第5話 時の輪

 燃え盛る町を人々が悲鳴を上げながら駆け回っている。火の手は回り切っているというのに、町の外に逃げようとはしない。城壁を囲んでいる大勢の兵隊が、開け放たれた門から燃える町になだれ込んでくる。

 人と鬼とが手を取り合って作り上げた国、呂の国は今まさに滅びようとしていた。

「くそっ!辰の国と巳の国が攻め込んできやがった!」

「どうなってる!?誰が城門を開けたんだ!?」

「俺は見たぞ・・・・くのいちが門を開けたんだ!あの娘、巳の国の密偵だったんだ」

 がらがらと音を響かせながら、領主の館が崩れ落ちた。国の象徴ともいえる場所が消え去ってしまった。それが一層逃げ惑う者たちへ絶望を感じさせる。

 町の大通りに、二人の男がいた。片方は鬼で、もう片方は人間だった。彼らは共に領主に仕えた侍だった。

「・・・・ツキハ様は既に国外におられる。ご無事であろう」

「領主様が奥方を殺めたなどと噂が立ってから、あの二国は・・・・この国を滅ぼす機会をずっと狙っていたのだ!」

 人間の侍は悔しそうに拳を地面に叩きつけて崩れ落ちた。

「からくり師の夫婦も殺されてしまった。もうからくりで戦うこともできはしない!」

「・・・・俺は認めはしない」

 鬼の侍が、懐から小さな輪のようなものを取り出した。

「・・・・!?おい!それは領主様が厳重に保管していた・・・・」

「先ほどくすねてきた。この国にもはや領主など存在しまい」

 鬼の侍が取り出したそれは、この国で長年伝わってきた、奇妙な宝物だった。そしてそれは、決して使うべからずとも伝えられていた。

「人間の魂ををまるでからくりのように物に移してしまえるという・・・・遠い昔に蒼き穴から流れ着いた国宝。お前まさか・・・・!?」

「例えツキハ様や領主様が生きておられようと・・・・例え呂の国が遠き未来に再び生まれようと、今、ここにいる人々は助かりはしない!」

「し、しかし・・・・」

 ためらう侍に、呼びかける声があった。

「・・・・だれか、そこにいるの?」

「・・・・!リンカ!」

 よろよろと現れた傷を負った少女は、侍と同じく領主に使える使用人だった。彼女の傷は深く、もう助からないようだった。

「あなた・・・・なの?ツキハ様や・・・・他の子どもたちは無事?もう目が見えなくて・・・・」

「そんな、リンカ・・・・」

 鬼の侍は静かに語りかける。

「その娘は、お前の想い人だったのだろう?だがもう助からない。たとえ、どのようなことが起ころうとも」

 だが諦めて死ぬつもりはない。そう言って手に掲げたそれが光始める。

『転写機能作動・・・・効果範囲、周囲・・・・キロメートル・・・・転写先、未指定。無機物検索プロトコル、発動。カウント10・・・・9・・・・』

 蒼い光が辺りを包む。そしてその日、呂の国は滅びた。


※※※


「さて、東方まで戻ってきたけど、破壊器はどこにいるんだ」

「またあてもなく探す・・・・というわけでもなさそうでござるな。何やら人だかりができているでござる」

 イザナまで戻ってきた一行。破壊器を一から探すのは大変かと思われたが、イザナの門辺りに人が集まっていた。

 近くに寄ってみると、人混みの中心にいるのは若い娘のようだった。

「・・・・あっ!あんたは紅葉街道の団子屋の!」

「アルドさん!大変なことが起きてるんですよぉ!」

 団子屋の娘がなんとかここまで逃げ出してきたという感じだった。

「さっき、私の店の前をものすごいお化けみたいなのが通って・・・・私、怖くてたまらなくてここまで走ってきたんです」

「それ、もしかして剣や歯車でできた竜みたいな姿をしていなかった!?」

「えっ?・・・・そういえばそんな気もしたけど、すごいうなり声をあげてたから私、声だけ聴いてで逃げてきちゃって」

 団子屋の娘の話を聞いて、アルドは思いつく。

「紅葉街道の先はナグシャムだ!破壊器はそこへ向かっているに違いない!」

『呂の国を滅ぼした元凶は辰と巳の国・・・・先に辰の国を滅ぼそうという訳か!』

 呂の国への攻撃を先導したのは辰の国だった。我ながら実直な奴、とリンちゃんが言葉を漏らす。

『アルド!ガーネリや辰の国の住民が奴の狙いじゃ!』

「ああ!急いで追いかけよう!」

 紅葉街道へ向けて、アルドたちはイザナから走り出した。


※※※


 辰の国の都、ナグシャム。その城門前、紅葉街道に面した側で、兵士たちが必死になって相手をしているのは、すっかり調子を取り戻した破壊器だ。

 城壁の見張りから妖魔らしきものが迫っていると報告を受け、隊を出動させたはいいものの、実際は妖魔などとは比べ物にならない破壊器の攻撃に、城門への侵入を防ぐので精いっぱいだった。

「ひ、怯むな!何としても城壁内部への侵入を阻止しろ!」

「しかしザバル将軍!こちらの攻撃は歯が立ちません!」

 将軍がなんとか兵を鼓舞しようとするも、戦線はじりじりと城門の方へ追い詰められていっていた。

 ボキボキと、咥えた槍をかみ砕きながら、破壊器がうなり声を出した。

『ガー・・・・ネリ!ゲンシン・・・・!許さぬ・・・・許さぬぞ・・・・!』

「ひぃっ!こ、こいつ喋った・・・・!?」

 ごおおおおおぉ、という雄叫びは、何百もの怨嗟の悲鳴が混じりあったものだった。

『呂の国を滅ぼした貴様らを、我らは許さぬ・・・・!』

 鋼の刃でできた腕が、兵士たちに振り下ろされる。

「待て!そこまでだ!」

 その直前、駆け付けたアルドが破壊器に剣を叩きつける。バランスを崩した腕はぎりぎりのところで空を掠った。

「もう逃がさないぞ!ここで・・・・何としても倒す!」

『・・・・ああ、お前たち・・・・』

 リンちゃんがゆっくりと、一歩前に出た。破壊器はそれを変わらず憎しみに満ちた目で見つめる。

『許さぬ!貴様らを!我らは!許さぬ・・・・ゆ、ゆる・・・・』

『みんな、思い出したよ。どうして私がここにいるか』

 リンちゃんに向けて再び破壊器は雄たけびを上げた。

「リンちゃん、下がっててくれ!みんな!やるぞ!」

 アルドが剣を振りかざし、破壊器に叩きつける。サイラスとエイミもそれに続いた。二人が放つ打撃と斬撃に、破壊器は少しだけたじろぐような仕草を見せた。

「エイミ!押し切るでござるよ!」

「わかったわ!」

 さらに激しくなる攻撃に、ついに破壊器が城門に背を向けた。

「今だぁ!押し返せぇ!」

 その隙をついて辰の国の兵士たちが一斉に破壊器を押し返す。破壊器はいったん逃げようと考えたのか、走り出そうとする。

 しかし、後ろで待機していたリィカがジャマー装置を起動した。

 破壊器にノイズが走り、動きが極端に遅くなる。

「ジャマ―装置、効果アリ、デス!アルドさん今がチャンス、デス!」

「わかった!オーガベイン!!」

 アルドが呼びかけると腰に下がった巨大な魔剣は呼応するようにぶぉんと振動する。その柄を強く握りしめ、鞘から一気に引き抜く。

 二ルヴァ以来、再び時が止まる。

「・・・・・・・・ッ!!」

 一瞬、虚空に揺らめいた炎と巨大な影が、破壊器の中心、淡い光を放つメインコアパーツを一刀両断にする。

『・・・・ゆ、許さ・・・・ッ!!』

『貴様ら如きの呪い・・・・我らには遠く及ばん』

 魔剣は嗤うようにそう言った。

 再び時が進み始める。破壊器は中央からがらがらと崩れ落ちた。辰の国の兵士たちは、安心したようにその場にへたり込んだ。

 破壊器のコアは、完全に破壊されていた。

「これで全部片が付いたってことだよな」

「ええ、これで破壊器が引き起こす未来は阻止できた・・・・のよね」

『・・・・いいや、まだ終わってはいない』

 戦闘を終え、武器をしまったアルドたちにリンちゃんはそう告げた。


※※※


「まだ終わっていないって・・・・どういうことだリンちゃん!?」

『あなたなら分かると思ったけど・・・・アルド、闇に仇なす傍に立つ者よ』

「・・・・ッ!話し方が!」

 今までの古臭い話し方ではない、流ちょうに話すリンちゃんに四人は身構える。

『過去の出来事を未来から改変することはできない。それは不可避のタイムパラドックスを引き起こすのだから』

「たいむぱらどくす?」

「タイムパラドックス、時間的矛盾のことデス」

 聞き慣れない単語をリィカが説明する。

 タイムトラベル、つまり時空を超えて二つの世界を行き来したとき、過去と未来で起こる矛盾点。それがタイムパラドックス。

『アルド・・・・あなた達はたくさんの小さな時空改変をこれまで行ってきたでしょう』

 例えば、バルオキ―の石像。元はパルシファル王のものだった。例えば、サル―パで出会った二人、セタカとリルディ。本来は魔物に変えられてしまった彼女と石になった彼。その運命はアルドたちの介入で別のものとなった。

『しかし、あなた達が破壊器を倒したのは私がいたからです。そしてもしも破壊器がいなくなれば私がいた未来もねじ曲がり、そもそも全てが無かったことになる』

「それだと破壊器は健在だから・・・・これが矛盾ってことか?」

 リンちゃんは頷いた。

『アルド、あなた達が本当に破壊器を無かったこと、にしたいのであれば、この矛盾した時の輪を断ち切らねばなりません』

「断ち切るって・・・・どうやって?」

 アルドの問いかけに、リンちゃんは一瞬静かになる。

『私を・・・・壊して』

「えっ・・・・?」

『過去と未来、二つの存在が消滅すればそもそもの輪は断ち切られ、矛盾も消滅する。そして破壊器は本当に歴史から姿を消す・・・・』

「ちょっと待ってくれよ!それしか方法は無いのか!?」

「さっきからおかしいわよ・・・・本当にリンちゃんなの!?」

 アルドとエイミの叫びにも、リンちゃんは調子を変えない。

『何か問題があるの?アルド』

「問題って・・・・それでいくとリンちゃんも消えちゃうんだろ!?ここまでやってきたのにそんなのって無いだろ!?」

『私が大事なの?』

「ああ!リンちゃんは仲間じゃないか!」

『そう・・・・でもねアルド・・・・』

 突然、声が変わった。

『お前は私たちを消し去ったじゃないか』

「え・・・・?」

 予想外の事態に固まる四人。しかし、リンちゃんの様子は明らかにおかしかった。震えながらノイズを発している。

『お前があの時私たちの世界を・・・・違う、誰と話しているの!?アルド!わしは・・・・私は・・・・憎い、全てが憎い・・・・違う!それは私じゃない!』

「リ、リンちゃん?どうなってるんだ・・・・!?」

 リンちゃんからは既に、幾人もの声が発せられていた。その中に、これまで共に行動してきたリンちゃんの声もあった。

『K、MS・・・・彼らは私を・・・・あらゆる人間の怨嗟が記録された存在を、時空の波の中に捨てた。そしてそれはアルド、あなたの家族と同じ・・・・彼らにとって格好の獲物だったの』

 苦しそうに震えるリンちゃんから、おぞましい瘴気が溢れ出す。それは、アルドたちもよく知るものだった。

「これは・・・・まさか、ファントム!?」

『彼らは私に簡単に憑りついた・・・・私は呂の国で拾われ、来る戦乱の日までずっと待ち続けた・・・・そして、絶望に駆られ私を使った呂の国の人々は・・・・彼らと同じ、憎しみだけの存在となった』

 私達は今やファントムと同じような存在、とリンちゃんは言った。

『このままじゃ私たちはみんな彼らの思うがまま、私たちの愛した世界を壊し続ける。だから、私たちの中に残った、ほんの少し、絶望の中にも呑まれなかった希望は・・・・あなた達を待ったの、アルド』

 呂の国が滅んだ日、たった一人、ある少女だけは憎しみの中にはいなかった。かつての思い出と、言葉にはできなかったけど、今触れてくれている想い人。そしてきっと逃げ延びたであろう主君が新たに切り開く未来。なぜ、そんなものを夢見ていたのか、見えない目のせいか、愛する人のぬくもりか。

 そして、彼女・・・・リンカだけは希望という形で転写された。そして小さな希望たちは、彼女の意識と一つになることで、彼女を新たに造り上げた。それまでの彼女とは全く異なる性格、話し方。まっさらな記憶。

 それは全て一つの目的のため。自分たちに自分たちに憑りつく存在から感じ取った。アルド、闇に仇なす傍に立つ者。彼がいつか現れた時、彼をここまで連れてくるために。

『アルド!早く!私は・・・・どっちにしろ消える!オリジナルのリンカが絶望に支配される前に、早く!』

 その時、倒したはずの破壊器が、ゆっくりと立ち上がった。

「破壊器ノ内部に強大なエネルギーを感知!コアパーツは破壊シタはずデス!」

「リンちゃんが言った矛盾とやらの影響でござるか!?」

 そうする間にも、破壊器の体は再生してゆく。

『・・・・アルド!』

 それはリンちゃんの声だった。一緒に時空を超え、共に旅した少女の声だった。

「ッ!!」

 アルドが決意したように剣を振るう。それはいとも簡単に砕け散った。

 四人の脳裏に、たくさんの声が響いた。


『・・・・が偉くなったって、俺たちはずっと友達だぞ!』

『この技術はきっとみんなの助けに・・・・』

『・・・・ざく!ツキハ様を甘やかすなとあれほど・・・・』

『・・・・お前は、この場所を誰からも守って・・・・』


 未来の住人、呂の国の人々。彼らの思いの中に、はっきりと聞こえる声があった。

『・・・・アルド』

「リンちゃん・・・・っ!」

『これで、いいのじゃ。歪んだ世界が元に、戻るだけだから・・・・』

 笑い、怒り、泣いた。作られた存在だったけれど、確かにそこに彼女はいた。その声は砕け散ったリングとともに風の中へ舞い上がっていった。


※※※


 未来に戻ると、二ルヴァもエルジオンも何事も無かったようにいつも通りだった。いや、本当に何事も無かったのだろう。

 セバスちゃんも合成鬼竜も、リンちゃんのことも破壊器のことも覚えていなかった。

「リンちゃん・・・・ああするしかなかったのかしら」

「・・・・あの状態カラ、リンちゃんを無事なままに解決デキル確率は、0パーセントに限りナク近かったデショウ」

 重い空気の中、アルドが口を開いた。

「なあ、みんな。破壊器に殺されてしまう人たちを救えたんだから、きっとリンちゃんのことだっていつか救えると思うんだ」

「アルド・・・・」

「だから、その日まで俺たちは・・・・リンちゃんを忘れないようにしよう」

 エイミもサイラスもリィカも、その言葉にしっかりと頷き返した。

「そういえば、予定通り東方の物品展が博物館でやっているらしいでござるよ。拙者、興味をそそられるでござる」

「ええ、そうね。もしかしたら呂の国の物も展示されてるかも」

「リサーチは重要デス!」

「それじゃあ、博物館に行こうか!」

 青空に白い雲が浮かぶ晴天の下、四人は二ルヴァへと向かうのだった。


※※※


遠い未来。少女は空を駆けていた。


彼女は作られた存在だった。


オリジナルの意識に無数の意思が結合した、自己を持たない存在だった。


けれど、彼女は笑っていた


時には泣き、怒るのだろう


彼女の隣にはいつも仲間がいた


彼のことを人はこう呼ぶ


闇に仇なす傍に立つもの、またの名を・・・・


時空を超える猫

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