第15話 プラガールとイカレスチックボーイ

 「石川県白山市の山奥で、PK2社の工場の一部が倒壊する事件が発生してから一週間が経ちました。倒壊は原因不明の爆発によるものとされていますが、未だ詳しいことは判明しておりません。爆発当時、工場は稼働しておらず、怪我人等は今のところ確認されておりません。次のニュースに参ります――」


 東京某所、路地裏の鍋専門店で、俺達はもつ鍋をつついていた。


 正面に座るのは白基調の花柄ワンピースを着た女性。豊かな黒髪は後ろで束ねられ、長ネギを頬張る口はほんのりと赤い。アチアチと口を尖らせている。


「もう一週間も経ったんだな」

「時の流れは止まらないね」

「それなぁ」


 個室で、両隣は空いている。注文したものは全て来たので、誰かに話を聞かれることはないだろう。


「体はもう痛くないの?」

「そうだな。だいぶ治ってきた」

「良かったねぇ。しょう君がずっと痛がるから死んじゃうのかと思ってたんだよ」


 そういって、カルナは豆腐を口に運ぶ。よほど熱かったようで、今度は水で口の中を冷やしている。可愛い。


「……あ!」


 素っ頓狂な声をあげるカルナ。何かがポケットから落ちたらしく、それを拾い上げた。


「しょう君がくれたこのアクセサリー、凄く作り込まれてるよねぇ」

「だろ?」

「大切にするね! ……なんだか、凄く私に合ってる。シンパシーを感じるんだよ」


  カルナの手にやさしく包まれているのは、動かなくなったなーちゃん。恐らく、2度と動くことはないだろう。



 俺は――俺達は、工場の地下で生き埋めにされた。怪人の力を使い果たした俺と、鎖で繋がれたオリジナル。思い出を蓄えたなーちゃんに、無数のカルナの複製体。俺らは莫大な質量に押しつぶされて、跡形もなくなった。――そうなるはずだった。


 俺は考えることをやめてしまったから、細かいことは覚えていない。だから、地上に出た後になーちゃんから事の顛末を聞いた。


 本部棟倒壊に巻き込まれた俺達は、俺によって生きながらえたらしい。白目を剥いた俺は、獣のような叫び声をあげながら、体中からウィップを出した。それはモノクラスが使うような柔軟な物ではなく、鋼のように固いものだったとのこと。ハリネズミのような格好で、崩れる部屋の中に小さなスペースを作った俺は、そのまま3日間眠り続けた。


 その間、なーちゃんは何度もジーナ(暇を持て余したなーちゃんが考えたオリジナルカルナの渾名)と記憶を同期しようか葛藤したが、結局同期はしないまま待ち続けてくれた。なーちゃんにも、ジーナの記憶を消すことに罪悪感があったらしい。


 そして、3日後に目覚めた俺は鋼のウィップから体を剥がし、地上に向かって瓦礫を殴り続けたらしい。


 あっさりと解決に向かうのかと思ったが、問題はそこからだった。


 意識を失った状態で怪人化した俺は、なーちゃんと意思疎通が図れない。俺の頭の中には、ジーナとカルナを共存させる術があったのだが、伝えられなければ意味がない。


 そこで、なーちゃんは俺の記憶を、奇跡的に1体だけ無傷だった複製体に同期させることにした。複製体が全て押しつぶされていれば、今の平穏は訪れなかっただろう。


 なーちゃんは両腕からウィップを出して、俺の記憶を複製体に同期させた。その時の俺の体は、ほとんどすべてがプラスチックになっていたらしい。そのため、なーちゃんを媒介として記憶を同期させることが出来たとのこと。


 なーちゃんの機転により、カルナの見た目をした俺が出来上がった。見たいような、見たくないような。


 そして、その複製体は俺が辿り着いた答えを少しキザに伝えてくれた。


「なーちゃんが嫌じゃなければ、記憶の同期は複製体としてくれ。俺はカルナが人造の体でも構わない。俺が愛しているのは、カルナの心だ」


 そう、肉体なんてなんて本人が気にしなければなんだっていい。俺の体だってもはや純粋な人間とは違うし、カルナとデートしてる時だって、カルナが人造の体であることを見抜けなかった。


 大切なのは、誰も悲しまない答えを見つけること。


 なーちゃんは快く承諾してくれて、無事にカルナは生き返った。その後はトントン拍子で事が進んでいく。


 2日かけて自作のトンネルを作り上げた俺は、カルナとジーナを抱きかかえて地上に出す。ジーナは日の光が目に染みたようで、ひっきりなしに暴れまわっていたらしい。ここら辺で、俺の意識も段々と戻ってきた。


 これからどうしようかと悩んでいた所に、ヘルメットをかぶった大人が数人駆けよって来た。事故現場を調査していたようで、俺らをひきつった笑顔で交番まで案内してくれた。


 このままだとメディアに晒されると思ったが、そんなことはなかった。どうやらPK2が報道規制をかけていたらしく、俺達は「迷子の子供たち」として扱われた。相変わらずジーナは暴れていた。


 引き取り先として親族のことを聞かれたが、おじさんこと、柳楽隊長に電話をかけてもらうことにした。何も知らない親にこの状況を伝えるのはどう考えても無理だ。


 おじさんは3コール目で俺達が保護された交番に顔を出し、4コール目で俺の顔面を殴り飛ばした。後で話を聞くと、おじさんと親しい警官の1人が既に連絡を入れていたらしい。おじさんは交番で暴力行為をふるったとしてめちゃくちゃ怒られていた。


 俺としては殴られた程度では特に痛みもないし、3万円を拝借した引け目もあるので、何とも言えない気持ちだったけど。


 そんなこんなで、俺達は交番を後にした。某ハンバーガー店で、起きた出来事をおじさんに伝える。そして話し合いの結果、ジーナは討伐部隊に引き取ってもらうことになった。散々暴れまわっていたジーナは、おじさんに頭を撫でられると嘘みたい大人しくなった。


 ……なんとなく気分は良くなかったが、ジーナにはこれから楽しい人生を歩んでもらいたい。


 おじさんは別れ際に「殴った慰謝料」と、新たに3万円をくれた。それで現在、東京に戻ってもつ鍋をキメているというわけだ。


「しょう君、もつ食べないの?」

「……あぁ、ちょっと考え事をね」

「じゃあ、私が食べさせてあげる!」


 カルナは湯気立つに息を吹きかける。適温にまで下げられたそれは、カルナによって俺の口に運ばれた。


「どう?」

「……うまい!」


 天使のように微笑んだカルナは、世界で一番可愛かった。


 俺はこの笑顔を見るために、戦ってきたんだと思う。

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プラガールとイカレスチックボーイ たもたも @hiiragiyosito

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