第3話

その日の朝、スマートフォンを確認すると田上からメッセージが来ていた。

風邪をひいて学校を休む、つまり登下校に付き合ってあげれないという事が、申し訳なさそうに綴られていた。

いつもより足取り重く、家を出る。心なしか霧も常より濃い気がした。


放課後、みんなはいつものメンバーで固まって帰って行く。藤白は声をかける事ができなかった。

怖いけれど、1日ぐらい大丈夫だと言い聞かせる。

田上なんて毎日のように独りで行動しているのだ。

でもなんだか不安で、昇降口からもうフードを被った。

正門を出たところで声をかけられた。

同じクラスの黒田という男子生徒だ。

「一緒に帰っていい?」

クラスで喋るときのように、軽い感じで話してきたが表情には少しの緊張が現れていた。

「あぁ、うん」

黒田はほっと息を漏らす。

藤白はパーカーのフードを脱ごうとした。

「いやいやそのままでいいって。いつもパーカー着てるよな。好きなの?」

「うん、落ち着く」

「似合ってる。フード被ってる女子サイコー!」

「ありがと」

盛り上げようとしている意思はありがたいが、若干テンションについていけない。田上とは対照的だ。

「いつも田上と帰ってるよな。付き合ってるの?」

「……うん」

——自信を持て、私。

「意外だな。なんか合わないっていうか。あいつ変わってんじゃん?」

「しゃべったことあるの?」

「一年の時は同じクラスだったけど、あいついつも独りだったしな」

確かに田上は変わっているが、よく知りもしないで決めつけるのはなんか嫌だ、と藤白は思う。

——独りになりたい。

心細くて誰かいて欲しかったのは確かだが、今はもう別人のように冷めていた。

そうか、孤独にも価値があるのだな。

「この状況、田上が知ったら嫌がるかもな」

どうだろう。田上が嫉妬してくれるか、怪しいものだ。

藤白は自嘲的に笑った。

しかし試してみたい気もする。

「でも今日は俺がいてよかっただろ?」

「そうね」

「ずっと前から藤白のこと、気になってたんだ」

改めて黒田のことをしっかりと観察した。

背が高くがたいがいい。スポーツマンらしい精悍な顔で女子ウケしそうだ。

「えと、ありがとう」

「今すぐどうしたいとかじゃなくって、俺の気持ちを知って欲しかっとというか」

「うん、ちょっと急すぎて、びっくりしてる」

「だよな、ハハ」

「てか、え、ほんとに?そんな感じ全然なかったじゃん」

「隠すだろ、恥ずかしいし」

黒田は家まで送るとしつこく言ってきたが、若干抵抗があったので、藤白は家の近くの神社までにしてもらった。

「ほんといいって、ここで」

「そんなに言うなら……なんか信用されてないみたいだな」

「そういうわけじゃないけど」

「まぁいい。ここで俺がそんな奴じゃないって、誠意をみせとくのも大事だな」

そう言ったニコッと笑う。藤白は意味がわからず、首を傾げたくなる。

黒田と別れて、独り歩き出す。フードを深く被り直す。

視線を感じて振り返った。

しかしそこには霧が立ち込めているだけで、誰もいなかった。

黒田が後をつけているのではないかと勘繰ってしまった。



次の日には元気そうな田上と登校できた。

「大丈夫だった?」と田上が訊いた。登下校のことだろう。

「うん、独りじゃなかったし」

「そうか、良かったね」

どうやら女友達と帰ったと想像しているらしい。

「なんか疲れちゃったけどね〜」

「そう」

「……誰と帰ったのか、当ててみてよ」

「うーん、このあいだの株元さん」

「ブッブー」

「ヒントは?」

「早いな、諦めが」

もっと悩んで欲しいところだ。

「いや~困っちゃったよね。そうそう、田上のことも訊かれたよ」

「なんて?」

「あ……なんだったっけ?アハハ」

そう言って困ったように笑ってみせた。当然、演技である。

「え、陰口?」

——そっちへ行ったか。

「意外にそういうの気にするのね」

「意外ってなに?気にするって」

「田上ってもっと飄々としてるイメージ」

「ところで相手は、その、男だったのかな?」

明後日の方向を見ながら訊いてきた。

——これは、気にしているな!

「そうだよ」

「困ったって、何話していたの?」

「なんかぁ口説かれた?みたいな感じだったからさぁ」

「嬉しそうにみえるけど……」

「あれ?気になっちゃう?もしかして嫉妬してるの?」

「ツッ……」

田上は急に歩く速度を上げた。

置いて行かれないように走りながら思った。

——たまには独りというのも悪くない。


授業前のホームルームで学年主任の先生が慌ただしく藤白の教室に入ってきた。

「二日前から2組の株元りなが家に帰っていないらしい。何か知っている者はいないか?」

あの相談を受けてから二週間が経っていた。




「佳奈ちゃん最近元気ないね」

「……カブもっちゃんがいなくなって、もう一週間たったんだよ」

自分とは違って制服を着崩すこともなく、真面目で、みんなに慕われていた彼女が。

相談されて、自分が彼女に必要とされていたんだと嬉しかったのに。

「私、嫌なのこの町が。怖い……」

「僕らにはどうしようもない」

「そんな、そんなに簡単に言わないで」

「簡単とかじゃなくて。事実だよ」

「田上にはわかんないんだよ。強いから……独りでも平気なくらい強いから」

「株元さんの意思で姿を消したんなら……」

「もういい!」

田上を置き去りにして、藤白は家まで駆け出した。

腹が立って仕方なかった。

この町が憎かった。


なんでもいいから情報が欲しくて、インターネットで検索してみた。

この町について、神隠しについて。

その両方でヒットした記事がいくつかあった。

ある記事にはこの町の山中のあるポイントが優れた自殺スポットと書いてあった。

藤白は山へ行くことを決意する。

本心では行きたくない。もし何か起きたらどうしよう。

しかし田上が毎日のように、独りで入っているということだけがほんの少しの勇気を与えてくれる。

今回田上は頼れない。

自分独りでやらねばならないのだ。


土曜日に朝早くから藤白は行動を開始した。準備を整え山に入った。

ガサッと音がして、飛び上がった。恐る恐る音の方を振り向くと、白い動物が脱兎の如く走り去るところだった。しかしうさぎではない、イタチだろうか?

あの動物も藤白の存在に驚き逃げ惑っていると考えると少し可笑しくて、ちょっと申し訳なかった。

しかしそこで藤白はハッとする。顔面から血の気が引くのがわかる。

山に入ると周りの景色がこんなにも一様に同じに見えるとは知らなかった。どこから来たのか、もうわからない。

スマートフォンを取り出すも、圏外と表示されていた。

こういう時は動かない方が良いと聞いたこともあるけど、じっとしていても助けが来る保証はない。

勾配を見て、下の方へ進めばどこかはわからないが山を抜け出すことはできそうと藤白は考えた。

しかしそうして歩き出したものの、一向に景色は変わらない。

早く人工物が見たいとばかり思う。

何度も泣きそうになったけど、株元や田上のことを考え、足を動かす。

——でもこれって、私が神隠しにあってるようなものじゃない。

ふと思ったことに衝撃を受け、足が止まる。張り詰めていたものが切れて、泣いてしまった。

「おーい」

幻聴だろうか、田上の声がした。

うまく声が出なくて、さっき聞こえた方へ走り出す。

「田上!田上なの!?」

「佳奈ちゃーーん。探しに来たよーー」

木の根っこに足を取られ、体制を崩してしまった。悲鳴をあげながら斜面を滑り落ちる。

口の中が血の味がする。左足がズキズキと痛む。

でも顔を上げたら、そこに田上がいた。


引き上げてもらって、二人一緒に歩き出す。

藤白の足は少し痛んだが、特に問題はなさそうだった。

田上の背中に必死でついて行き、やがて木々の群れを抜け道路に出た。

「もう大丈夫だ。家まで送るよ」

藤白は自分でも驚くほどどろどろに汚れていた。隣を見ると、田上の足元もひどく汚れていた。

それだけ探し回ってくれたのだ。

怒られるかもしれない。

しかしどうして田上は山にいることを知っていたのか?

そう思って田上の横顔を見た。

「株元さんはもう死んだ。探しても無駄なんだよ」

「……は?」

「僕が殺した」

「コロシタ……え、どういう」

「僕は佳奈ちゃんのストーカーなんだ」

そう言って語り出した田上自身の話は、突然でうまく消化できなかった。本当に気分が悪くなった。

「君が僕を知るよりも前から、僕は見ていたんだ。この霧の町はこっそり後をつけるには都合がいい。僕たちの出会いを君は運命なんて言ったけど、全然違う。僕がストーキングしていたから、君の危険を防げた。今日も君の土曜日の行動をなぞったけど、どれとも違った。だから山に入ったんじゃないかと予想したんだ」

「なに言ってんの」

「事実だけさ」

「田上がストーカーなのと、カブもっちゃんを殺すのとどう関係あるの?」

「気付いてなかったか。彼女は君のことが好きなんだよ。あのカミングアウトは君の反応を探るため、と僕は感じたよ」

「それで?それに田上が嫉妬したとか?」

田上はなにも答えない。いつもと変わらない様子だった。

「どうやって殺したの?それに、死体は?」

「この山で。遺体には色々価値があるらしい。山で死んだ人はこの町にある大学、あそこが引き取っていると聞いたことがある。失踪者が多いってことは、つまり自殺者の死体が出ないってことだよ」

「それがこの町のカラクリってわけ?」

あの大学には医学部があった。藤白は自分の顔から血の気が引くのを感じた。

「噴気孔から出るガスで楽に死ねるってネットに書かれているらしい。それで後をたたないんだ」

「……黒田くんは?最近姿を見ないって」

「黒田は、あいつの頭にはセックスしかないよ。あの日、本当は黒田と帰っているのをつけていたんだ。あいつの欲望が佳奈ちゃんに向けられていると思ったら、どうしようもなくなった。だから、殺した」

「そんな……」

「君のせいだよ」

田上は苦しそうに顔を歪ませる。

「君が僕をおかしくさせたんだ。独りで孤独を恐怖する佳奈ちゃんを、影から見れればそれで良かったのに。ずっとそうしてきたのに。君が告白してきて、思いがけず、こんなにも接近してしまったから。僕は変わってしまった」

「そんなことって……」

——そんなことって、最高だ!

自分が田上を好きになる遥か前から、彼が藤白を好きだった。人を殺すほどに。嬉しくて涙が出そう。

「私も大好きだよ!」

そう言って、藤白は抱きつく。田上を見てから目を閉じた。

「……わかるでしょ」

「え、なにが?」

「わかんないの……」

「うーん、実はわかっているというか」

「なら、ねぇ」

「間違っていたら、どうしよって」

「意気地なし……」

「いやでも人に見られたら」

「大丈夫。だって、霧で見えない」

「うん、まぁ確かにね」

熱い吐息を感じる。それほど接近しているのだ。その接近はやがて……

——あぁほんと幸せ♡

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冷たい彼氏と思っていたけど、めっちゃ私のことが好きだったみたい ひとりごはん @hitorigohan

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