第1話 羊毛パーマの敏腕探偵

「ワカちゃんとペア組んでとある捜査に行ってきてちょうだい。」

重要書類を渡され、3日前にそう告げられた。紫がこの探偵事務所に来て3年になるが、俺は極力紫と距離を置いていたため、殆ど関わることなく、平和に過ごしていた。それなのに所長はあっさりと俺の努力を崩した。所長曰く、「プロ同士切磋琢磨する姿は美しい。」らしい。正直勘弁して欲しい。


さっきも言ったが、紫がこの探偵事務所に来て3年になる。そして紫は東京大学文科一類卒のエリートにもかかわらず就職で大失敗。行く果てをなくし院に進むことを決意するが、院試でまたしても失敗。こうして途方に暮れていた紫は、近くの公園のブランコに腰掛け、缶ビールを片手に何やら早口でブツブツと呟いていたそうだ。不審に思った所長がそこで紫に声をかけた。それが紫若葉と所長の初めての接触だ。

話を聞いて貰えたのが嬉しかったのか、紫は自分の失敗を話しながらわんわん泣き喚いたらしい。見かねた所長は、「うちにおいで。」と、紫を雇うことにし、探偵事務所の一角には紫の部屋ができた。


初めて事務所に顔を見せた時には驚いた。ふわふわの羊毛のような天然パーマは首元まで広がり、まん丸お目目は金糸雀カナリアと孔雀緑のオッドアイ。(自分で作ってるらしい)。身長は150ほどだろうか。結構小さい。まあまあ容姿も悪くないし、話している姿も普通だ。東大卒と聞いて俺もわくわくしていた。しかし中身が専らおかしい。紫が住み始めて、一度だけお邪魔さしてもらったが、空き巣が入ったのかと疑うレベルに汚い。ベッドにはぬいぐるみと衣服、iPodが2台、PCは開いたまま放り投げてあり、クローゼットからは服がはみ出している。通気性が悪いのかなんなのか、湿気で壁の隙間からキノコが生えている始末。もちろん食えない。勉強机のような所には何故か顕微鏡が置いてあり、付随している本棚には英語で書かれたタイトルの分厚い本が何冊も並んでいた。そして飲みかけ?腐りかけ?のペットボトルが11本、空き缶が3つ。窓は締切っており空気は淀み、咳が止まらなかったのを覚えている。住んでいる本人が病気になっていないのが逆に凄い。一種の才能か?。俺はこれが女子の部屋かと何度も自分に問うた。

それでも俺はこの子と打ち明けようと趣味を聞いた。そしたら、「前までカビの胞子を観察することだったんですけど、最近は広辞苑を全部覚えるのにハマってますヨ。」と照れながら言われた。声色は明るめで気取ってる感じでもない。黙っていれば普通にかわいい女の子なのに、言動と行動がやばい。俺には住む世界が違うと悟ったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紫若葉の書斎は汚い 雀羅 凛(じゃくら りん) @piaythepiano

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ