LOVE IS HERE TO STAY

ドンドンドン!


「開けてー!」


こんな夜中にドアを叩くヤツは、1人しかいない。


ピンポン!ピンポン!ピンポン!ピンポン!


「ねえ!早く開けてよー!」


まったく、相変わらず激しいヤツだ。


「ジョー!会いたかった!」


ドアを開けてやると、アイが勢いよく僕に飛びつく。


丸くて小さくて、色白なアイ。

細くて長くて、浅黒い僕。


アイが僕に抱き着くと、南の島のアイアイがヤシの木にぶら下がっているように思える。


「ジョー、聞いてよ!あの男、マジでムカつく!キー!」


自分の気持ちに正直な、しし座のアイ。

真面目で控えめな、おとめ座の僕。


しがみ付くアイをぺりぺりと僕の身体から引き剥がし、ソファに座らせ、温かいココアを作って渡してやる。子供の頃からのお気に入りで、荒ぶるアイを落ち着かせるには、ココアがもっとも効果的だ。


そしてアイの気が済むまで、彼女の話に耳を貸してやるのだ。


異論反論は禁止。アイの言うことがいかに支離滅裂でも、彼女は常に正しい・・・ということにしなければならない。


うっかり口を挟むと、1時間で済む話が2時間、3時間と伸びていく。それにアイの恋愛パターンは、どうせいつも一緒なのだから。真剣にアドバイスするだけ、ムダというものだ。


エキセントリックなアイの言動を魅力に感じるのか、最初は男たちのほうから彼女に近寄ってくる。


アイは楽しいことが大好きで、その上、ノリがいい。盛り上がってすぐに仲良くなり、交際が始まり、同棲に至るまで、超特急だ。


一緒に住み始めると、世話好きで優しいアイの本来の性格が災いして、次第に男は付け上っていく。すると遅かれ早かれ、アイの堪忍袋の緒が切れる。何かのきっかけでアイが激怒したら、ジ・エンドだ。


男のケータイをまっぷたつに割ったり、コンポやテレビなどの家電を投げ飛ばしたりしながら、部屋をメチャクチャに荒らして、はい!さようなら。


ある時は、男が大切に集めていた映画のDVDコレクションをすべて破壊し、泣かせたこともあったっけ。


いずれにせよ、アイの激しい怒りに耐え切れず、男はジブラルタ海峡を越え、ロッキー山脈の上まで逃げていくほどの勢いで去っていくので、関係修復は不可能というもの。住む家がなくなったアイは、必然的に僕の家に転がり込んでくることになるのだ。


情熱的でマイペースな、 B型のアイ。

その激しさを受け入れる、O型の僕。



「おはよう。あら、アイちゃん。来てたのね」


妻が起きてきた。アイの恋愛話を聞いていたら、夜が明けてしまった。


「また別れちゃったの?可哀想に。ほら、朝ごはんの準備、アイちゃんも手伝ってね」


妻も慣れたものだ。



我が家には、アイ専用の食器が用意されている。

それを手際よく並べ、3人で食卓を囲み、「いただきます!」


あぁ。味噌汁が、寝不足の内臓に染みわたる。


「美味しい!うーん、いいお出汁!このお味噌汁を飲むと、なんだか身体の中から元気が沸いてくるのよね!涙で出ちゃった塩分を、取り戻す感じ?」


アイの恋愛は、僕の妻の味噌汁を飲むまでが、一連の流れなのだ。




「いつも悪いね」


アイに聞こえないように、妻に詫びを入れる。


「ふふふ。大丈夫よ。ジョー君にはアイちゃんが付いて来るって、知ってて結婚したんだから」


思い返せば、結婚式のときのアイもすごかった。親族テーブルには座らず、新郎新婦用のテーブルに適当な椅子をズルズルと持ってきて、僕らと一緒に座ったのだ。


おかげで結婚式の写真は、僕と妻とアイが、トリオのように映っている。まるで3人で結婚したような感じになってしまった。


「双子って、こんなにも絆が深いのねぇ」


ウエディングドレス姿の妻のつぶやきは、賛辞か、それとも諦めか。



男女の双子として生まれた僕らは、「アイ」と「ジョー」と名付けられた。日付をまたぐ出産だったため、僕らは誕生日が違う。ついでに星座も、血液型まで違う。性格も見た目も、正反対。


まるで一人の完璧な人間が二つに分かれ生まれてきたかのように、アイと僕はそれぞれが足りない。


陰と陽。光と影。ポジとネガ。


一見するとアイだけが僕に頼っているように思われるのだが、相手がいないと生きていけないのは、実は僕のほうなのかもしれない。


「いまジョーたちが建ててる新居は、いつ完成するの?」


「来年の春に完成予定だよ」


「やった!私のは、陽当たりのいい南向きの部屋にしてよね」



♪♪♪♪♪♪



「ラヴ・イズ・ヒア・トゥ・ステイ」

歌詞:アイラ・ガーシュイン

訳:小倉麻未

明白だろ? 僕らの愛は ずっとここに

1年なんて話じゃなく 永遠と1日を共に

ラジオや電話 映画なんかは 一時の幻に過ぎない

すべてが時間と共に消え去っていくんだよ

でもね 愛しい君よ 僕らの愛は ずっとここに

僕らは一緒に これから長い長い道を行くんだ

ロッキー山脈が崩れ去り ジブラルタ海峡は消える

だってすべては幻だもの

でも僕らの愛は 永遠にここに



Love Is Here To Stay

Lyrics : Ira Gershwin

It's very clear, our love is here to stay

Not for a year but ever and a day

The radio and the telephone and the movies that we know

May just be passing fancies and in time may go

But oh, my dear, our love is here to stay

Together we're going a long, long way

In time the Rockies may crumble, Gibraltar may tumble

They're only made of clay

But our love is here to stay

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ショートショートJAZZ 小倉麻未 @oh-glamour-me

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