第10話
「じゃあ、街の外に出て実際に戦ってみましょうか」
アディの案内についていくレミは街全体が壁に覆われていることに気づいた。唯一の出入り口であろう門が見えてきた。
門は開いていたがその先は灯りのないトンネルによう、真っ暗になっている。アディは躊躇なく入っていた。レミも続く。
真っ暗な空間で自分が歩いているのか、目を開いているのかさえ分からなくなった。
瞬間的に視界が開ける。レミとアディは岩肌むき出しの荒野に立っていた。人の往来を思わせる均された道が通っていた。
振り向くと十メートルを超えるであろう崖がそびえ、街の景観はない。そのかわりに等身ほどの石碑が置かれている。
「地図上では隣同士でも実際はずっと離れています。それはワープポイントというか、サナギを乗り換えるための装置ですね」
サナギは定期的にメンテナンスされているとアディは説明した。
「大した手間だな。入場料とか高いんじゃないの」
「運営は人工知能で行っているから無料です」
「ほんと、無人なんだな」
二人は道なりに歩いていく。その前に青白く光るネズミのようなウサギのような得体のしれない物が現われた。その上に黄色のゲージと名前が表記されている。
「なんだありゃ」
「いわゆるモンスターです。プラズマで成形されたもので実在してるわけじゃないけど、これを使ってください」
アディが差し出す手のひらに青銅の剣と書かれた枠が表示される。それにレミが振れるとプラズマの剣が形成された。
「これであれと戦えと、原始的な」
「きちんとサポートするから大丈夫です」
このエリアのモンスターはこちらから仕掛けない限り無害、警戒心もなくうろついている。
野良猫をいじめるようなものか。レミは標的に剣を突き立てた。数字とともに頭上に表示されていったケージの半分が赤く染まる。
致命傷にはなっていない。プラズマのモンスターは跳ねながらレミに体当たりを仕掛ける。その攻撃を避けるように切り払った剣がとどめになり、モンスターは掃滅した。
「レベル一にしては、良い動きしてます。その調子でどんどんいきましょう」
レミの立ち振る舞いにアディは手を叩いて感心していた。
まだ続けるのかよ。と悪態つくレミにアディは、レベル三になったら必殺技が使えることを伝え、やる気を起こさせる。
倒しても倒しても次々に形成されるプラズマモンスターを十ほど倒した時だ。遠くから大きな足音が聞こえ、地面が揺れだした。
実際に地震が起きているわけではない。サナギがそのように挙動、演出しただけのこと。
地響きとともに、二人を丸飲みにできそうな巨大プラズマモンスターが横切っていく。
「ハクアのオオトカゲだ。このエリアに現れるなんて」
何年もこのゲームをしているアディが驚く。
「あれも倒せるのか」
「今のレベルじゃ無理ですよ。初期のレアモンスターとはいえ、二十以上にならないと」
アディの忠告を挑戦と受け取ったレミは剣の切っ先をオオトカゲに向けた。
「ゲームってのは、初期状態でもクリア出来るように作られているものさ」
レミは去っていくオオトカゲに背後から飛び掛かり、渾身の力で剣を叩きつけた。
ダメージは一と表示されたが、ゲージはまったく減らない。
思った以上のレベル差であっけにとられているレミを、オオトカゲの尻尾が通り抜けた。
レミのゲージが真っ赤に染まる。一撃かよ。静かな断末魔をつぶやき、レミはその場に倒れた。
暗転する視界に、チェックポイントに戻ります。と表示された。
いくつものモニターや計器類が淡い光を放っている。
見覚えのある薄暗い部屋でレミは目を覚ました。サナギに同期した状態で立ったまま固定されている。
機体を動かすと簡単にロックが外れた。そして小さな警告音が鳴る。
「キミがこの音声を聞いているということは、私はもうこの世にいないだろう」
くぐもった声が部屋に反響する。録音とはいえ、言葉を聞くことにレミは懐かしさを感じた。
「今が何年後なのかわからないけど、良い知らせと悪い知らせがある」
言ってみたいセリフのオンパレードだ。本来なら、どちらから聞きたいか訊ねるのだろう。
「悪い知らせから言おう。キミはもう元の時代には戻れない。でもまぁ、死ぬことはないし、生きていくために何かをする必要もない」
元の時代はおろか、元の体に戻ることもできないと音声は告げた。
「言い換えれば、私はこの先を知らない。つまり、キミだけの人生だ。それが良い知らせ。しっかり楽しんで来い」
音声が途切れ、眩しい光とともに外界への扉が開いていく。
死なない人生なんて、なにが楽しいのだろう。機械の体に不安を覚えながらレミは未知の世界への一歩を踏み出した。
エクロージョン @1640
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