二人目、軽業の飛助
飛助との出会い①
「ちょっと休憩するか」
二人の目指す町へは、あともう一つ山を越えねばならない。見事な大木が作ってくれている日陰に腰を下ろし、竹筒に入った水を飲む。村人の話ではこの山には湧水があるらしいから、ここで飲んでしまっても大丈夫だろう。
「疲れたか?」
じっと己の足を見ている太郎にそう声をかける。幼少の頃より朝から晩まで野山を駆け、転がり回って遊んでいた白狼丸は体力に自信があったが、太郎は彼と出会うまで、そんな遊びをしてこなかったのである。
出会って間もなくの頃の太郎は、肌の色も透けるように白く、また、身体つきもかなり貧相だった。白狼丸の村に連れて行く度に女と間違われ、「白狼丸が川下の集落から美人の嫁を連れてきた」とからかわれたものである。
「それが全然疲れないんだ」
虚勢のようには聞こえなかった。彼自身もそれが不思議でならないといった風に首を傾げている。確かにここ数年は、白狼丸の指導の下、身体を鍛えるのだと言って、大きな荷物を背負って走り込みをしたり、じい様手製の竹刀でチャンバラに明け暮れていたから、多少体力はついているのだろう。しかし、それでも白狼丸でさえ疲労を感じているのに、太郎の方は汗一つかいていない。
「ま、それならそれで良いんじゃねぇか」
もしやあまりに気を張りすぎて疲労を一時的に感じなくなっているだけかもしれない、と白狼丸は思った。ならば町に着いた途端にどっと疲労感が押し寄せて来るだろう。着いたらまずは何はなくとも宿の手配だな、などと気分はすっかり保護者である。
せっかくだからとばあ様特製のきび団子も一ついただくか、と提案すると、太郎は頷いて包みを開けた。
その時である。
「美味そうだなぁ」
という声が頭上から降ってきた。
「ううん? いま声が――」
「聞こえた。上から、だ」
太郎と白狼丸は揃って上を見た。太く立派な枝に、青々とした大きな葉をつけた大木である。その、自分達の脚よりも太い枝の上に、だらりとうつ伏せに寝そべる男がいる。どうやらそいつが先ほどの声の主らしい。
「なぁなぁ、おいらにも一つ分けておくれよぅ。もういい加減この葉っぱばかり齧んのも飽きちゃってさぁ」
男は、腹減って死にそぉう、などと気の抜けた声を発し、だらりと垂らした足をぶらつかせ、二人に向かってひらひらと手を振っている。
「おい、太郎。どうするよ。変なやつだぞ」
「変……なのかな、やっぱり」
「変だろ。枝の上で葉っぱ齧って生きてるやつだぞ。物の怪なんじゃねぇのか」
視線を男に固定したままひそひそとやりとりをしていると、木の上のそいつは「ひっでぇなぁ」と会話に割り込んできた。
「おいら、れっきとした人間だよぅ。ただちょぉーっと人より身が軽いっていうかさぁ」
まさか聞こえるはずはないと思っていた二人は、男から目を離し、顔を突き合わせた。その一瞬の隙をついて、音もなく――はさすがに言い過ぎだとしても、かさり、というかなり小さな音を立てて、そいつは二人の目の前に降り立った。
「なぁ、頼むよ。本当に空腹なんだ。人間、水と塩だけで数日は生きられるっていうけどさ、おいらには無理だって悟ったね。まだ一日目なんだけど、もう死にそう。何事も向き不向きってもんがあるんだ、そうだろう?」
捲し立てるようにぺらぺらとしゃべるのを見れば、ちっとも『死にそう』には見えなかったが、ごぎゅるるる、などと威勢の良い腹の虫の訴えを聞くと、あながち嘘でもないらしい。
「良いよ」
先にそう言ったのは意外にも太郎だった。最も、きび団子の所有者は太郎なのだから、それは当然ではあったのだが。
「ありがてぇありがてぇ」
南無南無と両手を擦り合わせて団子にかぶりつく。水はある(むしろ水だけはあるんだ、と得意気だった)ということで、とりあえずは仲良く腰を落ち着けてばあ様特製のきび団子に舌鼓を打つ。
「いやぁ、助かったよ。本当に死ぬところだったんだ。身体が、っていうか、心が? やっぱり人間、味のあるモン食わなきゃ駄目だよねぇ。そんで甘けりゃもっと最高。あっはっは」
やっと人心地着いたと笑う男に、それよりも、と白狼丸が身を乗り出す。無意識にか、身体をほんの少し太郎に寄せ、彼を守るような姿勢になった。
「そろそろ名前くらい言ったらどうだ」
そこで太郎は思い出す。そう言えば白狼丸と出会った時も、まずはお互いに名乗るところから始まったのだと。
「ああ、そうだそうだ。すっかり忘れてたよ。おいらは
「飛助、ねぇ」
「良い名だろ? 名は体を表すっていうかさ。おいら、軽業師の家に生まれたんだ。身の軽さは一族で一番なんて言われててさ。そうだなぁ、あそこの枝から枝までぴょんと飛び移ることだってわけないね」
「そいつぁすげえな」
「だろぉ」
小鼻をふん、と膨らませて、飛助は得意顔である。長く伸ばした髪を高く結い上げている太郎や白狼丸とは違い、日に透けるような栗色のそれはさっぱりと短い。軽業をするのに長い髪は邪魔なのかもしれない。
「そんで、アンタらは?」
人懐こそうな丸い目をきゅっと細めて太郎と白狼丸を交互に見る。白狼丸は太郎を気にかけて彼を盗み見たが、特に顔が引き攣っている様子もない。
ほぉ、珍しいこともあるもんだ、と思う。
「おれは白狼丸だ。そんでこっちは――」
「太郎だ」
ついでに紹介してやろうと思ったが、そんな気遣いは無用とばかりに太郎が口を開く。
「ほぉほぉ、
飛助がにこにこと愛想良く、左右に身体を揺らしながらそんなことを言えば、白狼丸と太郎はほぼ同時に、
「白ちゃんだぁ?!」
「タロちゃんって、俺のこと?!」
と目を剥く。
「え? 違うの? 白狼丸と太郎なんでしょ? そんじゃ『白ちゃん』と『タロちゃん』じゃん?」
ちっとも悪びれた様子もなく、当たり前のことを言って何がおかしいんだ、とでも言わんばかりの表情で小首を傾げている。
「百歩譲って太郎を『タロちゃん』までは良い。『太郎』も『タロ』も大して変わらんからな。だけど、この白狼丸様に『白ちゃん』はないだろ、『白ちゃん』は!」
威厳も何もねぇ! という白狼丸の叫びはどうやら飛助には右から左だったようで、彼は「そんなことよりさぁ」と、話題を変えようとしている。
「そんなことじゃねえぇ!」
そしてその叫びも届いていないようだった。
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