SALT PEANUTS
「アキちゃん!おまたせ~」
表参道駅に響く、ナツオさんの大きな声。
目がチカチカするほどのド派手な格好に、ギョッとする。
「ちょ、ちょっと!なにその浮かれたジャケット?今日は父さんとの会食だって言ったじゃない」
なんで普通の格好ができないかなぁ。
いったいどこで売ってるのよ、ソレ。
「だーいじょーぶだって!おとーさんのハート、がっつりキャッチするから。ね!」
ナツオさんは、父のことを知らなすぎる。
彼の能天気な性格は、アタシをいつもヒヤヒヤさせる。それでいて、妙に鋭くて、策略家なところもあるから、たまに驚かされるのだけど。
アタシの父は、家業を継ぐ3代目。時代の流れに取り残されそうになった会社を、見事に生まれ変わらせた。いわゆる、鬼社長だ。
根っからの仕事人間で、たまに家に居ると、家族に対しても厳しい目を向ける。心の中を見透かされているようで、アタシは父の前ではいつも萎縮しているような子供だった。
社会人になって実家を出ると、2ヵ月に1度の「父との会食」が予定されるようになった。姉とアタシは、近況報告が義務付けられ、お金や生活に関わる重要事項は、その場で父に判断を仰ぐ。
家族が集まっても、和気あいあいとした家族団らんにはならない。なぜなら父は、瞬間湯沸かし器だからだ。一度着火すると、例え母であっても消火は難しい。父の前では、自分の発言と言動に常に気を付けなければならない。
これまで何度、会食が地獄と化したことか・・・。
ナツオさんは、まだ知らない。
「アキちゃん、だいじょーぶ?さっきから顔色悪いよ?」
そうね。さっきからお腹もキリキリいたいわ。
「おとーさんにお土産持ってきたよ!ふふふ」
「え?なんで?手土産はいらないって、あれだけ言ったじゃないの」
いーのいーのと笑うナツオさん。彼はまだ知らない。
父さんは、独自のルールを持つ美食家だ。
出されたワインが気に入らなくて、テーブルをひっくり返したことだってある。肉料理が運ばれているタイミングで白ワインを注がれたことが、気に入らなったらしい。
『肉には赤だろー!赤に決まってるだろーが!おまえー!そのソムリエバッジは偽物か?あ~ん?!』
テーブルが倒れ、ステーキと白ワインが宙を舞う。父はソムリエに掴みかかり、『あなたやめてー!』と太い腕にしがみつく小さな母を振り回しながら、『おんどりゃー!』と野獣のように吠えていた。
ああ恐ろしい。
あの日以降、会食は可能な限り、テーブルが固定されているお店で開催されるようになった。
指定されたお店に到着すると、母と姉が先に個室で待っていた。
二人にはすでにナツオさんを紹介してある。「久しぶりね。お元気?」なんて盛り上がってる間に、アタシはテーブルの下を覗く。
よし。脚は固定されている。
今日の会食で、アタシは父さんを怒らせる可能性が大いにあるのだ。
まず第一に、ナツオさんとの起業について。
家業を継いでほしいと直接言われたことはないが、父の期待を感じないわけではない。家業を否定しないように、気をつけなければ。
第二に、ナツオさんとの同棲について。
これに関しては、まったくもって未知数だ。
私の姉でさえ、きちんとしたボーイフレンドを3度紹介して、3度とも撃沈している。直近の彼なんて、泣きながら店を飛び出していったではないか。
恋人としてナツオさんを紹介したら、どうなることか・・・。
勘当されても驚かない。
「待たせたね。始めようか」
きた。父がきた。
どうやってナツオさんを紹介しよう。
起業のパートナー?それとも同棲相手?
どっちの話のほうがスムーズにいくの?!
あぁ、わからない。
口が乾く。言葉が出ない。
役に立たないアタシをスルーして、ナツオさんがぴょこぴょこと父の側にかけ寄る。
「社長!どうも、こんばんは!」
「おー!ナツオ君じゃないか。素敵なジャケットだね」
「今日のために新調したんですよー☆」
え!?どういうこと?
二人は知り合い?!
「先日、ナツオ君が会社に来たんだよ。起業の話もぜんぶ聞いている。すばらしいアイデアだ。出資もしようと思ってるよ」
ナツオさんが、いたずらっぽくウィンクする。
って、いつの間に?
もう。とんだ策略家なんだから。
「アキオ、いいパートナーを見つけたな」
普段はアキで通しているが、父だけは本名のアキオと呼ぶ。
アタシも父の前では、アキオになる。
でも、言うしかない。
さあ、いまこそカミングアウトよ。
父さんに、一世一代の告白を。
「あの、父さん。聞いて。実はその、今まで黙っていたんだけど、アタシ、じゃなくて、ボクはゲイでして・・・」
「ナツオさんとはビジネスだけじゃなくて、プライベートでもパートナーと言いますか・・・」
「ナツオさんとの同棲を、認めていただけないでしょうか!!」
言ってしまった。
遂に、言ってしまった。
うつむく父。
何を考えているんだろう。
読めない。
ゆっくりと顔を上げたその表情は・・・。
え?何?
照れてるの?
父さんのほっぺ、赤くなっていませんか?
「うむ、まあ、そうだな。その辺のことは詳しくないが、ワシだって父親だ。アキオが小さい頃から、そのぉ、うむ。ずっと知っていたよ」
なんということでしょう。私の予想に反し、勘当されることまで覚悟して挑んだ会食は、かつてないほど和やかな雰囲気で進行したのでした。
「ところでナツオ君は、ネコ派かね?」
「ちょ、ちょっと父さん!突然何を言ってるの?!」
「ほら、うちはネコを飼ってるから。今度うちに遊びにきたときに、ネコが苦手だと困るだろう」
「やだー!そっちのネコの話ね。ふふふふ」
「わっはっは」
なんだこれ。
アタシの今までの悩みは、何だったの?
鬱屈として過ごした青春時代を、返して欲しいわ。
その後も、明るい声で、場を盛り上げ続けるナツオさん。
母の目には涙が光る。
姉も喜んでくれている。
ナツオさんの無邪気さが、アタシに、アタシたち家族に、こんなにも明るい未来をもたらしてくれるなんて・・・!
宴もたけなわ。
ナツオさんが、おもむろにカバンの中からガサガサと包みを取り出し、アタシが止める間もなく、さっと父に手渡す。
「これお土産でーす!おとーさん、どうぞ」
「わっはっは。ナツオ君にそう言われると、なんだか新しい息子が出来たみたいだな。お?これはピーナッツかい?どれどれ、さっそくいただこう」
父が、ピーナッツを口に含む。
・・・。
あれ?固まった。
でもよく見ると、ぷるぷると小刻みに振るえている。
表情が強ばり、狂気を宿した父の瞳がギロリとこちらを向いた。
やばい!
くる!
「何食わせたんじゃー!ぺーーーッ!」
粘っこいピーナッツが、アタシの頬に飛んでくる。
「なんでだ!なんで甘いんだよぉぉぅ!!」
お土産の包みが投げ飛ばされ、砂糖がまぶされたピーナッツの雨が降る。
「あ、あなた!落ち着いてー!」
父がテーブルに手をかける。
ガタガタ!
ガタガタガタッ!
「父さん、ダメよ!」
テーブルの脚が固定されていることに気付き、みるみる顔を赤らめる父。
「テーブルを固定するなーーー!」
太い腕を、テーブルの端にダンッ!
「ならばこうじゃーー!」
そのまま力強く腕をズズズとすべらせ、食器とグラスを軒並み床へ落としていく。
ガチャガチャーン!
「きゃーー!」
パリンパリーン!
「やめてーー!」
父が椅子に手を伸ばす。
「ナツオさん、逃げてー!」
ゴトゴトゴトーン!
「ピーナッツには!ピーナッツには!」
ふぅふぅと頬を膨らませながら、父が叫ぶ。
「塩だろ!しおぉぉぉぉ!!!」
・・・終わった。
起業も、融資も、恋も、同棲も。
全部ぱぁ。
だからアタシ言ったじゃない。
手土産なんて、いらないって。
♪♪♪♪♪♪
「ソルト・ピーナッツ」
歌詞:ディジー・ガレスピー
♪
塩ピーナッツ 塩ピーナッツ
塩ピーナッツ 塩ピーナッツ
※3回繰り返し
SALT PEANUTS
Lyrics : Dizzy Gillespie
♪
Salt Peanuts Salt Peanuts
Salt Peanuts Salt Peanuts
*repeat 3 times
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