白狼丸との関わり②

 あの桃た――いや、太郎に初めての友達が出来たと知らされたじい様は、それはもう腰を抜かさんばかりに喜んだ。そして、それがどう見ても獣の子にしか見えない上に太郎よりも一回りは大きな男と知り、いよいよもって腰を抜かした。なので、てきぱきあれこれと動き、白狼丸を手厚くもてなしたのはばあ様である。


「いやはや、情けないところを」


 そう言ってすまなそうに頭を下げるじい様に、気にすんなよ、と言いながら、白狼丸は勧められるがままに茶を飲む。太郎がこの通りの子であるから、何となく裕福な家なのではと思っていたものの、そんなことはなかった。狭い家にはじい様とばあ様と太郎の三人しかいないようだったし、出された茶にしてもさっき村で飲んだものよりも質が悪い。


 けれど、家の中はさっぱりと片付いていたし、出された座布団もきれいに繕ってあった。太郎はというと、じい様が心配なのだろう、彼の背中の辺りに座り、先刻からずっとその腰を撫で擦っている。


「見ての通りの老いぼれでございますれば、やはり気がかりなのは可愛い我が子のことでございまして」

 

 身体を起こして頭を下げようとするじい様を寝てろよと制する。


「我が子って……、その、そこのばあさんが産んだのか?」


 我が子、という言葉につい反応してしまう。けれどまさか、桃から生まれたんじゃないのか、とは言えなかった。さっきのはばあ様が口を滑らせただけかもしれないからだ。


 しかしじい様は太郎の友人には全てを打ち明けるつもりだったのか、はたまたそもそも隠すつもりなどないのか、いいえまさか、と首を振る。


「この子は、川上から流れてきた大きな桃の中におったのです」

「桃、の」


 桃、という単語で太郎がまた怒りを爆発させるかとちらりと彼を見たが、さすがに慣れたのか、それとも弱々しく床に伏せるじい様の前で荒ぶることは出来なかったのか、口を一文字に結んで黙っていた。


「ですから、ワシらとは血の繋がりはございません。けれど、太郎はワシらの子にございます」


 老人特有のしわがれ声ではあったが、そこだけは芯のある強さがあった。じい様の気持ちが伝わったからだろう、太郎は唇を不自然に歪めて小さく震えている。泣くのを堪えているのだろう。


「ただ、この子を一人残すことになるだろうことが、悔しゅうてなりませぬ」


 隙間のある歯をぎりりと噛みしめ、じい様は言った。そんなに食いしばっちゃあ、せっかく残った歯が参っちまうぜ、とわざと軽い調子で言ってやれば、左様ですな、とじい様が緩く笑う。


「ですから白狼丸殿、どうか太郎と仲良くしてやってくだされ」


 成る程、ここに着地するのか、と白狼丸は納得した。ただ単にそう言うだけでは弱いと思ったのだろう。この二人が本当に老い先短いのかは別にしても(特にばあ様については川上の村とのあの距離をへたらずに歩ききれるのだ)、確かに順番を考えれば残るのは太郎だ。老い先短い哀れな老人であることを殊更に強調してみせれば、突き放すことは出来ない。


「心配するな、じい様。おれはこう見えても面倒見が良い方でな。おれから見ても太郎は何かほっとけねぇし、悪いやつでもねぇみたいだからさ、ちゃんと最後まで見てやるよ」


 白狼丸がそう言うと、じい様はホッとしたような顔をして、やっと全身の力を抜いた。


「しかし、だな。おれの方は良くてもよ? じい様が腰を抜かしちまったようなおれだぞ? せっかく大事に育ててきたんだろうに、良いのか? 太郎がおれみたいなのに染まっちまっても」


 おれはそんなどこぞのお武家様みたいな礼儀作法なんて知らねぇぞ? と、といまだに正座を崩さない太郎を見る。白狼丸の方はというと、ここを勧められてからずっとだらしのない胡座姿である。


「いやはや、枯れたじじぃには少々刺激が強うございましたが、白狼丸殿は悪い方ではございませぬ。それくらいのこと、この老いぼれにもわかります。白狼丸殿は良いお方でおられる」

「そうかねぇ」


 そんなに簡単に信じるのもどうかとは思うものの、白狼丸とて自分が見た目ほど悪いやつではないと思っている。


「それに家内も申しておりました。この太郎がずっと手を離さなかったと」

「それは――まぁ」


 最終的に身の危険を感じて引き剥がしたのは白狼丸の方であったが、確かに、太郎から離すことはなかった。


「とにかく、ゆっくりしていってくだされ。さぁ、太郎や。ワシはもう大丈夫だから、白狼丸殿と遊んできなさい」

「ですが」

「ワシはひと眠りさせてもらうでな。見られているとどうにも落ち着かん。じじぃの我が儘を聞いちゃあくれんか」

「わかりました、おじいさん。それでは行ってまいります」

 

 育ての親に対し、折り目正しく手をついて頭を下げると、今度は白狼丸にも同様にし――、


「白狼丸殿、どうか末永く」


 などと畏まられれば、白狼丸は、


「おれは男を嫁にもらった覚えはねぇんだが」


 と笑うしかなかった。

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