第9話

「パワァァッ。って、あれ」

 叫んで振り上げた拳に手ごたえがなく、レミの高揚感は一気に下がった。

 スタジアムの明るい照明から一変、レミは狭く薄暗い部屋にいた。

「お、上手くいったな」

 近くで声がして、部屋に明かりが灯った。彫の深くなった自分が目の前に歩いてくる。そして自分自身はサナギの姿のままだ。

 目の前にいるこいつはなんだ。同期がまだ解けていないのか。レミがない頭で考えると頭上にフキダシが現れ、「お前は誰だ」と表示された。

「えっと、あれから二年だから、七年後の自分自身ってことになるな。記憶をそいつにコピーしたから、これからはそのサナギがお前自身だ」

 そう言った七年後の自分はサナギを壁に固定していたロープをほどく。

「七年後にしては動作が鈍いぞ。〇〇製か」

 自由になったレミの頭上に伏字混じりの文字が表示された。長身細身の成人体形になり髪が生えている。技術は進歩しているようだが。

「レベル一だからね」

 目の前にステータスとくくられた大きめのフキダシが出てきた。レベル、ちから、すばやさ等々、いろいろな数字が並ぶ。

 その一番上に名前が記載されている。ヴィンセント・ブラックシャドウ。

「おい、これって、まさか」

「そう、チャドのデータだよ。そっちのほうが合ってるだろう。ちなみにムスのステータスはこれ」

 もう一つのフキダシが表示される。名前はデイシア・サンドラ。チャドよりちから、ずばやさは劣るが、かしこさ、きようさの数値が高い。

「たしかにこっちのほうが合ってそうだ。それよりかしこさってなんだよ」

「扱える道具の数さ、そう気にすることじゃない。せっかくだし遊んでおいで」

 七年後の自分がなんらかの操作をした。するとレミの視界が暗転する。


 闇の中に「ようこそ、レイランドへ」と文字が浮かび、どこからか光が入り込んで視界が開けていく。

 石造りの街並みが広がる。レミはサナギ姿のままで唖然としていた。

 七年後どころか、七百年前じゃないのか。人の気配がない割りに、常に管理されている清潔さがあった。

 ロボットが単独で街中をさまよう。人に見られたらどうなるのだろう。レミも少なからず慎重になる。

「こんにちは、新規の方ですか」

 ふいにフキダシが現われ、一体のサナギが手を振りながら駆け寄ってくる。

 さっそく戦闘か。身構えるレミの前に「街中では戦えませんよ」と相手は無防備をさらす。実際、構えたつもりのレミのサナギは直立したままだ。

「まだ新規の人っていたんですね。よろしく、ヴィンセントさん。アディと言います」

 同じサナギなのだが、アディはレミより一回り小さく、体形や髪形、色が異なっている。

「人工知能なのか」

「チュートリアルじゃないですよ。でも、せっかくなので案内します」

 レミの質問にアディは口に手を当てて肩を揺らす、笑う仕草で答えた。

「システム更新とエリア拡張を繰り返して、スタート地点だったこの町もすっかりすたれてしまいました」

 街には棒立ちしているサナギが何体もいるけど、それらは人工知能が管理している。本来はその人工知能から情報を得るのだとアディは解説した。

「ここに人間はいないのか。どこから同期をとっているんだ」

「あ、そこから説明しないといけませんか。人間はいませんね。少なくともこの辺りには」

 アディが指さした大きな立て札には、陸と海だろう地形が描かれている。

「これがこの世界、レイランドの全体図です。ここが現在地で、ここから三エリア先にある塔から同期しています」

「なんか、ゲームみたいだ」

「ゲームですよ。民族紛争、環境破壊やら食料問題が解決するまでの娯楽施設。同期する前にそう言った説明は受けなかったのですか」

「説明書は読まないからな」

「まぁ、ここでモンスターを倒してレベルを上げれば、いろんなことが出来るようになります。世界征服を企む魔王と戦うみたいなストーリーもありますし」

 人間でいるよりもサナギ状態のほうがエネルギー消費が少なく自然に優しい。人口が増えることも減ることもない永遠の一日が続く。

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