嬉しさはある。何だよお前、そういうの出来るのかよ、と。


 しかし、お前は大丈夫なのか、と耳打ちすると、当の本人は、何が? ときょとんとしている。


「何がって、それは……。まぁ、いっか」


 得体の知れない新参者にわざわざ酷い人見知りだなんてことを教えることもないだろう、と思い、濁す。


「とりあえずだな。ついてくんのは良いけど、おれ達の目的はこの山を越えたところにある町だぞ」

「えぇ、に行ってどうすんだい?」


 あんなところ、と言うからには、恐らく飛助は二人の目指す町のことを多少なりとも知っているのだろう。


「働くんだ」


 それを突こうと思った矢先に太郎が割り込んでくる。


「働く、ねぇ」


 瞼を閉じ、眉間にしわを刻んで、飛助が、ううん、と唸る。そんなあからさまな態度を取られれば、やはり太郎も気になったようで、「何かあるのか?」と身を乗り出した。


「知り合ったばかりのおいらが言うのもなんだけどさぁ、あの町はよした方が良いと思うな」


 その言葉に白狼丸の眉がぴくりと動く。


「どういうことだ」

「あの町にはさ、いるんだよ」


 そこで飛助は一度言葉を区切り、周囲を見回して、背中を丸め、ちょいちょい、と二人を手招いた。何だ何だと二人が飛助に顔を近付けたところで、とっておきの秘密を打ち明けるが如く、うんと潜めた声で言った。


「鬼、が」


 が、と発音したまま、口をぽっかりと開けた状態で、ゆっくりと二人を見やる。太郎は何やら神妙な顔を、そして、白狼丸はというと、呆れたような顔をしていた。


「くっだらねぇ、何が鬼だよ」


 と笑い飛ばす。お前もそう思うよな、と太郎を見たが、彼はくすりともせず、顎に手を当てて何やら真剣に考えこんでいた。


 確かに。

 確かに、物の怪の類はこの世界に存在はしている。

 それは白狼丸も認めている。

 

 どこぞの屋敷に化け猫が出たとか、河童に尻子玉を抜かれると言って立ち入りを禁じられている池なんかがあるのも知っている。それが真かはこの際置いておくにしても、この世には、そういった妖怪やら化け物といった人ならざる者というのは、確かに存在しているのである。

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